2017.01.18
第1章 ITILって何だろう?(2)
IT知識不要!、小説型ITILの指南書『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』から、「第1章 ITILって何だろう?」の後半を紹介します。
すべての業務を「サービス」ととらえよう
<会社の業務はサービスだ!>
「ところで大井さん、さっきからずっと『サービス』って言っていますけれど、サービスって何なんですか?」
がんもどきを崩しながら、京子が尋ねた。
「友原は、何だと思う? 購買部における、顧客へのサービス」
「ええと…顧客イコール経営。購買部長ですよね。ええと、カラオケのお誘いに付き合ったりとか?」
「それも、サービスだけれど、仕事上のヤツ!」
京子はカラオケに付き合うのも仕事の一部だと思っていたがどうやら違ったようだ。少し考えて答えた。
「あ、業務報告したり、決裁もらったりとか」
「うんうん、それからそれから?」
「ええ、購買部長との接点ってそれくらいですよ」
大井の問いかけが続いた。
「質問を変えよう。友原はいまの販促品チームで、どんな仕事をしていたの?」
「販促品の購入依頼を宣伝部から受けて、取引先から見積もりを取って、価格交渉して、価格を決めて、注文書を出して…」
「うんうん。そういうのもすべてサービスなんだ」
京子は小首をかしげた。
「えっ、でも購買部長のためにやっていた仕事ではないですよ?」
ひと呼吸置いて、大井はゆっくりとこう言った。
「極論すると、購買部のすべての業務がサービスだ!」
「すべての業務が、サービス…なんですか!?」
京子の声が自然と大きくなった。
●サービスとは
ITILは「サービス」を次のように定義しています。
サービスとは、顧客に特定のコストやリスクを負わせることなく、顧客に価値を提供する手段である。
顧客から与えられた予算や人員の範囲内で、サービスプロバイダが顧客に迷惑かけることなく遂行すべき一つひとつの業務、それがサービスです。このものがたりでは、購買部の各チーム(サービスプロバイダ)が日々実施している業務をサービスととらえています。
●サービスの2つの要素
サービスは2つの要素から成り立っています。
サービス=「有用性」+「保証」
どんなに有用なサービスであっても、それが利用できなければ顧客や利用者は価値を得ることができませんよね。たとえば、とてもおいしい餃子屋さんがあったとします。でもいつ行ってもお休み。これでは利用者(お客さん)は餃子を食べることができません。おいしい餃子という有用性がありながら、食べられる保証がない状態です。利用者が必要なときに、必要な価値を得られるようにしておく。有用性と保証の両方がサービスの命なのです。
ものがたりの中で、大井が「購買部のすべての業務がサービスだ!」と言いました。そうなんです。サービスプロバイダが提供する業務(サービス)はすべて顧客のビジネス目標達成のために存在するものでなくてはならないのです。裏を返せば、顧客のビジネス目標達成に直接あるいは間接的に寄与しないものは無駄な業務(サービス)であるともいえます。たとえば、営業部門であれば当年度の売り上げ目標金額、あるいは顧客満足度・前年度比○%アップなどの目標があるでしょう。営業部門のすべてのお仕事は、そのビジネス目標達成に寄与するために設計され存在すべきです。
自分が所属する組織はどんなサービスを提供しているだろうか? そのサービスは自組織のビジネス目標達成とどう関連があるのだろうか? もしかしたら、そのサービスは無駄ではないだろうか? ぜひ、自分の日々のお仕事を見直してみてください。
なお、ビジネス目標とサービスの関係については、第2章で詳しく学習します。
ITILの5つのアプローチ
<京子のモヤモヤ、解決できるかも…>
購買部のすべての業務がサービス。京子はおでんのコンニャクを噛みながら、京子がそして購買部の仲間が日々取り組んでいる仕事一つひとつを頭に浮かべていた。まだまだ京子の知らない仕事もたくさんある。それらはみな「サービス」…か。
