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挫折からよみがえった男たち 【折田翔吾編】|将棋世界2019年12月号より

瀬川晶司六段、今泉健司四段、折田翔吾さん。この3人を結び付けるキーワードは、ずばり「プロ編入試験」である。
瀬川六段が1944年の故・花村元司九段以来、61年ぶりの特例による編入試験を受けてプロ棋士になったのが2005年。その翌年には正式に制度化され、14年には今泉四段が現行制度初の合格者になった。
その試験に今年、新たに挑むことになったのが折田さんである。この3人はどんな挫折を乗り越えてプロになったのか、また、なろうとしているのか。それぞれの人生を語っていただいた。
【司会・構成】鈴木宏彦
【撮影】弦巻勝

強くなった実感

— そして、折田翔吾さん。3人目の編入試験受験者となります。ご存知ない方のために自己紹介をお願いします。

折田 1989年10月28日生まれの29歳。将棋のルールはもともと知っていましたが、小6の夏にネット将棋にハマり、その冬に研修会に入会。2004年、中3の秋、14歳で森安正幸七段門下となって奨励会6級に入りました。

瀬川 中3で奨励会。それは僕と一緒だ。かなり遅いですね。

折田 はい。18歳初段。21歳三段。16年3月に26歳で奨励会を退会しました。

— 奨励会はどんな生活でしたか。

折田 高校を中退してから、時間はたくさんあっても将棋に集中することが難しかった。あと三段リーグが大変でした。半年単位で行われるリーグ戦で前半負けが込んでしまうと、後半のモチベーションが上がらない。精神面の弱さもあって苦労しました。最高でも9勝9敗の指し分けですから、弱すぎる三段でした。

— 折田さんの活躍は、奨励会をやめてから始まります。退会後すぐにユーチューブで将棋実況を始め、秋にはネット将棋教室を開講。アマ棋戦も17年にアマ王将戦準優勝。18年に朝日アマ名人戦準優勝。これで銀河戦と朝日杯の公式戦出場権を獲得された。対プロ戦はすごい。18年8月から1年の間に、銀河戦で10勝2敗。猛烈な勢いで編入試験の受験資格を獲得された。破った相手の中に瀬川さんも今泉さんもいます。

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今泉 あいたー。(第7図)

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瀬川 途中までこちらが指せていて、第8図で☗6七銀と引いたのですが、☗4五銀と出ればまだよかった。終盤はうまく指されて完璧に押し切られた。しっかりした将棋だなと思いました。

— お二人とも、いまの立場でアマと対戦するにはプレッシャーがありますか。

瀬川 もちろんあります。負けていうのもなんですが、僕はプロはアマには負けてはいけないと思っている。実際、これまで公式戦で負けたことはなかったんです。今回、初めてアマに負けるプロの気持ちが分かった(笑)。

今泉 それはすごい。僕はいっぱい負けてる。第7図の直前、中途半端な手を指して、この局面は何を指していいか分からなくなった。ある棋士にいわれたんですが、「アマ時代の今泉さんほどやりにくい相手はいなかった。でも、プロになってからの今泉さんなら喜んでやります」と。それがプロの心理なんです。いまの僕もアマチュアとはやりにくい。

— 折田さんは三段時代よりいまのほうが強くなったという実感はありますか。

折田 はい。ユーチューブを始めたことが大きかった。ネットで将棋教室をやっているので、大会の活躍がすぐ反響になって表れる。多くの方に応援メッセージをいただいたことがモチベーションになりました。あと将棋ソフトを使った研究も自分に合っていました。いまも奨励会時代と変わらない勉強をしています。
 

3人目の編入試験開始へ

— アマチュア時代、自分より強いと思った相手と対戦したことがありますか。

瀬川 それはあります。清水上君もそうですし、あと早咲誠和さんも。

今泉 その二人とは僕もたくさん指した。早咲さんは今期の新人王戦で4勝されたくらい強い。あと遠藤正樹さん、稲葉聡さん、ほかにも強い人はいます。

— それでも、編入試験を受けることになったのは今日のお三方だけ。それだけプロ戦の壁は厚いんですね。

今泉 それは単純に10勝5敗という数字が厳しいからです。僕にとっては夢物語だった。だからこそ、僕はそれを意識することなくプロ戦に臨めた。

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折田 私は1年目の銀河戦で7連勝できたときから意識し始めました。そこから2連敗したときは目の前が暗くなった。第9図は8勝目の脇先生との将棋ですが、負けるとプロ試験の資格が取れない流れになりそうな中、分かりやすい寄せを逃して入玉されてしまい、死にそうな気分で指していました。

今泉 えっ、これ折田君勝ったん?

