第6回 2章:創世記(1)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

仮想通貨の時代

第6回 2章:創世記(1)

『仮想通貨の時代』より「2章:創世記」の記事を連載掲載します。
WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

権力者の傲慢さの存在が、仮想通貨を創らせている。

―サトシ・ナカモト

 

 2008年10月31日、ニューヨーク時間、午後2時10分。

 仮想通貨の専門家と関心を持つ人達を含むメーリングリストに載っている数百人に、自分自身をサトシ・ナカモトと呼ぶ誰かからの電子メールが届いた。(*1) 私は、新しい電子マネーシステムの開発をしており、そのシステムは完全にP2Pで信頼できる第三者を通す必要もない※1 、と彼は淡々と書いていた。彼の簡潔な文書は、ナカモトが2ヶ月前に登録した新しいウェブサイト上に載せた9ページからなる白書に読者を導き、そこでは彼がビットコインと呼ぶ貨幣制度が説明されている。

 白書は明快であるがそっけなく、図面、関数、記号、脚注などを付けてこの仮想通貨のシステムを説明している。社会にいるほぼ誰もが理解する貨幣の概念とは確かに違う。ナカモトは「我々は、電子コインをデジタル著名の連鎖と定義する」※2 と述べた。「それぞれオーナーは、次のオーナーにコインを移動するとき、前の取引きのハッシュと次のオーナーの公開鍵を電子著名し、コインの最後に追加するのである。

 受取人はサインの連鎖で所有の繋がりを確かめることができる」(多くの人にとってコンピュータの暗号技術は馴染みがなく、わけのわからないものに聞こえるかもしれないが、この本を読み終える頃にはあまり毛嫌いされなくなると思う。しかしそれはナカモトが対象としていた暗号技術フリークにとってはお馴染みのものであった)彼はそのシステムのいろいろな特徴を説明し、そこには第三者の仲介、銀行やその他の金融機関が後ろに立って取引きの保証を謳うという馬鹿げた考えを排除する方法も含んでいた。

 彼が解説しているのは、暗号化を使うオンライン交換のシステムである。それは暗号を使い、当事者の金融口座や個人情報を明かすことなく情報の交換ができる様にする。従来の銀行以外の場所で人々が直接、互いに電子マネーを送れる様になるのである。それはP2P(ピア・ツー・ピア)として知られている、仲介者なしの商業の概念である。銀行もクレジット会社も必要とせず、支払い業務者や他の「信頼された」第三者も関与しない。実質的にそれはデジタル通貨である。ビットコイン革命は始まっても、誘われる様にそこに加わった大部分の人達は、これを理解していない。

 

 密接につながった暗号コミュニティの中で、ナカモトの仕事をレビューする様にと招かれたのはサイファーパンク(Cypherpunks)運動のメンバー達だった。この運動はハイテクマインドを持つ活動家で構成され、1990 年代に過激な政治的、文化的な変化を推し進めるため、暗号技術の広範囲な利用を推進した。この行動はいくらかの実を結んだ。透明性推進の改革運動者ジュリアン・アサンジと彼が設立したウィキリークスは、この運動から成長していった。サイファーパンクにとって匿名のデジタル通貨システムについての考えは、何も目新しいものではなかったが、これまでにその考えを存続できる様に進化させた者はまだ誰もいなかった。何人かはデジタル通貨システムを構築しようとしたが、決定的な広がりを持つに至ったシステムはなく、いずれも先細りになったのである。

 一見したところ、ビットコインはそれと似ている様だった。そのプロトコル(システムを支える通信指示のガイドセット)や基本的な考えは同じだった。その中身は公開鍵暗号を使用して秘密の個人的なキーは保護された記号の列であり、通貨の保管場所の一対の鍵をデジタル確認できればいつでも通貨を移すことが可能である。誰もがネットワークに入り安全を維持できて、デジタル通貨で支払ったり受け取ったりすることができるのである。この方法を使えば既存の支払い方法は不要となり、システムを保持するのは銀行ではなく、個人が所有するコンピュータがシステムを保持する責任を持つ。それにより既存のモデルから脱皮できるというものだった。

