第1章 ITILって何だろう?(1)|Tech Book Zone Manatee

マナティ

新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!

第1章 ITILって何だろう?(1)

IT知識不要!、小説型ITILの指南書『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』から、「第1章 ITILって何だろう?」の前半を紹介します。

何それ!? ITIL(アイティル)ってオイシイの?
 ~京子のITILとの出会い~

<夜のおでん屋、情報システム部・大井のアドバイス>

 突然「業務プロセス改善リーダー」を命じられ、どんよりとした面持ちで夕暮れ時の廊下を歩く京子。そんな京子の背中を、軽やかな男の声が追っかけてきた。

「おう、友原!」

 情報システム部の大井(おおい) 宏一郎(こういちろう)。入社6年目の先輩だ。

 大井はバリバリと仕事をこなすタイプではなく、いつもひょうひょうとしていた。そんなマイペースな大井だが、京子と同じ大学出身の先輩であり、入社以来、何かと京子のことを気にかけてくれていた。

「あ、大井さん。お久しぶりです、今日は早いですね」

「まあ、あんま仕事したくないし、最近はいつもこんなもんよ」

「へぇ…」

 京子は一瞬にこっと作り笑顔を浮かべると、再びうつむいた。ああ、大井さんのように呑気に構えられたらどんなにか楽だろうな…

「何か、悩みでもあるんか? 随分と浮かない顔しているぞ」

 京子の気持ちを察したように、大井が問いかけた。

「大井さん、実はですね…」

「待った! お前さ、今日これから時間ある? 駅の裏のおでん屋がいま半額セールやってるんだよ。腹減ったしさ、うまいもんでも食いながら話そうぜ」

 大井の軽快な提案で、2人はそのまま会社を出た。

 

 9月の最終月曜日。夏の暑さも随分と和らぎ、日が落ちると半袖では肌寒い陽気になってきた。時折、秋を感じさせるひんやりとした風が京子の頬をなでる。それが京子の不安な気持ちを増幅させた。ルミパルの本社は都心からやや離れた品川区の郊外にある。家路を急ぐ勤め人や子どもたちとすれ違いながら、2人は駅へと向かった。

 駅裏のおでん屋はガラガラだった。週初めの夜6時。一杯ひっかけるにはまだ早い時間か。広い店内には、昭和60年代のアイドルの明るい歌謡曲が寂しく鳴り響いていた。

 2人は店の一番奥まったところにある、テーブル席に腰を落ち着けた。

「とりあえず、カンパイ!」

 ビールのジョッキと、レモンサワーのジョッキがカツンと音を立てる。でも京子の乾杯には勢いがない。

「で、いったい何があったんだよ? 相当暗い顔してたぞ」

 ビールを半分飲み干したところで、大井が尋ねた。

「実は、わたし…購買部の業務プロセス改善リーダーをやれって言われちゃったんです! もう、どうしたらいいかわかんなくて…」

 大井の表情が一瞬かたまった。そして次の瞬間、

「えっ、友原がリーダー!? マジで? わははははは! うちの会社大丈夫かよ?」

「笑い事じゃないですよ! わたし、真剣に悩んでいるんですから。もう…」

「わりぃわりぃ。で、具体的に何をやれって言われているの?」

 京子は一部始終を話した。

「…なるほど。購買部の業務プロセス改善と価値向上ね…。わかった。ところで、友原はITIL(アイティル)って聞いたことあるか?」

「アイテル? …それって、先輩のズボンのチャックのことですか?」

「それは『開いてる!』。つか、開いてねーし」

 大井は念のため自分の股にチラっと目をやり、異常なきことを確認してから続けた。

「いいか、ITILっていうのはな、"Information Technology Infrastructure Library"の略で、ITシステムを使ったサービスを、ビジネスの目的を達成するために、いかに適切なコストと労力で品質良く提供するかの事例を集めた、ITサービスの運用・管理のグッドプラクティス(好事例)集なんだ」

「ITシステムを使ったサービス? グッドプラクティス??」

 京子はぽかんとなった。どうもIT屋の言葉は横文字だらけで意味がわからず、宇宙人と会話しているような気持ちになる。もっとも宇宙人と話したことはないけれど。

「たとえば、俺らが会社で使っているメール。あれはまさにITシステムを使ったサービスだ。もしメールのシステムが止まってしまって、メールを送ったり受け取ったりすることができなくなったらどうなる?」

