大人顔負けのプレゼンが「1人1台iPad」の成果|MacFan

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大人顔負けのプレゼンが「1人1台iPad」の成果

文●山田井ユウキ

日本の公立高校で初めて生徒に1人1台のiPadを導入した千葉県立袖ヶ浦高等学校情報コミュニケーション科。その一期生が卒業を間近に控えた2013年11月、全国から教育関係者を集めた大規模な課題研究発表会を行った。生徒たちがチームを組み、約半年かけて取り組んできた課題研究をプレゼンする場で、iPad導入の成果はどんな形で表れたのか。

コミュニケーションを豊かに



「よかったら私たちの発表を聞いていただけませんか?」

活気あふれる教室に快活な声が響き渡る。教室3つ分ほどの広い会場のあちこちにポスターボードが設置され、その前では高校生たちが全国から集った教育関係者に向けてプレゼンテーションを行っている。近づいてみると、高校生たちの手にはiPadが握られている。彼らは使い込まれた風合いのiPadをごく自然な動作で使いこなし、大人顔負けの堂々とした様子で起ち振る舞っていた。

これは、11月22日に千葉県立袖ヶ浦高等学校で開催された課題研究発表会での一幕である。三年前の2011年、同校に設立された情報コミュニケーション科は、日本の公立高校として初めて1人1台のiPad環境を導入した。学科設立の目的は「コミュニケーション能力とICTを用いた問題解決能力を育むことで、情報社会で主体的に活躍していける人材を輩出する」こと。情報モラルやセキュリティに関する教育をしっかりと行い、高度情報社会ならではの問題に主体的に対処していく姿勢とスキルを養うために、iPadをはじめとするICTを使った学習活動を特別なものとせず、日々の授業において日常的に行っている。

同校の「学びの場」としての環境は万全だ。学校内には下り200Mbpsの高速無線LAN環境が完備されており、通信費は学校で負担。さらにアップルTVや電子黒板、HDMI端子付きのプロジェクタなど最新の機材が用意されている。授業の資料として使用する写真やビデオは生徒のiPadに配信するなど、デジタル機器とネットワークを最大限活用する一方で、従来どおりに紙の教科書やプリントも活用。極端にデジタルに偏大人顔負けのプレゼンが「1人1台iPad」の成果るのではなく、それぞれの長所を取り入れた教育を推し進めている。

授業ではWEBの情報やiPadアプリ、各種WEBサービスを活用することを積極的に推奨している。例えばレポートや課題はクラウドストレージを使って提出し、授業中の質問や感想、クラス内の連絡などは公開範囲を限定したツイッターで行うといった具合だ。いずれも現代においては社会に出る前に当然身につけておくべきスキルに思えるが、従来の公立校ではこうした教育はなかなか実践できていなかった。同校で教鞭をとる永野直教諭は、「高等学校の目的は社会の形成者として必要な資質を養うこと。しかし、最近ではその〝社会〟と〝必要な資質〟が変わりつつあります」と今後の社会における情報コミュニケーション教育の必要性を強調する。

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千葉県袖ケ浦市の田園風景と豊かな自然環境に恵まれた場所ににある千葉県立袖ヶ浦高等学校。情報コミュニケーション科では、入学時にiPadの購入を義務化し、「10年先の未来型学習の実現」を目指す。同校の「1人1台タブレット端末を利用した協働・共有型学習」は2012年に日本e-Learning大賞を受賞。


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iPadを手に研究内容をプレゼンテーションする生徒。全国から教育関係者が集まり、同校生徒の研究発表に熱心に耳を傾けていた。時には内容について鋭く切り込んだり、アドバイスしたりする姿も見られた。フェイスブックページに「情報科コミュニティ」を作成し、生徒同士、あるいは学校内外の人々と交流できる場を設けている。
 

堂々としたプレゼン



2011年からスタートした同校の試みは、今年で丸3年を迎える。第一世代のiPadを手にして入学した一期生は現在、卒業を間近に控えた3年生になった。そんな彼らが4月から約半年をかけて取り組んできたのが、現代社会の問題点を探り、ICTを用いて問題解決方法を考えるという「課題研究」の授業だ。

同学科は、1年生時にコミュニケーションとプレゼンテーションの手法を、2年生時にテーマを設定して各自で調べた内容を発表する活動を行ってきた。その意味で課題研究発表会は、いわば3年間の集大成ともいえるイベントだ。

