iPhoneのGPS機能を活かした画期的なロケーションシステム|MacFan

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iPhoneのGPS機能を活かした画期的なロケーションシステム

文●牧野武文

バス停などで「次のバスは前のバス停を発車しました」などと表示されるバスロケーションシステム。しかし、その実現にはGPSユニットやバス停に情報表示板を設置するなど大がかりなシステムが必要になる。それをなんとiPhoneのみで実現しているシャトルバスが東京・丸の内に存在する。

無料の「丸の内シャトル」



東京・丸の内といえばオフィス街の代名詞だが、現在の丸の内はもう1つの顔を持っている。それは一級の観光地という顔だ。特に近年、複数の大規模商業施設がオープンし、歴史ある東京駅舎が復元されるなど、週末になると大勢の人が押し寄せる。しかし、この丸の内エリアは意外に広く、散歩のつもりでいるとかなりの距離を歩いてしまうことがある。そこで、丸の内にオフィスを構える企業が協賛して、このエリアを10分から15分間隔で循環する「丸の内シャトル」というバスを運行している。乗車賃は無料で誰でも乗ることが可能だ。

丸の内シャトルは運行開始から累計で約450万人に利用されてきたが、さらに乗降者数を伸ばしたい考えだ。「利用者の多くは丸の内周辺のビジネスパーソンで、東京駅や有楽町駅へアクセスするのに使っていただいています」(三菱地所・瀬川真理子氏)。

もちろん、このように使ってもらうことも目的の1つなのだが、丸の内シャトルの狙いは「丸の内を巡ってもらうこと」にもある。「お目当ての場所に行って帰るためだけではなく、あちこちを巡っていただけたらと思います。私たちは、もっと丸の内という街の魅力を皆さんに知っていただきたいのです」。
 








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丸の内シャトルは、丸の内エリアの協賛企業の協賛金により運営されている。iPhoneアプリは三菱地所と日の丸自動車興業が企画し、フィードテイラーが開発を行った。左から三菱地所・街ブランド企画部・副主事の瀬川真理子氏、日の丸自動車興業・新交通事業部・シャトル課主任の平井良昌氏、同じく新交通事業部・都市観光課広報担当主任の内田貴子氏。



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丸の内シャトルは大手町、丸の内、有楽町地区を無料で巡回するバスだ。新丸ビル前から読売新聞、日比谷などを廻る一周約35~40分のルートを、10時から20時まで10~15分間隔で運行している。

 

交通情報とともに周辺情報も



しかし、知らない場所に観光に行ったとき、バスは利用しづらいものだ。なぜなら地理に不慣れなので、どのバス停で降りれば目的地に近いのかがわかりづらい。また、バスがいつ来るのかを調べるのも大変だ。特に丸の内のような場所では、「10分もバスを待つのだったら、散歩がてら歩こうか」ということにもなりがちだ。

そこで三菱地所と日の丸自動車興業は、丸の内シャトルを便利に利用してもらうための無料のiPhoneアプリ「丸の内シャトルバス」を企画し、今年9月からアップストアで公開している。アプリを起動すると地図上に路線が表示され、そこにリアルタイムでバスの位置が表示される。また、路線の概要が一目で理解でき、バスがあとどれくらいで到着するかも直感的に理解できる。さらに地図上の周辺施設をタップすると案内が表示されるなど、丸の内シャトルの狙いである「丸の内を巡ってもらいたい」という行動に自然に誘導できるアプリだ。

実は「丸の内シャトル」を運行する日の丸自動車興業では、「次のバスは1つ前の乗り場を発車しました」などと表示されるバスロケーションシステムを当初から導入してWEBベースで情報を提供していた。しかし利用者にとっては、そもそも情報がどこで提供されているのかがわかりづらく、またテキストベースの情報なので路線の位置関係が頭に入っていないと理解しにくい。さらに、電光表示版を設けることで待ち時間を表示するバス停などを街中で見かけるが、場合によってはバスの到着が正確でないことも多くある。こうした問題を一気に解決したのが、iPhoneアプリだったのだ。
 








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地図上にバスの路線やバスの位置が表示されるだけでなく、タップすることで周辺施設の情報を見ることもできる。バスロケーションシステムアプリを核に、街のガイドアプリとしても機能している。



