第1回 UXとはなにか?|Tech Book Zone Manatee

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UX × Biz Book

第1回 UXとはなにか?

UXおよびUXデザインのビジネス価値を読み解く『UX × Biz Book ~顧客志向のビジネス・アプローチとしてのUXデザイン』。デジタル・マーケティングから顧客との関係構築、ブランディング、実装まで、それぞれ現場で活躍する執筆陣が、多面的・複合的な視点、切り口で分かりやすく解説しています。この連載では各章の読みどころを掲載していきます。第1回目はUXの基本を解説するChapter1(執筆:田平 博嗣)から、「1‒1 UXの基本」を紹介します。

UX(User Experience)とは?

最近の製品・サービスの開発では、UX(User Experience)という言葉が必ずと言ってよいほど登場しています。しかしながら、UXの指し示す意味やレベルが人によって異なることがあり、開発の現場でちょっとした混乱や苦労があるのではないでしょうか? 

そこでUXの定義について、筆者の見解も含めて言及しておきたいと思います。

 

UXという言葉そのものを素直に捉えれば、ずばり「ユーザーの体験」のことであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

ここで、Experienceを日本語で「体験」とするのか、「経験」とするのかは議論もあります。直接的な「体験」と、見聞きなどの間接的な体験も含めた「経験」では、後者の方が意味的には広く、人間の心理と行動に大きな影響を与えるのですが、ここでは一般的に使われている「体験」としておきましょう。

そのユーザーの体験ですが、良い体験もあれば悪い体験もあります。また、その体験が印象づける感情や満足感にも様々なレベルがあると考えられます。

しかし、製品・サービスの開発の文脈では、ユーザーに良い体験と高い満足度を提供することが前提です。特別な狙いがない限り、わざわざユーザーを不快にすることを意図して設計することはまずありません。

なので、開発の文脈で使われるUXは「ユーザーと社会に対して、新しいポジティブな体験を提供し、その満足度を高めること」と考えて差支えないでしょう。

そして、製品・サービスを通じて意図的にUXをデザインすることをUXD(User Experience Design)と呼びます。

ここで、本来のUXの定義から少々拡張した解釈なのですが、ユーザーだけではなく、「社会に対してもポジティブ」であることがポイントです。

かつて、子供たちからお小遣いをむしり取るようなソーシャルゲームサービスがありました。ユーザーにとって、時間を忘れてのめり込むような楽しい体験でも、社会問題に発展してしまうようでは、早晩、自主規制や法的規制が掛かり、ビジネスは破綻します。

そのような意味でも、UXデザイナーには社会的責任もともないますので、ユーザーだけでなく、社会に受容れられることを意識することがとても大事です。

 

このように、UXをビジネスに展開する際は、ユーザーと社会にとって、新しく好ましい体験を提供することが大前提となるのですが、その他に備えておきたい具体的な条件とはなんでしょうか。

いくつかあると思いますが、少なくとも以下の3つの条件はあって欲しいと考えます。

 

①一過性ではなく、使い続けられること。

②必要不可欠で、不可逆的なこと。

③多くの人に認知され、利用されること。

 

①は、流行廃りとは関係のないUXを実現することです。物珍しさから一時期話題になる製品・サービスはたくさんあります。登場当時はその話題性で売れ、使われたとしても、日常生活に意味がなければ定着することなく、単なる一時的な流行品として終わってしまいます。

ちょっと古い例ですが、PDAやLモード、セカンドライフ、セグウェイ、パスポート電子申請サービスなどがそれにあたると思います。

これらの製品・サービスの中には、生活者のニーズに全く合わないものもあれば、残念ながら登場するタイミングが早過ぎたものもあります。

②は、日常生活を送るうえで、もう手放せない、後戻りもできないと思えるUXです。一例を挙げれば、SuicaやPasmoなどの交通系ICカード、スマートフォン、iPod & iTunes、各種のソーシャル・ネットワーキング・サービスなどはその好例といえます。

③は、それらの製品・サービスが市民権を得ていることです。単に利用者の絶対数が多いことだけではなく、潜在的・将来的な顧客として、その製品・サービスを利用していない人からも、ポジティブに広く認知されていることが重要だと思います。

 

UX(User Experience)とCX(Customer Experience)

ところで最近では、CX(Customer Experience;顧客体験)という言葉も盛んに使われています。UXとCXはどう違うのかといった議論がされていますが、結論から述べますと、UXとCXは同義と考えて差支えないでしょう。

異なるのはこの言葉の出処です。製品・サービスの利用者を業界・業種・業態によって、「ユーザー」と呼ぶか、「顧客(カスタマー)」と呼ぶか、呼称としてどちらがより馴染んでいるかの違いだけといえます。

