スマートフォンに見い出した新たな「塾」のカタチ|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

スマートフォンに見い出した新たな「塾」のカタチ

文●山脇智志

中学生向け教育ITベンチャーが、iPhoneアプリを用いた「モバイル塾」をスタートさせた。少子化時代を生き抜くために、学習塾というフィールドでiOSデバイスは何を担うのか?オンライン学習塾「アオイゼミ」が考える新しい塾のカタチを追った。

その結果を聞いたとき、オンライン学習塾「アオイゼミ」代表の石井貴基氏の顔は晴れ晴れしいものだったはずだ。KDDIが展開するモバイルベンチャー育成プログラム「KDDI ∞ Labo」(以下、無限ラボ)の第5期の選抜チームが2013年9月に発表され、アオイゼミがその内の1チームとして選ばれたからだ。2012年に北海道から単身上京し、まさにゼロから始めた「アオイゼミ」の事業。無限ラボの3カ月にわたるプログラムを通して、アオイゼミの事業を強化していくことになる。

アオイゼミは、オンラインのみで受講できる中学生向けの学習コンテンツだ。主に動画を中心に、高校受験のために必要な知識や解法を丁寧に、そして楽しく、安価に提供することを根幹としている。今年8月にはiPhone/iPodタッチに特化したアプリ「スマホ学習塾アオイゼミ」をリリース。無限ラボへの採用も含め、まさにこれから始まろうとしているモバイルラーニング時代を見据えた新しい学習法のカタチを実現している。

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アオイゼミのWEBサイト。「iPhoneが塾になる!」「無料で、塾の授業を受けよう!」といったキャッチコピーが並ぶ。アオイゼミは無料登録すれば、誰でもライブ授業やたくさんの教材を無料で利用できる。ライブ授業は、毎週月曜日から木曜日まで決まった時間に配信し、内容は教科書の予習・復習レベルから定期テスト・入試対策まで幅広い。
 

北海道から見えた「教育の課題」



石井氏の経歴は教育事業者としてはユニークなものだ。北海道札幌市生まれで小中学校時代は札幌市内で生活。高校卒業後、1年の浪人を経て福島大学経済学部に進学し、 在学中に学生向けフリーペーパーを創刊した際に知人から譲り受けたeMacでDTPなどの技術を身につけた。熱心なアップルファンである石井氏のアップル遍歴と、何でも自分やってやろうというスタイルはここから始まっている。2009年にはリクルートに入社、札幌に配属され主に住宅関連情報の営業を行う。その後、ソニー生命保険に転職し、そこでの経験が今の事業につながったと石井氏は語る。

「北海道全域のあらゆる世帯のファイナンシャルプランナーとして、家計のコンサルティングを行っていました。 その際、どこの家庭でも教育費が負担となっていることに気づき、ITを活用すればもっと安く、良質な教育コンテンツを提供できるのでは思ったのです」

もともとリクルート時代もソニー生保時代もネットを使った商品を扱っていたこともあり、ITへの知識と興味があった。ITが何かを変えているというのに、「教育」は何も変わっていないことに気づいたという。

「北海道はほかの県に比べて家庭の年収が低く、地理的にも不便な場所です。いろいろなものがデフレで価格が下がっているのに教育費だけは上がっている。ITはいろいろなものの価格を下げましたし、既存の枠組みではできないことを実現しました。でも教育はその恩恵に預かれていなかったんです」

彼はすぐさまITを使った教育の事業プランを考え始め、 ネット上で誰でも無料で受講できるオンライン学習塾のビジネスモデルにたどり着く。そして2012年2月に上京し、株式会社葵を創業。同年6月よりオンライン学習塾アオイゼミをリリースしたのだ。
 








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塾の仕組みをゼロから見直したアオイゼミ。一般的な学習塾を運営するにあたって必要なテナント代や建設費、事務などの運用コストは、インターネットを介して授業を配信する形にすることで大幅に削減。高い学習コンテンツ、優秀な講師陣などの教育コストはそのままに授業の質を落とさずに、安価にサービスを提供している。


 

「ネット専業」というスタイル



石井氏はファイナンシャルプランナーであったがゆえに、お金と教育の問題に着目した。「2000年代に教育業界の再編が進み、大手教育事業者の時代となりました。巨大化した『教育』は売上高を伸ばすことを強いられます。しかし、現在の日本は少子化傾向にあり、1人当たりの単価を上げなくてはなりません。そこで登場したのが「個別指導型」と呼ばれるスタイルです。集団学習塾より一人一人にあった教育を提供できるという謳い文句は保護者の心にも刺さり、 この業態はこの10年間で急速に学習塾業界に定着しました。しかし、その半面何が起きたのかというと『学習塾費用の増加』です」