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実際にバスでiPhoneからGPS信号を発信させた結果。上図はバス車内にある金属製の電源ボックス内に入れた場合、下図は座席付近に露出させた場合。水平線部分は、バスが停止しているか、GPS信号が更新されないことを示している。金属ボックス内では、グラフが階段上になりGPS信号が遮蔽されてしまうことがわかる。このような実地調査に手間をかけることで、リアムタイムの位置情報提供が可能になった。

 

iPhoneが位置情報を発信



丸の内シャトルバスのシステムで面白いのは、位置情報を特定するためのGPSユニットをバスに搭載するのではなく、iPhoneをGPSユニット代わりとして利用していることだ。従来のロケーションシステムのGPSユニットはバスに搭載されていたが、「クローズなシステムであるため、その位置情報をシステム外から利用することが技術的に不可能でした。よって、GPSを搭載したiPhoneをバスに搭載し、そこから位置情報を発信させることを思いつきました」と、アプリ/システム開発を担当したフィードテイラーの大石裕一氏は語る。

アプリの仕組みは地図データ上に路線情報などをオーバーレイさせ、あとはGPS情報を受け取ってバスのアイコンを表示させるというシンプルなものだが、開発は簡単ではなかった。なぜなら丸の内シャトルの運行路線は高層ビルに囲まれている道路が多く、GPS信号をうまく補足できない場所が何箇所かある。そのような場所を洗い出して、それまでの運行履歴からバスの現在地を予測し、そこにGPS信号をマッチングさせるというアルゴリズムを組み込む必要があった。「実際にバスに乗ってGPS信号データを取り、問題のある場所を特定し、その場所できちんとバスの位置が正確に表示されるようにアルゴリズムを組み込むという地道な作業が続きました」。GPS信号が取りづらい場所の環境はさまざまなので、場所ごとに異なるアルゴリズムが必要になり、このルートマッチングの調整に手間と時間がかかったという。

また、バスの中のどこにiPhoneを置くかも試行錯誤が続いている。「理想的には窓際で、電源が確保できる場所です。現在は電源ボックス付近に設置し、運用上の問題は起こらないレベルになりましたが、より正確に情報提供できるように、設置場所の試行錯誤が続いています」(日の丸自動車興業・平井良昌氏)。とはいうものの、アプリ上で表示されるバスの位置は本当に正確で、バス停で待っていると数十秒もくるわずにバスがやって来る。

今回のアプリ開発はより精度の高い情報提供を行うことで利用者の利便性を向上させるだけでなく、コスト面でのメリットもあった。新たにアプリやシステム開発を行ったことを踏まえても、従来のGPSシステムと比べて1~2割程度のコストを削減できたという。また、乗り場に表示装置がいらない、iPhoneアプリなので将来的な端末やアプリ自体のアップデートが楽に行える、といった利点もある。将来的には地図ベースのアプリという点を活かして、さらなる周辺情報の拡充を目指していきたいという。

iPhone自体をロケーションシステムの核にするというアイデアは全国的に見ても例のない画期的なアイデアだ。バスに備え付けられているiPhoneでは「シングルアプリモード」で位置情報を送るアプリが動作している。iOS6から追加されたこの機能では、特定のアプリのみを起動してホームボタンなどを無効化できるので、誤って操作してもアプリが終了されてしまうことがない。予測できない事態(バッテリ切れなど)で終了しても、再起動すれば特定のアプリが自動で起動して、元の状態に復帰する。この機能があったからこそ、iPhoneをGPSシステムとして利用する道が開けた。一般的な路線バスでは、従来のロケーションシステムで十分かもしれないが、丸の内のような新都市開発エリアや観光地などの「情報発信」が求められる地域では、この新しいiPhoneによるロケーションシステムが増加していくのではないだろうか。
 








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丸の内シャトルバス

[価格]無料[販売業者]HINOMARU JIDOSHA KOGYO K.K.[場所]App Store>旅行

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スマートフォン向けアプリ「丸の内シャトルバス」は無償で公開されている。iPhoneにアプリをインストールしておくことで現在地や現在地付近の乗り場、そして現在のバスの位置を確認できる。バスの現在地の特定はかなり正確。観光客だけでなく、近隣企業に勤務する人の通勤手段としても利用されている。



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GPSユニットの役割をするiPhoneをどこに置くかはまだ試行錯誤が続いている。窓際に置くのがベストだが、電源の確保が問題になる。また、乗客の目につくところに置くと、誤って触れてしまうなどの予測できないことも起こる。バスは業務用車両なので、シガーソケットそのものがなく、運転席付近では電源が確保できないのだそうだ。

『Mac Fan』2013年12月号掲載