マナティ

仮想通貨の時代

第7回 2章:創世記(2)

『仮想通貨の時代』より「2章:創世記」の記事を連載掲載します。
WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

 ナカモトの「ノードNumber One」は、彼のデスクトップ・コンピュータ上にソフトをロードしてプログラムを走らせ始め、その単純なインターフェースが結果をグリッドに配置した。彼以外は誰もネットワーク上にいなかったので、そこで確認する第三者の取引きの列もなく、彼は自分自身で作ったデジタル「ウォレット」にビットコインを届けたのである。今日、ネットワークには世界中のユーザがいて、マイニングの計算の困難さは急速に上がり、マイニングで収益をあげるためには特別な倉庫に巨大で高価な専用のマシンを多数置かなければならなくなった。しかし2009年当時に戻ると、彼自身の口座のためにビットコインを作ることは、言ってみればMicrosoft Outlookのコピーをダウンロードしてデスクトップで実行するくらいに簡単なものだった。

 ソフトを起動したときナカモトは史上初の、創世記ブロックである50のビットコインの「ブロック」を作った。次の6日間には、10分間に1ブロックというソフトの予定通りに働けば、より多く、4万3千ものビットコインをマイニングできた。2014年8月現在、ビットコイン全体ではおよそ2,100万ドルの価値があるが、その当時価値は全くゼロだった。なぜならナカモトにはビットコインを移転する相手が誰もおらず、ビットコインを使うこともなかったからである。通貨の価値を保証するという意味では、初期のこの時点ではビットコインには全く何の価値もなかった。彼には、参加してくれる他の人が必要だったのである。

 それで創世記ブロックの6日後に、ナカモトは同じ暗号メーリングリストに戻って、プログラムは準備ができていると読者に告知したのである。「ビットコインの最初の頒布のアナウンスであり、この新しい電子マネー・システムはP2Pのネットワークを使って二重の出費を防ぐ」※1そのときの謳い文句はこうだった。「完全に分散化しており、サーバや中央政府とは無縁である」。

 そのリスト上の人々は、前にもその様な文言を聞いたことがあった。いわゆる二重出費問題で、中央政府が業務を認証することの責任を負わないとすれば、ナカモトがそれを防げるという証拠が未だになかったのである。人々は銀行の様な中央政府を認めることを嫌ったが、それと同じくらい、中央政府をやはり必要としていたのだった。

 そのためナカモトの申し入れに対する反応は熱意のあるものではなく、何人かはすぐさまビットコインの批判に向かった。しかし一方で、ビットコインは広く知られることになった。デジタル通貨「bitbux」をマイニングするのに必要な設備投資はビットコインの価格より高くつき、環境に悪影響を及ぼすことは明白だった。インディアナ大学の天文学教授であるジョナサン・ソーンバーグは、より大きな政治的課題を指摘して「主要な政府は、現在の形のビットコインが大規模になっていくのを容認しないだろう」※2とコメントした。

 この小さなグループ内でさえ、最初のメーリングリスト上の人々は折衷学派で構成されていた。天体物理学者、ソフトウェア・エンジニア、セキュリティコンサルタントやサイエンスフィクション作家などである。

 彼らはデジタル通貨に固執していた訳ではなく、コンピュータセキュリティ問題に着目したのである。彼らの集団の目的は暗号化された電子メールを完成させることであり、繰り返し失敗してきた古い考えには興味を持っていなかった。

「私達の反応はこうだった『ああ、まあ、いいんじゃないの』」※3とジョン・リーバインは5年後、笑いながら言った。「我々は、ビットコインが大きく成長するとは思っていなかった」実際のところ我々が彼にそのときのやり取りを聞かせてほしいと頼むまで、リーバインは自分がメーリングリスト上にいたことをすっかり忘れていて、現代の伝説的な、そして今も正体不明のサトシ・ナカモトを疑っている人々の内の一人だったことも忘れていた。でも自分一人ではなかったということに安堵を感じると同時に、過去に断念して捨て去ったビットコインという手法を、ナカモトが掘り起こしたと多くの人々が感じたのは明白であった。

 ナカモトという人物が何者なのか分からなかったことは、救いにはならなかったはずだ。サイファーパンクと暗号コミュニティのメンバーは匿名性というものにこだわっていたが、彼ら同士が匿名だったわけではない。彼らのほとんどは本名を使用し、そうでない人々も通常は通称で名乗りあっていた。彼らの現実社会での知人と同じ様にオンライン・コミュニティ上の関係も継続されていた。2008年10月以前には、サトシ・ナカモトについて誰も知らなかった。彼はある日、どこからともなく現れた。「彼は、メーリングリスト上のあるひとつの名前だった」※4とクラークソン大学のエンジニア、ラス・ネルソンは言う。彼はその当時を思い起こして、ビットコインが成功するとか、インパクトがあるとか、そんな印象は持たなかったと語った。

「ヒットしたときのためにいくつか手に入れたとしても損にはならない」と、ナカモトはある1人の関心を示さないオブザーバーに提案した。市場戦略という観点からすれば、それは控えめなセールス文句だったが、誰かがそれを使わない限りナカモトの傑作も失敗に終わってしまうので、誰かが使い始めなければならなかった。ナカモトはビットコインの最初の採用者であり、2番目の採用者を必要としていた。

 有り難いことに、彼のために、そしてビットコインのために手を差し延べてくれる人物が現われた。

出典
※1 「ビットコインの最初の頒布のアナウンスであり: Satoshi Nakamoto,“Bitcoin V0.1 Released,” cryptography mailing list, January 9,2009, http://www.metzdowd.com/pipermail/cryptography/2009-January/014994.html
※2 インディアナ大学の天文学教授であるジョナサン・ソーンバーグ: Ibid
※3 「私達の反応はこうだった『ああ、まあ : John Levine, interviewed by Paul Vigna, March 8, 2014.
※4 「彼は、メーリングリスト上のあるひとつの名前だった」: Russ Nelson,interviewed by Paul Vigna, March 7, 2014.

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。