iPadと共に学ぶ未来のドクターたち|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

iPadと共に学ぶ未来のドクターたち

文●木村菱治

医療の現場ではお馴染になりつつあるiPadだが、最近は医学生の間でも普及が進んでいるという。なぜiPadが選ばれるのか? 医学生はどのようにiPadを活用しているのか? 大学へのiPad導入活動を行った慶應義塾大学医学部の田沢雄基氏に話を聞いた。

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2013年度に慶應義塾大学医学部2年生にiPadが支給されたときの様子。
 

iPadが医学生に選ばれる理由



「今の医学部の5年生のうち、70~80%の人はiPadを使っていると思います」。慶應義塾大学医学部6年生の田沢雄基氏は、同大学におけるiPadの普及率を語る。田沢氏は、本誌でも取り上げた医療系アプリの開発コンテスト「Applicare(アプリケア)2013」の代表を務めるなど、医療を学ぶデジタルネイティブ世代の立場から、医療へのIT活用に取り組んできた人物だ。

なぜ5年生の普及率が高いかというと、論文や薬剤の添付文書(警告や使用上の注意、などの重要事項)をデータベースにアクセスして調べる必要があるからだという。また、病院での実習が始まるのも5年生なので、iPadを持っている
とすぐに情報にアクセスできる。特にiPadミニは、白衣のポケットに入れて持ち歩けることから人気とのこと。iPadのメリットである携帯性のよさは、医療現場だけでなく、そのまま医学生にも当てはまるようだ。

医学生にiPadが普及しつつあるもう1つの理由として、医学系のアプリやコンテンツが充実していることも挙げられる。田沢氏のiPadにもたくさんの医学書や医学系アプリが詰まっており、今年2月に受験した医師国家試験の勉強にもiPadが大いに役立ったという。田沢氏がもっともよく使っているのが、ジェイマックシステムが開発した医学書専門の電子書籍アプリ「M2PLUS」だ。同社のWEBサイト上で購入した電子書籍をアプリ内でダウンロードして閲覧することができる。

「1冊の本ですべてが完結すれば、紙の本でもよいのですが、やはり1冊では到底足りません。例えば、救急医療の勉強をしている最中に、循環器のことを調べたくなるときがあります。その際に循環器の本を持ち歩いていなければお手上げです。電子書籍なら、たくさんの本を常に持ち歩けて、すぐに検索できます」と田沢氏。

加えて、M2PLUSは複数の書籍を横断して検索できる。例えば「肺炎」と検索すれば、手持ちの書籍すべてから肺炎に関する情報を探し出せるので、調べる時間を短縮でき、どこの本に書かれているかを覚えておく必要もない。

そのほか「VisibleBody」などの3D解剖図鑑(アトラス)もよく利用するという。「複雑な人体構造の三次元モデルを自由な角度から眺められるアトラス系のアプリは、紙の本よりも圧倒的にわかりやすいです。また、紙のアトラスは重くてとても持ち歩けませんが、アプリなら常に携帯できます」(田沢氏)。

もともと医学生は教材の数が多く、常にたくさんの本を持ち歩いている。医師免許には専門の区別がなく、将来専門医になる人でも、すべての科目を履修するため、必然的に教材の数も多くなってしまう。さらに、高学年になると医師国家試験用の参考書や問題集も追加され、医学生の部屋は本で埋まり、鞄ははち切れそうになるそうだ。教材の電子化のメリットはとても大きい。

ただ、完全に電子書籍だけで勉強できるレベルにまでは達していない。これについて田沢氏は、「まだ電子化されていない医学書も多いですし、本によっては電子版の内容が紙の書籍より少ないものもあります。また、参考書に書き込んで内容を充実させていく作業は、まだ紙のほうが効率的です」と話す。そのため、目的に応じて電子書籍と紙の使い分けをしているという。

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慶應義塾大学医学部6年生の田沢雄基氏。昨年開催された医
療アプリコンテスト「Applicare2013」の代表を務めるなど、
医療を学ぶ若者の視点からさまざまな活動を行っている。

 







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米国のメディカルスクールでは、数年前から、医学教育にiPadなどのタブレットを活用しているという。MobiHealthNewsによれば、2011年8月の時点でブラウン大学やカリフォルニア大学アーバイン校など、9つのメディカルスクールがモバイルデバイスを使ったeラーニングを導入しているという。米国では田沢氏が国家試験対策に使った参考書や問題集の一部。電子版と重複所有している物もあるが、なんとこれで半年分程度だという。「問題集は、1周目は紙のほうが勉強しやすく、2周目からは電子版のほうが効率がよい」とのこと。


 

エバーノートを活用せよ!