確かに東京のような大きな市場であれば集団学習型と個別指導型の両立はできるだろう。しかし地方にある限られた商圏にある学習塾が「個別指導型」である場合、低所得者層はその価格帯についていけなくなる。近年、日本でも叫ばれる「所得格差=教育の格差」の問題だ。

そこで、石井氏は社会を変革したインターネットを味方につける。これまでの枠組みの中で教育を取り扱うのではなく、今や世界同時代的に教育を変えつつあるITに注目したのだ。

「アオイゼミは、既存の学習塾事業者にとっては脅威でしょう。 実際にインターネットの活用を模索している上場企業も現れ始めました。しかし、彼らにはインターネットをフルに活用できない理由があります。それは既存事業を行うための社内体制です。維持しなければならない売上高、建設済みのテナントビル、抱える講師、管理人員など。一度インターネット学習に手を出せば、単価が下がることは必至です。 彼らのブランド力を持って、マーケットに参入すれば、今度は自分たち自身の主力商品とカニバリ(共食い)になってしまいます。 これこそがイノベーションのジレンマで、私たちのようなスタートアップが唯一彼らに対抗できるポイントだと思います」
 








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ライブ授業では、業界初導入となる電子ホワイトボードを使うことで、豊富なイラストや写真・動画も授業に盛り込み、「わかりやすい」授業を配信。講師に直接質問することもできる。


 

そしてiPhoneが凌駕した



アオイゼミはWEBベースの中学生向け学習サービスから開始し、ライブ動画やデジタルテキストなどをすべて無料で提供している。ビジネスモデルはプレミアサービスの提供で有料プレミアム会員になると講義動画を何度でも見ることができる。有料会員の申し込みにはすべてスタッフが電話をかけて確認と内容の説明をしている。面倒だが、未成年者を相手にするため、ここには細心の注意を払っているそうだ。

開発は当初、外部のeラーニング業者に発注していたそうだ。しかし、そこで感じたのはレガシーなシステムを使った学習環境の「古臭さ」だった。特にコアターゲットである中学3年生であればデザインや機能には敏感にならざるを得ない。それに対応させるため、現在はすべてを内部で開発している。「スマホ学習塾アオイゼミ」アプリではアラート機能や学習日記機能などを装備し、PCと同じようにライブ授業を見ることができる。驚くことに、発表からまだわずかなのだが、すでに利用がiOSデバイスからのほうが多いのだという。

「多くの子どもにとって勉強は『つまらないもの』なんです。私たちは子どもがやる気を出したその瞬間に、快適に勉強できる環境を提供しなければいけません。今回のアプリも『いかに快適に勉強できるか』という点を最優先して開発しましたが、 そのためには安定的に動く端末が絶対条件です。子ども向けだからこそ最高の端末で、最高のユーザインターフェイスで、快適に楽しく勉強できる体験を届けしたい。これが私たちがiPhoneアプリの開発を最初に選んだ理由です」

3年後には「100万人が使う教育サービス」に成長させたいと語る石井氏。「今後は高校生向けオンライン学習塾も開講する予定です。 そうすれば全国の約650万人以上いる中高生が無料で学べる学習サービスとなり、 彼らが何をどれくらい学習したのかの履歴などをデータベース化できます。そしてデータベースを元に、より効果のある学習サービスを開発することで既存の勉強法では実現できなかった『インターネットだから実現で来た新しい勉強法』として 業界に革命を起こせるものと信じています」

高品質な教育サービスを、圧倒的な低価格で提供することは教育系スタートアップの総意である、と力強くいい切る石井氏。アウトサイダーだからこそ感じた教育の課題。そして解決のための必殺技ともいえるiOSアプリのリリースと、自分の果たすべきミッション遂行のためには「常識」さえもひらりと飛び越えて行くその姿に未来の教育産業の姿を感じ取った。
 








 
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スマホ学習塾アオイゼミ

[価格]無料[販売業者]Aoi.co

アオイゼミ代表の石井貴基氏。「アオイゼミではどうしたら勉強を継続できるかを日々考えて授業やWEBサイトに反映している」という。アイオゼミのアプリはアップストアから無料でダウンロード可能。アプリを起動してすぐにライブ授業や過去に配信された授業を視聴したり、自分のスタディグラフをチェックしたりできる。


『Mac Fan』2013年11月号掲載