例えば、ヤマダ電機で家電を購入する目的で入店した人を「ヤマダ電機の顧客」と呼びますが「ヤマダ電機のユーザー」とはあまり呼びません。

一方、価格.comで家電を購入することを目的にサイトに訪れた人を「価格.comの顧客」と呼ぶよりは、「価格.comのユーザー」と呼んだ方がしっくりくる感じです。

つまり、ユーザーか顧客(カスタマー)かは、業界・業種・業態の慣用的な表現としての違いだけであり、あえて分けるなら、利用時にUI(User Interface)との接点がある人をユーザー、ない人を顧客と表現すると考えてよいでしょう。

 

同義であるということは、図1-1に示した消費者行動の階層性と分析レベルでUXとCXを位置づけてみると、分かりやすくなります。

 

図1-1 消費者行動の階層性と分析レベル

[出典]青木 幸弘、新倉 貴士、佐々木 壮太郎、松下 光司

『消費者行動論 ─マーケティングとブランド構築への応用』(有斐閣、2012/5)を参考に作成

 

図1-1のように、消費者行動には、消費行動、購買行動、買物行動、使用行動の4つの階層性と分析レベルがあります。

もともとこのモデルは、プロダクト商品を対象にしているので、接客サービスやWebを介したサービスをここに含めると、あてはめにくいのですが、図1‐2のように、これらに各種サービスを含めることを想定したモデルで、同じように説明することができます。

 

まず、「①消費行動」とは、主に労働で得た所得を原資に、どの費目の製品・サービスを手に入れるか、あるいは将来の消費のために貯蓄するかなど、支出配分に関わる行動を指します。

次に、「②選択行動」とは、製品・サービスのカテゴリやブランドの選択、その数量や頻度の選択、買い場や店舗の選択など、具体的な製品・サービスの選択や、購入場所の決定に関わる行動を指します。

最後に、「③利用行動」とは、選択した製品・サービスの利用方法を決定し、具体的に消費していく中で、商品によっては、保管、廃棄、リサイクルまでを取り扱う行動を指します。

先ほどの例では、家電を購入するときに、「②選択行動」のレベルで、実店舗で購入するのか、あるいはECサイトで購入するのかを選択するのが買い場の選択にあたります。

 

 

図1-2 消費者行動の階層性と分析レベル(一部改変)

(出所)図1-1を参考に田平が一部改変

 

そして、実店舗で購入するなら、例えばヤマダ電機にするか、コジマ電機にするかを選択します。ECサイトで購入するなら、例えば価格.comにするか、Amazon.co.jpにするかを選択します。これが店舗の選択にあたります。

実際に、「②選択行動」で買い場と店舗が絞られたら、「③利用行動」のレベルで、ヤマダ電機の実店舗を利用した買い物体験をCX、価格.comのサイトを利用した買い物体験をUXと、それぞれを表現するのがしっくりとくるのではないかと思います。

なお、「③利用行動」のレベルでは、病院サービスや弁護士サービスなどの場合は、「クライアント(患者、依頼人)」ですし、テレビ番組の場合は、「視聴者」です。熱心なプロスポーツの観戦者の場合は、「ファン」、「サポーター」などと呼び、ユーザーや顧客以外の表現もたくさんあります。

つまり、表現は様々なのですが、「ユーザー/顧客/その他」という言葉の定義に厳密に従うと、いずれも「③利用行動」のレベルでのエクスペリエンスを指しており、UX(User Experience;ユーザー体験)とCX(Customer Experience;顧客体験)は同義であることが分かると思います。

 

もうひとつのCX(Consumer Experience) 

前項で、消費者行動には、「①消費行動」、「②選択行動」、「③利用行動」があると述べました。

UX(User Experience;ユーザー体験)とCX(Customer Experience;顧客体験)はいずれも「③利用行動」のレベルなのですが、消費者行動を一連の流れとして捉えると、もうひとつ別のCXの存在が浮かび上がってきます。

それを、少しややこしいのですが、CX(Consumer Experience;消費者体験)と、ここでは定義したいと思います。

このCX(消費者体験)とは、「ユーザー」、「顧客」という言葉の定義に厳密に従った場合の対比として「消費者」と表現する筆者独自の呼称でありますが、「③利用行動」だけではなく,「①消費行動」と「②選択行動」においても、新しく好ましい体験をデザインすることで、循環的でポジティブな消費者マインドを形成しようとする捉え方です。

もちろん、時間軸で捉えたUXなど、UX(ユーザー体験)やCX(顧客体験)の枠組みにおいても、「③利用行動」の前の期待づくりや、「③利用行動」の後の好ましい記憶の形成といった、前後に広げたデザイン活動は実際に考え方として存在しています。

しかし、単なる製品・サービスの利用行動の前後拡張で捉えてしまうと、どうしても製品・サービスそのものでUXを実現しようと考えてしまいがちです。

そうではなく、もっと製品・サービスを取り巻いている環境をダイナミックに利活用したCX(消費者体験)をデザインすることで、貯蓄に走ろうとする消費者の消費行動のマインドを変え、選択行動をもポジティブに変えようとする捉え方、取り組み方が必要なのです。