電子書籍や紙の書籍、大学で配付されるプリントなどに分散している知識の集約に活躍するのが、クラウド型の情報整理サービス「エバーノート」だ。その活用法について田沢氏は次のように語る。

「医学書(電子版)の重要な表などは、画面をキャプチャしてエバーノートに保存します。紙の本やプリントの場合は、該当箇所の写真を撮って登録します。そうすれば電車の中でも見られますし、エバーノートには文字認識機能があるので画像データもテキストで検索できます」

また、家に置ききれない教科書なども、ドキュメントスキャナでPDF化してエバーノートに保存しているという。こうして知識をデータベース化していくのが、田沢氏の勉強法だ。

「医師国家試験の準備では、覚える知識の量がとても多いので、iPadを使っている医学生は皆こうした工夫をしています。後輩から勉強法を聞かれたときには、まずこのエバーノートの話をします」

デジタルネイティブの間では、自分たちに合った勉強法の共有や伝承が始まっているようだ。
 

時代に合わせて勉強法も変わる



慶應義塾大学医学部では、2013年度から2学年の生徒全員(100名)にiPadを支給し、これを活用した教育をスタートさせた。このiPadの導入は、田沢氏をはじめとする学生グループによる提案がきっかけとなって実現した。活動の動機は、やはり医学生が常に持ち歩いている大量の教材をどうにかしたいという想いから始まったという。

田沢氏は、まず医療系学生のコミュニティ「Medishare」でイベントを開催するなど、他大学の学生とも連携して検討を重ねた。その後、学内の協力も得て、具体的な導入プランをまとめ、承認機関でプレゼンを実施。そこで承認を得て、最終的にiPadの配付が決定した。

iPad導入にあたって、大学側は学生がiPadを活用できるような体制を整えた。例えば、授業で配付していたプリント資料を学生がサーバからダウンロードして見れるようにしたり、PCで閲覧していた顕微鏡画像データにiPadからもアクセスできるようにした。解剖実習室には、専用のiPadが設置されており、実習書や教科書の閲覧に主に使われている。

また、同大学信濃町メディアセンター(大学図書館)では、電子教科書の実験や電子書籍の配信を実施。iPad利用を支援するため、学生有志による「iPadサポート学生委員会」も組織された。支給されたiPadには、学生が自費でアプリを購入してインストールすることもできるため、前出の田沢氏のような学習法を誰でも実践することができる。

「医療の進歩に伴って、医学生の学ぶ量は年々増えています。現実問題として、デジタルツールを活用していかないと学生が対応していくのは難しいと思います」と田沢氏。

時代によって、勉強に使う道具や、その方法も変わる。医学に限らず、デジタルネイティブ世代に合わせた教育環境の整備が必要だと感じた。

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医学専門の電子書籍アプリ「M2PLUS」(開発:ジェイマックシステム)。同社のサイト
で会員登録をして、書籍を購入すると、アプリにダウンロードできる。複数の書籍にまた
がった検索ができるので、多くの蔵書を効率的に使いこなせる。

 







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特に学習効果が高いのが、3Dの人体解剖図。「文章や2次元の図で血管や神経の走向を理解するのはとても難しいのですが、3次元CGを回せば直感的に理解できます」と田沢氏は話す。

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田沢氏は、参考書の重要なポイントや書き込みをiPhoneで撮影してエバーノートに保存し、自らの学習データベースを構築している。エバーノートの文字認識機能によって、あとからの検索も容易だ。



『Mac Fan』2014年5月号掲載