「それで…、『業務』を『サービス』って考えることと、わたしが購買部の業務プロセスを改善することと何の関係があるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。ITILってのは、サービスマネジメントのフレームワークだ」
「横文字が多くてちんぷんかんぷんですっ!」
「わりぃわりぃ。業務すなわちサービスを、ビジネスの目標を達成するために、限られた資源で効率良く品質良く回していくためのやり方ってとこかな」
大井は、少し柔らな口調で講釈しはじめた。
「ふむふむ」
目を丸くしてうなずく京子。
「そして、そのサービスをうまく回していくために、ITILはコアとなる5つのアプローチを示している。その5つを実践することでサービスをうまく回せる、すなわちマネジメントできるようになる」
「なるほど!」
と同意を示してみたものの、京子はまだよくわかっていない。
「で、その5つのアプローチってのはな…」
さらにもう1枚「おでん半額キャンペーン」のチラシを取り、大井はボールペンを走らせた。
「『サービスストラテジ』『サービスデザイン』『サービストランジション』『サービスオペレーション』『継続的サービス改善』、この5つ」
「おお。またもや横文字だらけですね!」
「まあ、イギリス生まれの考え方だからそこんところは割り切って考えてくれな。で、この5つの意味だが…」
大井は今描いた5つの箱の上に、文字を書きながら続けた。
「『サービスストラテジ』は全体方針や戦略、『サービスデザイン』は業務設計、『サービストランジション』は運営準備、『サービスオペレーション』は実際の業務の運営、『継続的サービス改善』は業務の運営状況の測定と報告、そして文字通り改善をサポートする」
「さらに、この5つは…一連のサイクルになっている!」
大井は5つの箱を矢印でつないだ。
「会社や部門の目標を確認し、サービスの方向性を定め、それを達成するための業務すなわちサービスを設計する。そして、そのサービスがきちんと運営できるよう準備し、日々サービスが問題なく回るよう管理する。状況を測定して改善につなげる」
「つながっていますね!」
ウーロン茶が運ばれてきた。京子は酔い覚ましの一口を飲みながら、大井が書いた説明を見返した。
「友原がこれから勉強するITILは、このサイクルを回すやり方を教えてくれる。購買部のサービスをこの5つの箱に当てはめながら、一つひとつプロセスを設計して管理していこう」
︱あ、わたしITIL勉強することになっているんだ。でも、とっても勉強になりそうだし今は藁をもすがる思い。せっかくだから、大井さんに頼ってやってみようかな…。
落ち込んでいた京子の心に、一縷の希望の光が差し込んだ。
ITILの5つのアプローチの「さわり」は大井くんが説明してくれましたで、ここでは5つそれぞれの役割とメリットを中心に解説します。
●5つのアプローチ
●ITILを適用するメリット
●5つのアプローチ
ITIL(ITIL V3)は5つの書籍で構成されています。
「サービスストラテジ」「サービスデザイン」「サービストランジション」「サービスオペレーション」「継続的サービス改善」です。
①サービスストラテジ
「サービスストラテジ」の役割は全体方針の確認と戦略策定。ビジネスの目標や要求を明確にして、それを達成するためのサービスの戦略(どんなサービスが必要か? どのサービスに力を入れるべきか? 予算は?など)を作ります。⇒ 第2章で学習します。
②サービスデザイン
「サービスデザイン」の役割は業務設計。個々のサービスの内容を設計するとともに、そのサービスにどこまで力をかけてどんな品質で提供するのかレベルを決めて顧客と合意します。戦略と整合の取れた設計が重要です。⇒ 第3章で学習します。
③サービストランジション
「サービストランジション」の役割は運営準備。「サービスデザイン」で設計したサービスを開始するために必要なものや人を揃えたり、トラブルなく運用できるようにするための事前の検証(テスト)をします。⇒ 第5章で学習します。
④サービスオペレーション