 

テスラModel3の消費者体験

そのCX(消費者体験)を巧みにデザインしたのが新興自動車会社のテスラモーターズ社です。

2016年4月に同社から発表されたテスラModel3(図1-3参照)は、発表後1週間で、世界中から32.5万台もの予約が殺到し、1ヵ月後には40万台に迫る勢いとのことです。

図1-3 テスラ Model3

https://www.tesla.com/jp/model3

 

驚きなのは、ベース価格が35,000ドル(約385万円)のミドルクラスのクルマにも関わらず、デリバリーが2017年後半予定で、納車まで1年半近くも待たされるうえ、過去の実績から、生産能力やデリバリー期限を守ることに、かなり不安視されている新興自動車会社のモデルに、これだけの期待が世界中から寄せられたことです。

予約者のうち、北米の在住者がその多くを占めていると思われますが、日本と違って北米では、新車を購入した時に、カーディーラーに在庫があれば、そのまま車に乗って帰ることができます。

そのようなクルマの購入習慣のある北米の消費者が、実物を見たことも触れたこともないクルマに飛びついたのは何故でしょうか?

そこには、CX(消費者体験)を高めるためのいくつかの仕掛けがあったと言われています。

 

もちろん、クルマそのものが魅力的なのは言うまでもありません。環境にクリーンで実用に耐える電気自動車であるとともに、あらゆる機能が電子制御となっており、オートパイロット、自動縦列駐車機能、呼び出し機能などを装備しています。

また、これら数々の高度なドライバー支援機能を、センターコンソールに備え付けられた大型のタッチスクリーンで操作が可能です。また、これらの機能の更新と追加は、スマートフォンのように、配信されるソフトウェアでアップグレードすることが可能です。

クルマというよりロボットといったイメージで、未来のトランスポーテーションをひと足先に体験できるプロダクト&サービスを実現しています。

しかし、これまでの「Roadster」「Model S」「Model X」は、いずれも高額(日本円でおよそ800万~1,700万円)で、普通の人には手が届きにくい商品でした。

そこで以前より、50,000ドル(約550万円)を切るニューモデルが発表されるという噂に対して、テスラモーターズ社のイーロン・マスクCEOが2016年2月中旬に予約開始日をツイートし、大きなニュースになりました。

同年4月1日に、Model 3を35,000ドル(約385万円)でオンラインでの予約を開始。予約するには1,000ドルデポジットが必要なのですが(図1-4参照)、予約をキャンセルすれば払い戻しされます。オーナーとしてエントリーするための経済的支出が小さく、かつリスクが低いと言えます。

また、予約の手続きは非常にハードルが低く、図1-5のオンラインサイトに住所、氏名、連絡先を記入し、クレジットカードでデポジット分を支払えば完了で、与信に関する審査は一切ありません。時間的な支出や能力的な支出がほとんど必要ないのです。

 

図1-4

 

図1-5 テスラ Model3予約画面

https://www.tesla.com/model3/reserve

 

また、予約者になれば、テスラモーターズ社から開発状況に関するアップデート情報やイベント情報(図1-6参照)が定期的に届き、納車までの期待感は膨らむいっぽうです。

以上のように、簡単な手続きと僅かなデポジットの支払いだけで、「納車されるまでのワクワク感」、「本当にクルマが完成し、手に入るかどうかのドキドキ感」、「イノベーティブなクルマづくりを皆でサポートする予約者同士の連帯感」、「イーロン・マスクCEOの果敢な挑戦に対する共感」など、先進的なクルマのオーナー気分を味わうことができます。

このように、気持ちに働きかける販売方法は、自動車の販売では超高級車以外ではあり得なかったものであり、どちらかというと、新築分譲マンションの購入や、クラウドファウンディングに対する期待感に近いものがあると言えます。

このテスラモーターズ社のModel3の成功は、「ちょっと頑張れば手に届く」と思わせる大勢の消費者の感情のツボに、上手く訴えかたところにあります。

そして、ロボットカーという製品・サービスの魅力だけではなく、経営者のカリスマ性とストーリー性をうまく活用しながら、開発から納車までのプロセスを、あえて「待って楽しむ」という仕掛けを巧みに施していることです。

あとは、その消費者の期待を裏切ることなく、約束の2017年後半に、数十万台に及ぶデリバリーがしっかりできるか、それがテスラモーターズ社の今後の勝負どころではないかと思います。

 

図1-6 テスラ Model3のスペシャルイベントの様子

https://www.tesla.com/jp/model3

著者プロフィール

田平 博嗣(著者)
株式会社 U'eyes Design 専務取締役、博士(工学)
相模女子大学学芸学部非常勤講師。
専門はヒューマンファクター。
生活者調査に基づく事業および製品・サービスのデザイン、イノベーション創出支援のデザインコンサルティングに従事