“アプリで医療に革新を”学生と医療とITの新しい関係|MacFan

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“アプリで医療に革新を”学生と医療とITの新しい関係

文●木村菱治

「医療の現場にはITをもっと活用できるはず」。そんな思いを抱いた学生たちが、医療系アプリの開発コンテストを開催した。実際の現場ではなかなか難しい医療従事者とエンジニア、デザイナーとのコラボレーションも、学生なら容易になる。参加者たちはわずか2カ月でいくつものユニークなアプリを作り出してみせた。

驚くほど高かった学生チームの企画・開発力



「アプリケア(Applicare)2013」は、医療や看護などを学ぶ学生のコミュニティ「医療学生ラウンジ」が主催する医療アプリの開発コンテストだ。複数の学生がチームとなって、2カ月間で医療現場の課題を解決するアプリを企画・開発。予備審査を勝ち抜いた4チームが8月31日に東京・お台場で行われた決勝プレゼンテーションに進出した。

栄えある優勝とオーディエンス賞のダブル受賞に輝いたのは、チーム・スウェッツの服薬補助システム「フリクシー(flixy)」だ。iPhoneアプリと専用の薬ケースの組み合わせで、薬の飲み忘れを防止する。

「薬を処方どおりに服薬できていない人は73%に上り、年間6400億円の医療費増加につながっています。しかも原因の半数以上が〝うっかり忘れ”。それが原因となり、10 年、20年と寿命が縮まってしまうこともありえます。この問題をぜひ解決したいと思いました」とディレクターを務めた慶應義塾大学医学部の吉永和貴氏は語る。

フリクシーの使い方はとてもシンプルだ。あらかじめ専用ケースに薬をセットし、アプリに服薬時間を設定しておくだけ。服薬の時間が来るとアプリにアラートが表示され、同時にケースのLEDが点滅して服薬を促す。

3Dプリンタを駆使して作られた薬ケースはiPhoneほどの大きさで、持ち運びも容易だ。LEDが点灯するだけでなく、ケースの中にモーターが内蔵されており、それにより錠剤が取り出し口のところまで運ばれる仕組みになっている。その際、蓋の開閉情報をiPhoneに送ることで自動的に服薬ログを記録することができる。アプリ上では、ログの参照のほか、血圧や薬の副作用も入力可能だ。

このアプリの特徴は、自分の服薬達成率をほかの人とランキング形式で比較できたり、服薬するたびに女の子の写真をめくることができる「美人めくり」機能など、遊び心が満載なところだ。服薬を楽しく続けられる工夫が随所に凝らされている。逆に服薬せずにいると、服薬指導アラートという、症状が悪化する様子がビジュアルで表示される機能が働き、多方面から服薬を促す。

わずか2カ月という期間で作り上げたとは思えない高いクオリティで、会場からは感嘆の声が上がっていた。アプリだけでなく、専用のハードウェアまで作ってしまったのは驚きだ。

チーム・スウェッツのメンバー3人の専攻は医学・機械工学・情報工学と、まったく異なり、通っている大学や学年も違う。しかも、チーム編成は運営側が無作為に選んだものなので、3人は初対面だった。この「専門の異なる学生のコラボレーション」こそがアプリケアのコンセプトを反映したものだ。

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アプリケア2013決勝プレゼンテーションの会場。審査員には、病院、大学、IT企業、ベンチャーキャピタルなどから錚々たる顔ぶれが揃い、協賛企業も十数社に上った。この決勝プレゼンは、医療学生ラウンジのイベント「Medical Future Fes」の企画のひとつでもある。
 

学生だからこそできる異分野とのコラボレーション



異分野の学生同士でチームを組むという発想は、医療現場でIT活用が進まない理由の分析から生まれた。

アプリケアの代表を務めた、医療学生ラウンジ企画広報担当の田沢雄基氏は、その理由を医療の世界と開発者の間でミスマッチが起きているためと語る。「医療の世界には閉鎖的なところがあり、外部のIT企業などと上手く協力できる病院が少ないのが現状です。一方、企業側も医療の事情がよくわからず、なかなか積極的に開発に取り組めていません」。そこで田沢氏は、既存の枠組みに縛られない学生同士が協力して、ITを駆使して医療を改善する文化を作っていきたいと考えた。目指すところは、医療現場と外部のIT企業などが緊密に連携して問題解決に取り組める環境作りなのだ。