 これ以外のデジタル通貨の全ての試みは失敗に終わっている。ナカモトのシステムが評価されたのにはどの様な理由があったのだろうか?白書を読んだグループのメンバーの大部分は、その理由が分からなかった。サンフランシスコのプログラマー、レイ・デリンジャーの否定的な反応は、コミュニティ内での多くの賛同を得た。「人々はこのとてもインフレ的な通貨で資産を持とうとはしないだろう。もしそれを助けることができたとしても」※3(*2) 仮想通貨ユーザで、リバタリアン好みのブログを書いているジェームス・A・ドナルドは、「古いサイファーパンクの夢」※4 を達成する試みに拍手を送り「その様なシステムをとても必要としている」という言葉を添えたのだった。しかし彼は、ナカモトのシステムが「数億人もの人」からの取引きをサポートするには、十分に活発かつ拡張性に富んでいないといけないと予測した。暗号リストの会員で『The Internet for Dummies』という本の著者であるジョン・リーバインは「ハッカーが最後にナカモトのシステムの「キラー」になる。なぜなら、善人はおおむね悪人よりコンピュータトラブルにすぐに対応できず、火消し動作能力が低いからだ」※5 と語った。

 ナカモトは挫けてはいなかった。彼はシステムが2つの大きな突破口を含むということを予測していたからだ。不可侵のデジタル元帳を彼はブロックチェーン(blockchain)と呼んだ。これをごく簡単に説明すると、取引きの信憑性が確かめられ、同時にネットワークの中のオーナー達がそのブロックチェーン台帳を常に最新のものに書き換えていくことに金銭的インセンティブを与えるというユニークなものだ。これでハッカーを寄せ付けずにシステムを維持できるのである。

 ナカモトは新しいウェブサイトbitcoin.org(彼が白書を発表したころ購入したドメイン)をすでに準備していた。システムを次のレベルにあげるため密かに開発したプログラムをクランクアップして、最初のビットコインを生みだすところまでこぎ着け様としていた。新年がくると彼はアルゴリズムを立ち上げ、新しい通貨の「マイニング(mining)」を始めた。※6 第5章で改めて見ていくことになるが、マイニングというのは正しい呼び方ではない。ネットワーク化したコンピュータの連結点として機能する「マイナー(miners)」の最も重要な活動は「取引きを確認」することだからである。つまり「マイニングされた」ビットコインは、実は報酬である。それは10分間に1回ランダムに発生する数式の計算問題が出題されて、最もその計算処理で解答を導き出したマイナーに対する報酬である。現在その報酬は、マイナーがこれまで以上に短期間でおこなう多くの計算力の結果をネットワーク上に載せているので、達成して報酬を勝ち取るのは難しくなってきている。

(*1) この人物とこの人物のグループの本当の正体はしっかりと秘密が守られている。簡単にするためにこの本では、ビットコインの創設者をその男性の名前で記述することにした。
(*2) デリンジャーのビットコインへの解釈で言う「非常にインフレ的」は、6年以上経った今では正反対であり、極めて限定的なビットコインの供給が既にプログラムされているため、発行率が低下し主にデフレの通貨とみなされている。

出典
※1 私は、新しい電子マネーシステムの開発をしており: Satoshi Nakamoto,“Bitcoin P2P e-Cash Paper,” cryptography mailing list, October 31,2008.
※2「我々は、電子コインをデジタル著名の連鎖と定義する」: Ibid.
※3 「人々はこのとてもインフレ的な通貨で資産を持とうとはしないだろう: Ray Dillinger, “Bitcoin P2P e-Cash Paper,” cryptography メーリングリスト, 2008 年11 月6 日, http://www.metzdowd.com/pipermail/cryptography/2008-November/014822.html
※4「古いサイファーパンクの夢」: James A. Donald, “Secrets and Cell Phones,” cryptography mailing list, November 6, 2008, https://www. mail-archive.com/cryptography@metzdowd.com/msg09969.html
※5 ハッカーが最後にナカモトのシステムの「キラー」になる: John Levine, “Bitcoin P2P e-Cash Paper,” cryptography mailing list, November 5, 2008, https://www.mail-archive.com/cryptography@ metzdowd.com/msg09966.html
※6 新年がくると彼はアルゴリズムを立ち上げ: 最初のブロック、ブロック # 0 は、創世記ブロック(Genesis Block) と呼ばれ、2008/1/3 にマイニ ングされた https://www.biteasy.com/blockchain/blocks/000000000019d6689c085ae165831e934ff763ae46a2a6c172b3f1b60a8ce26f

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。