「冗談じゃないです! 仕事になりません!」

「そう。メールシステムはいまやビジネスをする上でなくてはならないものだ。かといって、システムが止まらないようにするために過剰なお金も人手もかけられない。ビジネスが回るようにするために、必要なだけのシステム投資をし、必要なだけの人手をかけ、品質を保ってITサービスを提供する。それをできるようにするためのサービスマネジメント方法論を教えてくれるのがITIL」

「サービスマネジメント方法論?」

「ITを使ったサービスを、問題なく・価値高く回すためのやり方の『お手本』みたいなものだと思ってくれればいいさ。ITILはイギリス生まれで、いまや世界中の企業や公共機関のIT運用の現場で使われているんだ。ITサービスの世界共通ルールみたいなもんだな」

 程よく煮えたダイコンを箸でつつきながら、大井が語った。

「へえ。ITの世界は進んでいるんですねぇ。でも、購買業務には関係ないかな…」

 京子は遠い目をしながら、ちくわを頬張った。

「いやいや。ITILの考え方やマネジメント方法はとても汎用的で、IT以外の一般的な仕事にも適用できるんだ。で、ITILを使って、友原の悩みを解決できないかな…って思ってね」

「ととと、とんでもない! わたし、ITのことなんてちんぷんかんぷんですよ。入社したときも『情報システム部門だけは嫌です!』って言って歩いてたくらいですから。この前もワードの使い方がわからなくて、山下先輩にやってもらっちゃったし」

 京子はちくわを口から落っことしそうになるのをこらえながら喋った。

「いやいやITILを活用するのに、ITの知識はいらない。もともとITのためのものだから、ITの現場でしか活用されていなかったけれど、最近ではマネジメントフレームワークとして営業・経理・購買・人事など、IT以外の職種でもITILを使って業務プロセスを改善をしたり、業務のマネジメントをしはじめているんだよ」

 大井はキュウリのぬか漬けをかじりながら説明した。

 

ITILとは

「ITIL」はInformation Technology Infrastructure Libraryの略です。文字通り、ITに関連した「何か」であるということはおわかりいただけるでしょう。

 「なんだITについてのネタか。自分には関係ないな。ITの仕事をしているわけじゃないし、ITって小難しくて近寄りたくないね!」

 …と本を閉じてしまわないでください!

 

 ITILは、確かにそもそもはITに関する「何か」なんですが、そこでの理論や考え方はとても汎用的かつ網羅的であり、ITに関係しない業務にもすごく役に立つのです。

 できるだけITの専門用語を使わないで説明しますので、ITが得意な皆さんも、そうでない皆さんもどうぞ最後までお付き合いくださいませ(何を隠そう、著者もITの技術者ではないのでご安心ください)。

 

 話を戻しましょう。

 ITILとは何か?

 …その前に、ITILが生まれた背景を少々。

 ITILが産声を上げたのは、時をさかのぼること1980年代のイギリス。当時のイギリスは、経済が伸び悩んでいました(一方、アメリカは著しい経済成長でイケイケどんどん)。さらに、イギリスはフォークランド紛争(フォークランド諸島の領有をめぐる、イギリスとアルゼンチンとの紛争)が発生した際に軍隊の派兵に手間取り、大きな痛手を負いました。時の首相サッチャーは「何で、うちはこんなにダメダメなのよ! それはITの使い方やマネジメントがイケてないからよ!」と言ったかどうかはわかりませんが、とにかくそう結論付け、イギリスにおけるITマネジメントの改革を断行しました。英国政府はITの専門家集団を結成し、IT先進企業の運用のやり方をヒアリングし、好事例集として書籍にしました。こうして体系化されたのがITILです。

 ITIL=書籍集。

 これだとなんだかピンときませんよね。

 要はITサービスを適切なコストで、適切な労力で、適切な品質で回すためのやり方を示した「ガイドライン」「お手本」のようなものだと思ってください。

 

 ITILはその後、英国商務局(OGC : Office of Government Commerce)の管理のもとで進化を続けます。

 1991年にはITILを普及促進するためのユーザグループ「itSMF(IT Service Management Forum)」がイギリスで設立されました。その後、世界各国に支部が作られて、いまでは世界中の企業や政府官公庁などの公共機関がITの運用マネジメントのフレームワークとしてITILを活用しています。