コンテストの参加資格は、医療系学生、学生エンジニア、学生デザイナー。合計40人の応募があり、8つのチームが結成され、最終的に7チームが開発をやり遂げた。専門の違いは技術や知識を補完し合うだけでなく、視点や課題の捉え方の違いによるシナジー効果を生んだ。

「最初は、現場の課題を捉えるのは医学生の仕事だと思っていましたが、デザイン系、エンジニア系の学生と一緒に現場を観察することで、医学生だけでは気付かない視点が見えてきました」と田沢氏。ITで医療を改善する文化を作るためには、コンセプトだけでなく、実際に動作するものが必要だ。「このアプリがあれば医療がよりよくなるということを実感してもらうため、企画だけでなく、実際に触れて評価できるアプリを作りました」(田沢氏)。

学生チームがよりよいアプリを開発できるよう、アプリケアでは、ほぼ毎週のペースで、専門家によるセミナーを開催した。アプリアイデアの創出法や、ユーザインターフェイスなどのシステム構築の幅広い知識とノウハウを提供したほか、集中して開発するべく短期集中型のキャンプまで行った。

また、先進的な取り組みで知られる亀田総合病院が企画に全面協力。考えられたアイデアの有用性を検証するために、現場の医療スタッフの声をヒアリングできる機会を設けた。併せて協賛企業からは技術提供が行われ、実際に提供された位置情報システムを利用した院内ナビゲーションアプリが作られた。

コンテスト参加者の1人は「セミナーをたくさん企画してくれたおかげで、見識を深めることができました。今後の自分にとって大きな経験になったと思います」と話してくれた。ほかにも、亀田総合病院でのヒアリングは、現場ニーズを把握し、アプリの実用性を高めることに大きく貢献したようだ。
 







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優勝チーム「スウェッツ」のメンバー。左から片岡悠人氏、
上平倫太郎氏、吉永和貴氏。

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イベントの発案者で、代表を務める慶応義塾大学医学部の田沢雄基氏。


 

決勝進出作品は実用化へ向けて開発を継続



今年が初開催ということもあり、運営にはさまざまな苦労があった。運営側は、医療学生ラウンジを通じて医療系学生のネットワークは構築していたが、工学系やデザイン系学生とはまったく交流がなかった。そこで、学生エンジニアが興味を持つようなセミナーを開催したり、美術大学に直接足を運ぶなどして参加者を募ったという。

「2カ月間という比較的長い時間をかけるヘビーな開発なので、ネットの募集だけではなかなか集まりません。当初、募集してくれた人のデータを分析した結果、やはり直接人に会って話さないと参加してもらえないと思いました」と田沢氏は語る。亀田総合病院の協力も、病院見学時の縁を頼りに、理事長に直談判して実現させたものだ。

決勝進出作品は、すでに実用化に向けて動き始めている。アプリケア2014の開催もすでに決定し、今年は1つに絞っていた部門を複数設定したり、社会人チームのカテゴリを作るなど、新しい企画も検討中とのこと。来年はどんな作品が出てくるのか、今から楽しみである。
 








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3Dプリンタで作られた薬ケースのプロトタイプ。内部のギミックや、かみ合わせの精度など、ハード開発にはかなり苦労したという。

「フリクシー」のアプリ画面。「美人めくり」や達成率の表示で服薬を促す。

 

ほかの作品も力作揃い アプリケア参加作品群



アプリケア2013で披露されたアプリは、優勝作品以外にも、準優勝の「Streaming119」をはじめ、非常に興味深いアイデアが多い。決勝進出作品の「Painting」、「iTuna」は、家族が病気になったときの体験や、医療現場で自分が感じた疑問を企画につなげたという。そのほかにも、近年増加している女性医師を支援するアプリや、院内スタッフ間のコミュニケーションを円滑にするツール、毎日の食事を簡単に記録できるシステムと、役立ちそうなものばかりだった。
 








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同じく決勝進出作品の「iTuna」は手元のスマートフォンに診察までの待ち時間が表示されるので、呼び出しまでの時間を自由に過ごせる。電子カルテと連携して血液検査の結果をすぐに見ることも可能だ。

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決勝進出作品の1つの「Painting」は、がん患者の痛みを医療者に「翻訳」するアプリ。痛みのがある部位のアイコンをタッチしていくだけで、痛みの種類や程度、薬の副作用などを簡単に記録できる。

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準優勝の「Streaming119」は、119番への通報者が救急隊に患者の様子をストリーミング配信できるシステムだ。通報者のスマートフォンに、URL付きのSMSを送信、そこにアクセスするだけで、救急隊に現場の映像を配信可能だ。



『Mac Fan』2013年11月号掲載