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評価値では測定不能 朝日杯の連続逆転劇に見る、藤井聡太二冠相手の終盤戦の恐ろしさ

究極の選択を常に相手に突きつける藤井二冠。一手でも間違えると奈落の底が待ち受ける

第14回朝日杯将棋オープン戦(主催:朝日新聞社)の準決勝・決勝が2月11日に東京都「有楽町朝日ホール」で行われました。結果は藤井聡太二冠が準決勝で渡辺明名人を、決勝で三浦弘行九段を破って3度目の優勝を達成しました。2局とも藤井二冠が驚異の終盤力を発揮して逆転勝ち。その藤井二冠の終盤術をクローズアップします。

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藤井二冠が3度目の優勝を果たした第14回朝日杯将棋オープン戦本戦トーナメント表

準決勝・決勝の棋譜は「朝日新聞デジタル」や「将棋連盟Live」で見ることができます。また、3月3日発売の「将棋世界4月号」では準決勝と決勝のレポートがカラーページで掲載されます。棋譜をまだ見ていないという方は是非ご覧になってください。

2局とも、ABEMAの対局中継の評価値では絶望的な数字が表示されていました。最も差がついていた局面では、渡辺名人戦は渡辺名人の勝率99%、三浦九段戦では三浦九段の勝率98%という表示。しかしながら、これは100回やれば99回、98回勝つという数字ではありません。

これは数手の有力そうな候補手のうち、正解を選べれば勝ちということを表しています。「100個の選択肢のうち100個とも勝ち」という局面でも「100個の選択肢のうち1個だけが勝ち」という局面でも、コンピュータは99%という数字を出すのです。

そして本局の場合、正解はほぼ1つだけ(しかも極めて難解な)という状況でした。なぜなら、藤井二冠がそのような局面に誘導していたからです。また、藤井二冠の恐ろしさは、正解が1つしかない局面で相手に選択をゆだねる指し方をするところです。

準決勝の渡辺名人戦。渡辺名人は巧みな指し回しで挟撃態勢を築き、藤井玉を追い詰めます。ところがここからの藤井二冠の粘り方が見事でした。渡辺玉を薄くしつつ、馬2枚の利きを自陣に通して簡単には決め手を与えません。そして相手玉が見える(手駒を蓄えれば寄せることができる状態にすること)ようにしてから、すっと歩を突いて玉を中段に逃がすための脱出路を作ります。

108手目、藤井二冠は飛車取りに香を打って渡辺名人に手を渡します。この手は、渡辺名人の攻め手が緩めば即渡辺玉を寄せるぞ、というものです。

渡辺名人はただ相手玉だけを見て寄せに専念すればいいという局面ではなくなりました。間違えれば自玉が寄せられてしまうというプレッシャーのかかる場面ですが、渡辺名人は正解を選び続けます。

そしてたどり着いた123手目。ここまでは薄氷を踏むように勝ちへの唯一の手順を続けてきた渡辺名人でしたが、ついに間違えてしまいました。途端に評価値が逆転し、形勢は藤井二冠の勝勢になったのです。

単に渡辺名人の攻めを受け続けるだけでも、渡辺名人の玉を寄せに行くだけでもこの逆転は生じませんでした。藤井二冠がそれを絶妙なバランスで両立させたからこその大逆転劇でした。

渡辺名人は自身のブログで以下のように振り返っています。「最後は残念ではありましたが、その前を思えば、あの時点では難解な1通りしか勝ちがないくらいに追い詰められていました。二枚の角をXのように大きく使って粘られて、勝っているはずのこちらが余裕がなくなっていった、という終盤戦でした。」(渡辺明ブログより)

勝勢の側が逆にプレッシャーを感じる、それが藤井二冠を相手にした際の終盤戦です。

決勝戦の三浦九段戦でも絶体絶命のピンチに陥った藤井二冠。玉を上部におびき出され、上下挟撃の形となってしまいました。

ここで藤井二冠は相手の飛車の利きを遮断するために銀を4四に打ちました。このふわっとした手が逆転を生んだ勝負手でした。

代えて銀を王手で打つのが普通で真っ先に読む手です。実際、三浦九段もその手を読んでいたそうです。

▲4四銀は相手に手番を渡すので、とても怖い手。この瞬間寄せ切られても文句は言えません。しかし、もし寄せに失敗しようものなら、だだじゃ済まないぞ、という手なのです。

「読んでない手を指された」三浦九段はここで痛恨の失着。藤井玉は寄らなくなり、逆に三浦玉には即詰みが生じてしまいました。

2局とも確かに正解手を指されていれば、藤井二冠の負けでした。しかし、藤井二冠に複雑な局面に誘導された上で、読みにない手を指されて選択を問われる。その問いに一分将棋で答えなければならない。果たして正解を導き出せる人間はどれだけいるのでしょうか。

過去の対局を見ても、終盤で藤井二冠がミスをして敗れるという将棋はわずかしかありません。不利な終盤でも、ほぼ全ての対局で常に一手間違えれば逆転するという、ギリギリの選択を相手に迫る藤井二冠の終盤術。藤井二冠の将棋を観戦する際には、評価値はあてにしない方がいいかもしれません。それだけ評価値と実際の盤面の複雑さは乖離しているのです。

もちろん、実際に藤井二冠と対局している棋士たちはそんなこと百も承知でしょう。三浦九段の対局後のコメント、「(逆転負けは)藤井さんだからしょうがないですね」がそれを最もよく表しています。

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鋭い視線を盤上に向ける藤井二冠(右)。三浦九段との決勝戦の様子(撮影/金子光徳)


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