第1回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(1)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

仮想通貨の時代

第1回 はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ(1)

『仮想通貨の時代』より "はじめに:デジタル時代のデジタルキャッシュ" の記事を連載掲載します。WSJ記者らによるビットコインとブロックチェーン、仮想通貨に関わった人々へのインタビュー及び精密なレポートより「デジタル時代の新しいデジタル通貨」の正体に迫ります。

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金が成功に導くのではない。金を作る自由が成功に導くのだ。

――ネルソン・マンデラ

 

 パリサ・アーマディは、アフガニスタンのヘラートにある女子校、ハティフィ校でトップの成績を誇っていた。彼女は女子学生にインターネットとソーシャルメディアのスキルを教えて、その成果に対して報酬まで支払うというベンチャー事業への参加を勧められたが、彼女の家族は当初これに反対していた。「アフガニスタンでは、女性の人生は自分の部屋と学校の中だけに限られている」※1とパリサはメールに書いている。アフガニスタンでは、若い女性は家でも学校でもインターネットを自由に利用できない。彼女が食い下がらなければ状況は変わらなかったかもしれない。パリサは大変優秀な生徒で、もっと授業をとりたいと思っていた。彼女にとって参加の理由はそれだけで十分だった。彼女はそのことを“何度も何度も”家族に話したと語っている。

 その学校を支援していたのは、アメリカに拠点を置くFilm Annexという会社だった。この会社は、彼らの仕事に参画する300万人にもおよぶブロガーや映像制作者らに報酬を支払うために、ソーシャルメディアやオンラインサイトを利用して活動していた。Film Annexはアフガニスタンのデジタルリテラシー(デジタル時代のグローバル世界の情報の習得)教育プログラムであるWomen’s Annexと提携しこの国に関わる様になった。このプログラムは女性実業家ロヤ・マブーブと共同で立ち上げられたもので、アフガニスタンで5万人の女子学生に向けた教育活動をおこなっている。マブーブは当地のいわゆる著名人で、米『タイム』誌で「世界でもっとも影響力のある100人」に選出されたこともある。彼女はAfghan Citadelというソフトウェア会社を設立した国内でも数少ない女性CEOであり、特にアフガニスタンの女性の教育に力を注いでいる。Women’s Annexによる授業は地元の高校でおこなわれ、講師を務めるのは女性だったおかげでパリサの家族はついに彼女の受講を許したのだった。

 パリサは2013年から勉強を始め、クラスメートと共にWorld Wide Webやソーシャルメディア、ブログなどについて学んだ。彼女は映画好きで気に入った映画の感想を書くことも好きだったため、ブログにそれを投稿しブログのメンバーが好意的な感想を返したことで、彼女は人生で初めての収入を得た。

 しかし、アフガニスタンの若い女性が持つことができないものの1つに、銀行口座がある。たとえ女性がお金を得たとしても、父親か兄弟の口座に入れなければならない。ここはそういう世界なのだ。その意味では彼女は幸運だった。ほとんどの場合、男性中心であるこの国の家族は家の資産に女性が関わることを禁じすべて自分達の好きな様に管理していたからだ。

 そのパリサの運命が変わったのは、2014年初めと言えるかもしれない。ニューヨークに本社を持つFilm Annexの創立者フランシスコ・ルーリーは、パリサの様な女性が直面する困難に着目する※2と同時に、自分自身も各国ブロガー達への少額の支払いに要する手数料に不満を持っていた。そこでルーリーは、Film Annexの送金システムの抜本的な改革をおこなった。2013年に突如として現れた電子通貨ビットコインを、ブロガーへの支払いに利用することにしたのである。先端テクノロジーを愛し、リバタリアニズム(libertarianism)を標榜するデジタル夢想家の熱心な少数の人々が賛同者として名乗りを上げ、電子通貨が世界を変えると断言した。

 自助による改革資本主義の哲学に突き動かされ、ルーリーはすぐにビットコインを理解した。パリサをはじめとする、Film Annexの考えに賛同するアフガニスタンの7千人以上の若い女性らにとってのメリットが明らかになってきたのである。ビットコインは、「ウォレット」と呼ばれるインターネット上の銀行口座に保管管理される。ウォレットは、インターネット環境があれば誰でも口座情報を登録して利用することができる。口座を開くために銀行へ足を運ぶ必要もないし、男性である証明も必要ない。それどころか、ビットコインは個人の名前や性別を示す必要もない。男性優位の国であっても、少なくともインターネットにアクセスできる環境さえあれば、女性でも自分で収入の管理が可能になる。このことの重要性は計り知れない。今や女性は自分でお金を持ち、父親や兄弟ではなく自分自身のために使える様になった。電子通貨がすべての問題を劇的に解決できるわけではないとはいえ、この21 世紀の最先端のテクノロジーによって、あらゆる人々に現実的手段が提供されたのである。

 一方で、アメリカやイギリス、イタリアなど先進国に住むFilm Annexの協力者達からは、電子通貨は不便だという不満の声があがった。電子通貨のオンライン決済に対応している企業が少ないからである。企業の多くは電子通貨に懐疑的な目を向けていた。こうした不平は、Film Annexの協力者達だけに限った話ではない。大多数の人々にとって、ビットコインはうさんくさい、金をだまし取る罠としか映っていなかったかもしれない。更に、パリサ自身も他の国の仲間達と同様、ビットコインが抱える問題に直面している。特にアフガニスタンの様に未熟な経済社会では、ビットコインが利用できる場所が限られていることがあげられる。この問題を解決するために、Film Annexは2014年にe-コマースサイトを立ち上げ、会員がサイトを通じて、ビットコインをカブールやヘラートなどのアフガニスタンの都市でも取り扱い可能なアマゾンなど大手サイトのギフト券に交換できる様にした。事実上、Film Annexは独自のビットコイン市場を確立したといえる。同社はサイトの名称をBitLandersと改め、この展開をいっそう強化した。

 パリサは、自分で稼いだビットコインで新しいノートパソコンを買った。ほんの数年前であればあり得なかったことかもしれない。彼女はビットコインについて「自立すること、自分で決断をくだすこと、そして何よりも自分の足で立つことを教えてくれた」と語る。単なる男性の付属物ではない未来、自分で進むべき道を選んでいく未来を思い描ける様になったパリサは更に「将来は、ちゃんとした教育を受け医師として活動したい」とも言っている。

 

出典
※1 Parisa Ahmadi, interviewed by Paul Vigna via e-mail, July 4 and 11, 2014.
※2 Francesco Rulli, interviewed by Michael J. Casey and Paul Vigna, June 19, 2014.

著者プロフィール

ポール ヴィニャ(著者)
ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、WSJ)のマーケット・リポーター。WSJのMoneyBeatブログに書き込み、MoneyBeatショーの司会をつとめ、“BitBeat”デイリー・コラムを更新する。ヴィニャはダウ・ジョーンズ経済通信(Newswires)のコラム「Market Talk」の執筆、編集もつとめる。妻と息子と一緒にニュージャージーに住んでいる。
マイケル J ケーシー(著者)
MIT Media Labのデジタル通貨イニシアティブのシニアアドバイザー。かつてはWSJで世界金融に関するコラムニストをつとめ、『Che's Afterlife: The Legacy of an Image』:“ミチコ・カクタニによる2009 年の本トップ10”選出、『The Unfair Trade: How Our Broken Global Financial System Destroys the Middle Class』の著作がある。妻と2人の娘と一緒にニューヨークに住んでいる。