「サービスオペレーション」の役割は運営(運営管理)。日々のサービスを、「サービスデザイン」で顧客と合意したレベルで運営します。問題や課題があれば解決し、顧客に特定のコストやリスクを負わせることなく価値を提供するよう努めます。⇒ 第4章で学習します。
⑤継続的サービス改善
「継続的サービス改善」の役割は測定・報告、および改善です。サービスが顧客のための価値創出に役立っているかを常に測定し報告する、そして改善するための取り組みです。⇒ 第6章で学習します。
この5つのアプローチは、その下にぶら下がる「プロセス」で成り立っています。そもそも「プロセス」とは何か? また、5つのアプローチはどんな「プロセス」で構成されているのかについては、55ページで説明します。
◎ITILの5つのコア概念の関係
●ITILを適用するメリット~「もれなく」「無理なく」「効果的に」~
ITILの特徴は「全部やらなくていい」「つまみ食いでいいとこどりできる」ことに尽きます。これまでの5つのアプローチの説明で「ええ、こんなにたくさんのことをやらなきゃいけないの?」と思われたかもしれません。大丈夫です、その心配はありません。
ITILはあくまで世界のITサービスマネジメントの好事例集です。「使えそうなものはどんどん使ってちょうだい」というのがITILの基本スタンス。なので、あなたの現場で困っていることだけを解決するために、必要な考え方だけを取り入れればよいのです(規定のルールやプロセスを100%定着させることを求める、認証取得を目的としたISOなどとの大きな違いです)。
ITILのメリットは「もれなく」「無理なく」「効果的に」業務プロセスを改善できることでしょう。
世の中、まったく同じ組織は二つと存在しません。画一的なやり方がすべての組織でうまくいくはずがないのです。がんじがらめのルールやプロセスを導入して仕事が回らなくなった、社員のモチベーションが下がった…こんな悲しい事例もたくさんあります。皆さんのお仕事の現場の良さは良さとして大切にしつつ、足りないものだけをITILから「つまみ食い」「いいとこどり」で補って改善していってください。
◎ITILのメリット
プロセスって何だろう?
<京子、おでん屋でプロセスの意味を知る>
︱5つのサイクルを回して、購買部の業務=サービスを改善して会社にとって価値あるものに高めていけそうなことはわかった。で、結局わたしは何をすればよいのだろう?
京子がウーロン茶の入ったジョッキを持ったままぼおっと考えていると、それを見透かしたかのように大井が説明を続けた。
「で、具体的に何をするかだ」
うんうんと大きくうなずく京子。
「この5つのサイクルを回すために、ITILはいくつかのプロセスを定義している。そのプロセスに沿って購買部のサービスを見直してみる、そして管理していけるようにすることが友原の課題を解決する近道じゃないかなと思っている」
「プロセス…ですか?」
若い男性店員がやってきて、デザートの抹茶アイスをテーブルの端に置いていった。
「そう。たとえば、『サービスストラテジ』には『サービスポートフォリオ管理』『需要管理』『財務管理』って3つのプロセスがある。まあ、これはおいおい勉強していこう」
なんだか難しそうだ。でも、一つひとつ勉強していかなきゃ。
「ところで、友原は、プロセスとは何かって説明できるか?」
「よくわかりません!」
京子は真顔で即答した。
「す、素直だな。プロセスとは、ある特定の目的を達成するための一連の活動をいう」
大井は別のチラシの裏に四角い箱を描き、真ん中に「プロセス」と書きなぐった。
「たとえば、友原は販促品を購入する仕事をしているよね」
「はい」
「取引先から販促品の見積もりをもらって、価格を交渉して、合意した金額が記載された確定見積もりをもらって、そして注文書を取引先に発行する。これら一連の活動は販促品を購入するプロセスだ」
京子は溶けはじめてきた抹茶アイスを一口、口に含んだ。
「で、プロセスには必ずインプットとアウトプットがある」
大井はさっき書いたプロセスの箱の左端と右端に右向きの矢印を描き、「インプット」「アウトプット」と書いた。
「通常、友原は何をきっかけにして販促品の購入活動をはじめる?」