折田 秒読みの中、脇先生にミスが出て九死に一生を得ました。

— その後も連勝された折田さんは、最終的に10勝2敗という成績でプロ編入試験の受験資格を得ます。そこで、折田さんから両先輩に質問があります。

折田 実際にどういう精神状態で試験に臨まれましたでしょうか。また、自分はどういう精神状態で臨むべきかアドバイスをいただきたいです。

瀬川 僕は仕事もあったので、割と気楽な気持ちで臨んだ。折田さんはいま、どんな生活ですか。

折田 ユーチューブも含め将棋中心です。

瀬川 人それぞれだと思うけど息抜きもしたほうがいいのかなとは思う。

今泉 僕と瀬川さんの共通項は周りを熱狂の渦に巻き込んだこと。特に瀬川さんの編入試験の騒ぎはすごかった。その騒ぎを味方にしてしまうことですよ。僕のときも、それまで全く面識のなかった人が「今泉健司さんを応援する会」を作ってくれた。仕事はしていましたが、その日々の中で自然と編入試験という舞台に身を投じていた。そして、勝ったときのイメージをいつも持っていた。何をしゃべるかどんな顔をするか、何度も想像した。第3局に負けたときは真っ暗になったけど、そこで立ち直れたのはその気持ちがあったから。折田君も具体的なイメージを持つことが大事だと思う。

瀬川 自分たちが三段リーグを抜けられなかったのは、プレッシャーに弱かった面もある。今回はそれ以上のプレッシャーがかかると思うけど、あんまり思いつめないほうがいい。負けたってまだ次の可能性はあるんだから。勝っても負けてもいい経験にするんだと、プラスに考えたほうがいい。

折田 自分にとってはプロ入りが懸かっていて、試験官の方にも懸かっているものはあると思いますが、立場は違います。こうした状況はどのようにとらえて戦うべきでしょうか。

今泉 どうなんだろう。プロだってこれだけ注目される舞台で負けるのは屈辱なんですよ。僕のときだって負けた棋士は皆、赤っ恥をかいたと思う。プロにもプレッシャーはかかる。だからそういう意識は捨てたほうがいいんじゃないかな。

瀬川 プロだってもちろん負けたくないし、簡単には通さないという気持ちでぶつかってくる。相手も全力でくるから、力いっぱい戦うだけでしょう。

— 折田さんの編入試験は11月25日から始まります。皆さんご注目ください。

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挫折を跳ね返して夢を叶えた両先輩からアドバイスを受けた折田翔吾さん。
3人目の奇跡は起こるのか!?(YouTube「アゲアゲ将棋実況」で会話の一部が観られます)

 

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◆ 瀬川晶司プロフィール
1970年3月23日生まれ。神奈川県横浜市出身。安恵照剛八段門下。84年、6級で奨励会入会。92年に三段昇段。三段リーグは8期在籍したが、年齢制限(26歳)のため96年に退会。2002年にアマ王将、翌年も準アマ王将となり銀河戦に2年連続3度目の出場。公式戦で通算17勝6敗の好成績をあげ、05年に将棋連盟に嘆願書を提出。61年ぶりにプロ編入試験が実施され3勝2敗で合格。プロ四段となる

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◆今泉健司プロフィール
1973年7月3日生まれ。広島県福山市出身。87年、6級で奨励会入会(当時は小林健二九段門下)。94年に三段昇段。三段リーグは11期在籍したが99年に退会。その後はアマ棋界の活躍で三段編入試験に合格し三段リーグに復帰したがまたも挫折。しかし竜王戦・朝日杯・銀河戦などプロ公式戦で好成績をあげ、2014年にプロ編入試験の資格を得る。編入試験五番勝負は3-1の成績で合格し、15年4月1日付でプロ棋士に(桐谷広人七段門下)

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◆折田翔吾プロフィール
大阪市出身。29歳。2004年10月、6級で奨励会入会(森安正幸七段門下)。11年に三段昇段。16年3月、年齢制限のため奨励会を退会。17年に準アマ王将となり、銀河戦への出場権を得る。19年2月、第27期銀河戦で決勝トーナメント進出。同年8月、対プロの規定成績を満たし編入試験の資格を得る。YouTubeの「アゲアゲ将棋実況」チャンネルで将棋動画配信活動中


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