課題研究発表会を見ていて驚かされたのは生徒たちの発表態度だ。実に堂々としている。この日初めて会う学校外の人を相手に、声を張り、物怖じせず、自分たちが研究してきた成果を自信を持ってプレゼンできているのだ。大人と比べても遜色ないし、むしろ大半の大人のプレゼン能力は彼らほど高くない。この能力は決して付け焼き刃で身につくものではないだろう。同学科はコミュニケーションやディスカッション、プレゼンテーションの能力を「これからの社会で必須となる力」と位置づけ、日頃から大学教授や社会人、研究者との交流活動を授業に取り入れているが、これはまさにその成果なのだ。

「社会では普通、発表やプレゼンは初対面の人、それも年齢もさまざまな相手に対して行います。学校内で顔見知りの人を相手にするだけでは、生徒も内輪の話として捉えてしまいがち。自分たちが行ってきた学習について何も知らない人に対してどのようにわかりやすく説明するかを考え、実践し、評価してもらうことは大変有意義なことなのです」

生徒自らが設定したという研究内容は多岐にわたっており、高校生らしいユニークな視点での発表も多い。「wikiを使って数学を理解するためのサイトを作る」という研究を行ったグループの1人は、「数学が苦手な生徒って多いんです。それなら得意な生徒が動画で教材を作成して、それを皆が編集できるwikiにまとめれば、自分一人でも勉強できると考えました」と発表の内容に自信をのぞかせる。ほかにも「QRコードを組み込んだ来校者向けパンフレットの作成」や「キネクト(Xbox360専用の周辺機器)を使った音ゲーダイエット」など、生徒たちの発表は着眼点に感心させられるものばかり。これらは教員から与えられた課題ではない。生徒が主体的に考え、見出したテーマである。教員はあくまでも彼らの活動を見守りながらアドバイスをしたり、学校外のアドバイザーとの仲介をしたりといったコーディネーター役に徹しているという。

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テキストや写真だけでなく、机の上に並べたiPadに映像を流すことで発表の内容がわかりやすくなっていた。iPadの色やカバーで自分なりに個性を主張しているのが高校生らしい。


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「wikiを使って数学を理解するためのGoogleサイトを作る」という実用的な研究を発表した生徒。実際に作成したwikiページをiPadを使って見せてくれた。
 

デジタル教育の理想形



発表会場を歩いて生徒たちのプレゼンを聞きながら、もう1つ驚かされたことがあった。冒頭にも述べたとおり、生徒たちがiPadをごく当たり前のように発表に取り入れていたことだ。実はこの課題研究発表会、生徒には「iPadを使うように」という指示は出ていない。にも関わらず、すべての生徒がiPadを何らかの形で研究、あるいは発表に役立てていたのだ。ある生徒は活動内容をiPadのビデオアプリで記録し、机の上に設置して再生していた。またある生徒はポスターにiPadを埋め込み、像で説明する必要がある部分でうまく活用していた。無理にiPadを使おうとするのではなく、1つのツールとして、手足のごとく自然に活用できているように見えた。iPadを導入して3年。あらゆる授業で日常的にiPadを活用してきたからこそ実現した光景といえるだろう。

同学科の教育において、iPadが果たした役割は大きいと永野教諭は語る。

「初めの頃はiPadやアプリの使い方を教員が指示していたのですが、数年経つと指示されなくても主体的に活用するようになりました。自分たちの目的に対してどんなデバイスやアプリや技術を使って実現するのか、またそれがうまくいかないときに他者と協力しながらどうやって解決にあたるのかといった活動が自然にできるようになったのが、iPadを導入した成果だと考えています」

課題研究発表会の終了後には、学校関係者だけに限定公開されたツイッターに、参加した生徒たちの感想が続々と寄せられていた。自由な発想でiPadを操り、テクノロジーをフル活用して生活を豊かにしていく。袖ヶ浦高校情報コミュニケーション科の生徒たちの姿に、次世代を担う「デジタルネイティブ」の理想形を見た気がした。


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iPadをパネルに埋め込んで、映像を表示するためのモニタとして使う生徒も。訪れた人が「アハ体験」を実際に味わえるツールとしてiPadが用いられていた。


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高校生が手軽にマナーを学ぶためのハウツー電子書籍「うさこの物語」をiPadで作成したグループ。内容もイラストもすべて自分たちで制作しており、クイズ形式で楽しく読める。


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永野直教諭。課題研究発表会終了後は生徒たちと教員による反省会が。学校関係者だけに限定公開されたツイッターには、参加した生徒たちの感想が続々と寄せられていた。


『Mac Fan』2014年3月号掲載