「ええと…宣伝部など社内の要求元からの購入依頼ですね。購買システムに購入依頼が来ると、『購入依頼が届きました』ってタイトルのメールが来るんですよ。それから、依頼内容をシステムの画面で確認して、欲しい販促品の仕様、予算、候補取引先、納期などを確認します。そして取引先から見積もりを取ります」
「なるほどな。では、この場合は購買システムでの購入依頼がインプットの1つだ」
「へえ! インプットはわかりました。で、何がアウトプットになるんですかね?」
京子はとっさに質問した。大井は笑みを浮かべた。
「さあ何でしょう? 考えてみよう。販促品購入プロセスの最後で、友原は誰に何をもたらしているのか?」
京子はまた考え込んだ。
「…購買システムを通して、注文センターに注文書発行依頼を出します。依頼を受けた注文センターは、注文書を取引先に郵送します」
「ならば、注文センターに出す注文書発行依頼が、友原のチームの販促品購入プロセスのアウトプットだ!」
「ああ、そういうこと!」
――プロセスが何かなんていままで考えたこともなかったな。そして、何がインプットで何がアウトプットなのかなんてことも意識していなかった。こういうパズルみたいなのって、嫌いじゃない。
京子は自分の知識が増えていくことに嬉しさを感じていた。
「さらに、プロセスにはステークホルダー(利害関係者)が存在する」
「ステークホルダー?」
「顧客である購買部長の廣瀬さん、販促品の購入依頼をしてくる宣伝部などのユーザ、その販促品の購入の手続きをする購買部の販促品チーム、それからアウトプットである注文書発行依頼を受け取る注文センターの人たち…こういった関係者がステークホルダーだ」
いまさらながら、普段何気なくこなしている業務にも実はいろいろな人が関わっていることに京子は気づいた。
「最後にもう1つ、プロセスは測定可能でなくてはならない!」
「測定…?」
「うん。たとえば購入依頼を受けてから注文書発行依頼を出すまでの所要日数が何日かかっているとか、販促品チームの担当者一人ひとりが週あたり何件の購入依頼をさばけているかとか。そういった購入活動の状況を測定することで、そのプロセスが効率良く回っているか? ビジネスに対して価値を出せているかをチェックするわけだ」
熱弁をふるい、大井はタクアンをひとつまみした。
「とっても、勉強になります!」
郊外の私鉄の駅裏のおでん屋は、まだ月曜日だというのに気がつけばサラリーマンや、地元の常連らしきご婦人たち、商店会の会合帰りと思われる中高年の一団など様々な客層で賑わっていた。おでん半額セールの効果は大きいようだ。レベッカの「フレンズ」が流れる昭和の雰囲気の店内は、おでんの香りと熱気で温かった。
47ページで学習したITILの5つのアプローチを支える主なプロセスと「プロセス」そのものの定義を説明します。特に「プロセス」の定義はITILを使う使わないにかかわらず、業務改善や価値向上に取り組む上で大変重要ですので、ぜひ、押さえておいてください。
●ITILの主なプロセス
●プロセスの定義
●ITILの主なプロセス
ITILの5つのアプローチを支える主なプロセスは、下図の通りです。
各々のプロセスの内容と使い方は、各章で解説します。ここでは、「ああ、ITILはいくつかのプロセスで成り立っているんだな」くらいにイメージをつかんでおいてください。
◎ITILの5つのアプローチを実行するための主なプロセス
なお、ここで「主な」プロセスと表現しているのは、ITIL V3ではプロセスの数や内容を明確に定義していないためです。よってプロセスの数も名称も、解釈する人や目的によってまちまちです。本書では、業務改善に役立ちそうな代表的なプロセスのみを紹介しています。
●プロセスの定義
ITIL(V3)では、プロセスを次のように定義しています。
特定の目的を達成するための一連の活動。
また、プロセスには、次の3つの特徴があります。
①インプットとアウトプットがある。
②顧客などのステークホルダーがいる。
③活動の状況が測定可能である。
この定義と特徴を意識して、業務プロセス改善と価値向上に取り組んでいきましょう。
◎「プロセス」とは