 

 もともとは英国政府のIT運用改善が目的でスタートしましたが、いまでは世界に広がるデファクトスタンダード(事実上の標準)になったのです。

 

 日本でも多くの企業や公共機関がITILを取り入れ、「ITILに準拠した運用をしています」「ITILを導入してマネジメントしています」と、ITILベースでITシステムを運用管理をしていることを積極的にPRするようになりました。

 

 ITILはいまでは第3版になり、「Version 3」が最新版として提供されています。

 本書では「ITIL Version 3」(通称ITIL V3)をベースに、ITILの考え方や方法論を解説します。

 

◎ITILとは

 

経営層は「お客様」!?

<関係者を4つの登場人物に置き換えてみる>

 駅裏のおでん屋。私鉄の走るガードがすぐ近く、時折ゴトゴトと列車の走り去る音が天井から聞こえてくる。

「ところで、ITILには4つの登場人物が存在する。この4つの登場人物像にあわせて、購買部と社内の各部門、そして経営幹部などの位置づけを理解しておくことがまず重要だ」

「4つの登場人物ですか?」

 大井は軽くうなずいた。

「友原に1つ質問。購買部のお客様って誰だろう?」

「お客様ですか? 購買部って社内に向いた部署だし、お客様が誰かなんて考えたことなかったですね…」

「質問を変えようか。購買部が価値を提供する相手、かつその見返りに対価…たとえば予算だとか人的リソースを購買部にあてがってくれるのは誰だろう?」

 京子はしばらく考えた。

「わたしのいる販促品チームの場合は、宣伝部ですかね? 宣伝部の人たちから『販促品を買って!』って購入要求をもらって、取引先から見積もりをもらって、価格交渉して、価格を決めて注文書を出す。その結果、取引先から販促品が宣伝部に納品される。やっぱり宣伝部かな。あ…でも、宣伝部は購買部にお金も人も出してくれるわけじゃない…」

 ニヤニヤしながら大井が答えた。

「購買部に、購買活動のための予算や人を付けてくれる人。それは誰でしょう?」

「ううん…。あっ、経営幹部ですかね!?」

 京子はひざを叩いた。

「そう! 会社で行う業務の内容を承認し、それに対して対価(予算)をくれる人たち。すなわち経営幹部が購買部のお客様だ。さしあたって、購買担当役員兼購買部長の廣瀬さんがお客様だと思えばいいだろう」

「えっ、購買部長がわたしのお客様!?」

 社内の人が、もっと言えば自分の上司である部長が「お客様」というのは京子にとって新しい考え方だった。

「もっとも、ITILではこのお客様を『顧客』って呼んでいる。ITILには『顧客』『ユーザ(利用者)』『サービスプロバイダ』『サプライヤ』の4つの人物が登場するんだ。この4つを押さえることがまず重要!」

 大井はテーブルの端に立てかけてあった「おでん半額キャンペーン」のチラシをひっくり返し、ボールペンで4つの箱の絵を描いた。

 

 

「『顧客』は、購買部が社内各部署に対して提供する業務…言い換えれば『サービス』を運営するのに必要なお金や人などのリソースを提供してくれる人。購買部長の廣瀬さん。『サービスプロバイダ』は与えられたお金や人を使って、実際にそのサービスを提供する人。つまり、購買部の各チームだ。購買部員の友原もサービスプロバイダのうちの1人。次に『ユーザ(利用者)』。購買部が提供するサービスを利用する人だ。たとえば宣伝部の人たちがそう。彼らは購買部に販促品の購入を要求し、取引先と価格を決めてもらって取引先から販促品の納品をしてもらう。この一連のサービスを利用する人が『ユーザ』。そして『サプライヤ』は、サービスプロバイダである購買部の運営を支援している外注さんたち」

「購買部のヘルプデスクチームのお仕事は、グループ子会社の『ルミパルシステムサービス』に委託しているわ」

「まさに、彼らが『サプライヤ』になるわけだ」

 

 気がつけば、店には一組また一組とお客が増えていた。夜の7時。仕事帰りの「軽く一杯」を求めるサラリーマンで賑わいはじめる時間になっていた。

 

