老舗製造業、 次の100年への挑戦が始まった|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

【創業98年の日本企業 コトブキの変革】

老舗製造業、 次の100年への挑戦が始まった

文●牧野武文

コトブキは典型的な日本型企業。以前より、モバイルの導入を進めるなど改革を試みていたが、最後の殻を破ることができずにいた。しかし、2013年10月、2人の“特命社員”を招聘し、改革を強力に推し進めている。それは部分的な改善などではなく、「会社って何?」「私たちって誰?」という根本を見つめ直すことだった。

IMG_9626_Fotor_Collage.jpg
株式会社コトブキ事業推進本部本部長室室長の秋山圭氏(右)いわく、「この3カ月で、コトブキのブレない価値というものが自分の中で明確な誇りとして持てるようになりました」。2人の特命社員、畑中洋亮氏(中)と椛田泰行氏(左)にもっとも近いプロパーの存在として、社内改革を推進している。

 

着手は「iPadの取り上げ」



「コトブキ」は公園などのベンチ、遊具、あるいは駅前広場のシェルターなどを製造販売する会社で、創業は大正5年、今年で創業98年となる。顧客は自治体などの地方公共団体が多く、日本の景気に左右されやすい典型的な“日本のモノづくり”企業である。

そのコトブキが、2012年末の新社長( 深澤幸郎氏)就任を機会に、次の100年を迎えるためにさまざまな改革に着手をした。販売力強化・設計効率化・開発力向上・コスト削減と、社長直下で複数の改革プロジェクトが走った。しかし、改革の切り込む深さと進捗スピードに危機感を覚えた深澤社長は、2013年10月、2人の“特命社員”を招聘した。

1人は畑中洋亮氏。以前はアップルに在籍し、iPhoneの日本上陸に関わる業務を担い、その後モバイルデバイスのビジネス活用を支援するアイキューブドシステムズに移籍、現在はコトブキと両社の役員を兼務する形だ (両社に資本関係はない)。もう1人は椛田泰行氏。以前は大手中古車販売のIT企画部に勤務し、同社の中古車販売におけるクラウド化戦略・モバイルによる業務改革の中心を担った人物だ(日本で初めて米アップルのグローバルなiPad企業事例サイトに登場)

ただ、企業向けITを使った変革のエキスパートである両氏がジョインしてからまだ3カ月。まだ目に見える大きな変革の成果が出てはないという話だったが、「なぜコトブキは改革をする必要があったのか」「どのように着手したのか」という点で他の日本企業にとっても参考になると捉え、無理を押し、取材させてもらった。

そもそも、コトブキといえば両氏入社のずいぶん前から企業IT基盤は進んでいた。2008年、グーグル・アップス(企業向けGメール)の導入、2009年には全社員にiPhoneを配布、点検アプリも開発し、iPadも一部導入が進んでいた。当然、iPhoneやiPadというモバイルを軸に企業改革を進めると周囲に思われたわけだが、、2人がコトブキにやってきて、まず最初に企画したことはこれまでと異なり、「社員全員からiPadを取り上げる」ことだった。実は、それまで進んでいた社内改革の1つが「社員にiPadを配付する」というものだったが、椛田氏はそれを見るなり、「iPadを取り上げる」と宣言した。

「本当にいきなりちゃぶ台返しな提案で、私もびっくりしました(笑)。でも、理由を聞いて納得しました」(畑中氏)

「社員からはiPadだけでなく、iPhoneも取り上げようと思いました。配るのであれば、配る目的が明確になっていないと意味がないからです」(椛田氏)

加えて、その他の改革プロジェクトも椛田氏は見直しを提案。

「簡単にいえば、本気さを感じなかった。いろいろ素晴らしい文言は並んでいても、それが自分の言葉になっていない。素晴らしいデバイスを導入しても、それが自分の身体・武器になっていない。何かを変えるのだったら、何を狙って変えるのか、それが一番重要なんです」(椛田氏)

 

