Automagic|MacFan

文●松村太郎

前号で取り上げたセンシング&コネクティビティ担当バイスプレジデントのロン・ファング氏に続き、アップルの役員と会話する機会がありました。今回はワールドワイドプロダクトマーケティング担当バイスプレジデントのボブ・ボーチャーズ氏です。

ボーチャーズ氏はMIT(マサチューセッツ工科大学)を卒業後、ナイキで先端技術の開発に携わり、ノキアへ移籍。そこで一世を風靡した超高級携帯電話「ヴァーチュ(Vertu)」を起ち上げ、一社挟んでアップルに2004年に入社。2007年に登場したiPhoneのエコシステム構築に5年従事し、その後ベンチャーキャピタル、財団、ドルビーラボラトリーズ、バンク・オブ・ザ・ウエスト、グーグルを経て、再びアップルに戻ってきた経歴を持つ人物です。

物腰柔らかな口調で、最新のiPadとそれを取り巻く教育環境についてのインタビュー、というよりは日米のデジタルと教育の事情を意見交換しながら、iPadがどんな役割を果たしているかについて議論しました。

そこでボーチャーズ氏がiPadを含むアップル製品全体に通じるコンセプトについて、耳慣れない言葉を使って表現していました。それが「オートマジック(Automagic)」です。

これはアップル社内で浸透している言葉というよりは、ボーチャーズ氏が気に入って使っている、アップルの体験をもっともよく表す言葉。自動的に発動する魔法のごとく、高度な機能を簡単に使いこなすことができる様子を指しています。

「アップル製品のユニークさのひとつは、さまざまな製品が一緒に機能するように設計されていることです。ハードウェアやソフトウェアをバラバラに作ってからつなぎ合わせるのではなく、『どうすればこれらを連係させることができるか』をはじめから考えるのです。すべての機能が、基本的なOSの機能として構成要素を共有しているという事実が、エアドロップ(AirDrop)のような非常にシンプルで便利な機能を可能にしています」(ボーチャーズ氏)

エアドロップは、近くにいるほかのiPhoneやiPad、Macに好きなものを送ることができる“仕掛け”です。エアドロップが使えなければ、メールに添付するのか、クラウドを使うのか、メッセージに貼りつけるのか、お互いに方法を合わせなければなりません。それでは、ボーチャーズ氏が言う「オートマジック」な体験ではないということです。

このオートマジックは、近年のアップル製品やOSに実装されている共同作業や、カメラや画像の文字読み取りや被写体切り抜き、音声入力といった、システム全体に通じる機能で顕著に見られます。特別な設定やアプリなしで、魔法のような体験を利用できる“仕掛け”が用意されており、これはハードウェアとソフトウェアを通じた実装によって実現されているのです。

ボーチャーズ氏とは、「デザイン思考」の話題でも盛り上がりました。筆者は実際にスタンフォード大学のワークショップに参加したり、デザイン思考をビジネス化したアイディオ(IDEO)のCEO、ティム・ブラウン氏に話を聞いたりした経験から、デザイン思考とは「どうすればiPodやiPhoneを生み出せるのか?」という「リバースエンジニアリング」だと解釈していましたが、ボーチャーズ氏との会話で、より確信を強めることになりました。

人々が共感する「不便」や「理想」を簡単に実現することで、まだ見ぬ価値を提供する。アップルの“お家芸”を学べば、デザイン思考の面白さがより実感できるのではないでしょうか。

 

 

Appleのワールドワイド プロダクト マーケティングチーム バイスプレジデントのボブ・ボーチャーズ氏。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。