「4つの登場人物がいるのは理解できるんですけど、『顧客』が経営幹部や購買部長ってなんだか腑に落ちないです。なんだか上司だけを気にして仕事しているみたいな感じがして嫌だな。わたしはやっぱり、購買部に仕事を依頼してくれる宣伝部の人たちを見て、宣伝部の人たちに喜んでもらえる仕事をしたいです!」

 お酒がよい具合に回ってきたのか、京子は少し顔をほてらせながら熱く語った。

「ほぅ、言うねぇ! あ、何もITILは『顧客』だけを見て仕事しなさいといっているわけではないんだ。『顧客』すなわち購買部長のビジネス目標を達成するためには…たとえば今年は10億円コストを削減しなさいみたいな目標があったとしようか。それを達成するためには、『ユーザ』である宣伝部の購買部に対する満足度が低かったり、購買部の活動に協力してくれなかったりしたらダメだよね。だから、『サービスプロバイダ』は『ユーザ』に対して価値を出すことが重要なんだ。『ユーザ』をないがしろにしていいなんてことはない」

 その瞬間、京子は部長室で廣瀬に言われた言葉を思い出した。「社内に非協力的で購買部の施策に協力しない人が多くて困っている」「購買部門の価値向上が必要だ」と。

「なるほど! 『顧客』『サービスプロバイダ』『ユーザ』『サプライヤ』の4つですね!」

 京子は、大井がチラシに書いた4つの箱を指さして言った。

「『顧客』のビジネス目標を達成するために、『顧客』から必要なリソース(ヒト、モノ、カネ)を得て、時に『サプライヤ』を擁しつつ『ユーザ』にサービスを提供する。その結果として『顧客』にビジネス目標達成という価値を提供する。これが『サービスプロバイダ』の役割。で、それを実現するためには、「プロセス」を構築してマネジメントしていく必要がある」

 

ITILの登場人物

 ITILは次の4つの登場人物を定義しています。

 

 顧客

 ITサービスを享受しながらビジネスを遂行し、ビジネス目標を達成する責任のある人。そのITサービスにお金を出す人。このものがたりでは、「ITサービス」→「購買部が提供する業務(サービス)」に置き換えて考えています。顧客は購買担当役員兼購買部長とします。

 

 サービスプロバイダ

 サービスを提供する責任のある内部組織(企業でいえば、情報システム部門)。このものがたりでは、サービスプロバイダは購買部の各チームとします。

 

 ユーザ(利用者)

 実際にそのサービスを使う人。このものがたりでは、ユーザ(利用者)は宣伝部など、購買部に仕事を依頼するルミパル社内の各部署とします。

 

 サプライヤ

 サービスをサービスプロバイダに提供する社外の組織。ベンダ。このものがたりでは、購買ヘルプデスクサービスを購買部に提供する、グループ子会社のルミパルシステムサービスが挙げられます。また、購買部に勤める派遣社員を提供する人材派遣会社もサプライヤといえるでしょう。

 

 

 あなたの立場で「顧客」「サービスプロバイダ」「ユーザ(利用者)」「サプライヤ」の4者が誰であるかを考えてみてください。

 それが業務プロセスマネジメントの第一歩です。

 

◎ITILの4つの登場人物

 

◎上司や経営層を「顧客」ととらえる

著者プロフィール

沢渡 あまね(著者)
1975年生まれ。あまねキャリア工房 代表。
業務改善・オフィスコミュニケーション改善士。
日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などを経て2014年秋より現業。
ITアウトソーシングマネジメント、サービスマネジメントや業務プロセス改善の講演・コンサルティング・執筆活動などを行っている。NTTデータでは、ITサービスマネジャーとして社内外のサービスデスクやヘルプデスクの立ち上げ・運用・改善やビジネスプロセスアウトソーシングも手がける。趣味はドライブと里山カフェめぐり。
■著書
『新米主任 ITIL使ってチーム改善します!』(C&R研究所)
『「草食系」社員のためのお手軽キャリアマネジメント』(日刊工業新聞社)
『英語で働け!サラリーマン読本』(共著・日刊工業新聞社)
『英語で働け!キャリアアップ読本』(共著・日刊工業新聞社)
■業務改善娘・友原京子のブログ
http://ameblo.jp/gyoumukaizen-musume/
■ブログ『はたらきかた「プチ」改善』
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