ミッションの再定義、浸透



コトブキ社員にしてみれば、改革を進めていたのに突然やってきた2人がすべてぶち壊したように見えたことだろう。しかしこのちゃぶ台返しは、深澤社長と2人の、打ち合わせなしのあうんの呼吸で演じられた行動だった。深澤社長は就任時、コトブキのミッションを明快に再定義していた。それは「パブリックスペースを賑やかにすることで、人々を幸せにする」こと。

「しかし、そのミッションが社員間に浸透しているかといえば疑問でした。言葉としては知っていても実感、実践、体現できているかどうか。さらに、社員の間では、コトブキという企業、事業が持つ価値を過小評価しているようなところもありました」(畑中)

2人が出した結論は「まずコミュニケーションの改革が必要」というものだった。

「経営者と社員、社員と社員、社員とパートナー企業、社員と顧客、社員とメディア、さまざまな側面でコミュニケーションの根本的見直しが必要だと感じた」(畑中氏)

しかしコトブキは成熟した企業。日々の業務フローが完成していた。

「そのため会議も少ない。会話も少ない。いい意味で完成されていました。これを一度揺さぶる必要があると感じました」(椛田氏)

深澤社長と2人は、創業100年を迎えるにあたって、コミュニケーション改革を通じてコトブキを賑やかにし、創業100年を迎えるにあたって、もう一度ベンチャー企業に戻すという目標を掲げた。「ベンチャーとは挑戦する企業。殻を打ち破る企業のことで創業年数は関係ない。売上が今100億円あるなら、同じ桁の視点でものを考えるのではなく、1000億円ぐらいの視点からものを考える。そういう企業にコトブキを変えていきたい」(椛田氏)


kotobukimatome27.23.jpg
わずか3カ月でここまで改革が深く進んでいるというスピード感に驚かれている方も多いだろう。その推進力は社長が自社のミッションを明確にし、2人を信頼し、最大限の権限と予算枠を与えたことにある。目的を明確にし、それを実現する武器を与えた。「会社の運命は経営者次第」といってしまえばありきたりな結論だが、改革が成功するかどうかはまさに経営者の決断の本気度にかかっている。決断なしでは、優秀な人材やツールを集めたところで、結局は何も変わらない。コトブキの改革は、そのことを改めて教えてくれる。

 

“パブリックスペース”を賑やかにする前に



しかしコミュニケーションの改革、賑やかにする、というのは、「言うは易し、行うは難し」の改革だ。だが、この「モノいう社員」が進めている改革は、何も会議を増やすことや社内討論会を開くことではなかった。2人はまずiPhoneやiPadでもう一度明確にコミュニケーション改革を達成する基盤とするため「ヤマー(Yammer)」の導入を決めた。これは社内版フェイスブックだ。

「ヤマー上で辛抱強く小さなことを社内に投げかけていく。例えば、オフィスの模様替えをどういう風にしたい?などの些細なことでいいんです。そして、それに対して誰かが提案してくれたら、それを全力で実現する。発言すれば実現できるんだ、いえば会社は耳を傾けてくれるんだという意識を持ってもらうことが大切」(椛田氏)

実際、ヤマーはフェイスブック同様、モバイルから使われることが多かった。施工現場や点検現場の様子をiPhoneで写真に撮り投稿したり、移動時に思いついた製品開発のネタを投稿する。面白い投稿に「いいね!」と反応したり、モバイルでの閲覧・投稿が盛んになっていった。

「(閲覧者は増えているが)まだまだ発言してくれる人はごく一部。でもそれでいい。全員が積極的に発言することはアナログでも難しい。でも、発言しない人も誰かが発言をしているのを見ていて、それがきっかけで会社が変わっていく様をリアルタイムで目撃している。そうやって神経がつながるように意識が変わっていく」(畑中氏)

すでに「社内に社員が気楽に集まれるスペースを設ける」「経営者と社員が気楽に考えを語る会という名前の飲み会」など、改革の成果は生まれ始めた。公共空間を賑やかにするミッションを掲げたコトブキの社内公共空間は、確実に賑やかになり始めている。


『Mac Fan』2014年4月号掲載