世界と未来の教育を変えるモバイル|MacFan

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世界と未来の教育を変えるモバイル

文●山脇智志

途上国への教育支援を行うユネスコがモバイルラーニングを進めている。テクノロジーと教育との新たな関係性で、これまでは実現できない教育を提供する取り組みだ。

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ユネスコは国連における教育・文化・科学を押し進める機関で、パリに本部を置く。ちなみにユネスコ(UNESCO)とは「United Nations Educational, Socientific and Cultural Organization」の頭文字をとったもので、例えば身近なところでいえば「世界遺産」の認定はユネスコによるものだ。
 

揺れる「教育の番人」




筆者が2012年に一番多く渡航した先はフランス・パリ。合計4回、つまり春夏秋冬とすべてのシーズンでパリに滞在したことになる。その目的の1つがパリに本部を置く国際組織ユネスコへの訪問だった。そのユネスコが新たな取り組みとしてWEBコンテンツやデジタル端末を用いた教育の提供に力を入れ始めている。今回はそのプロジェクトの1つ、モバイルラーニングを紹介したいと思う。
多くの人に「ユネスコ」という組織名はある一定の尊敬を持って認識されているはずだ。第二次世界大戦後に設立された国際連合の一部を担う機関だけあって、「世界平和」という目標を定め、その手段として途上国向けの教育支援を中心に「万人のための基礎教育」というミッションが設定されている。いわば世界の教育の「番人」的な役割を担うユネスコだが、やはり国際政治の影響を受けながらその責務を果たし続けている。そして今、もう1つ大きく揺さぶっているのがIT(ユネスコ的には「ICT」)による教育や学習の歴史的転換だ。教室・紙の教科書・教師が要素となる「既存の教育」から、インターネットやコンピュータによる「デジタルの教育」が広まるにつれて、ITの進化や拡散のスピードに追いつけていない印象がある。
そんなユネスコが近年、「IT×教育」の領域に専門部署を設立しさまざまな取り組みを始めた。例えばWEBで誰でも利用できる教育コンテンツを展開するOER(Open Educational Resources)は米国の最新の動きには及ばないものの、確実に歩を進めようとしている。そしてもう1つの取り組みが、携帯端末を使った教育を展開するモバイルラーニングだ。
では、ユネスコにおけるモバイルラーニング部門の内容とはどんなものなのだろうか。モバイルラーニングディビジョンのプログラム・スペシャリストで、中国政府教育部から出向しているミャオ・フェンチュン氏に聞いた。
「我々における『モバイルラーニング』とは、ユネスコのミッションをモバイルを用いて解決もしくは実現することを意味します。その中でも大きな目的は『教師へのティーチング教育』と『高等教育』に特化しています。我々はこれをTHE(Teacher and Higher Education)と呼称しています」
ユネスコに置かれた専門部署はソーシャルサイエンス、ナチュラルサイエンス、カルチャー、コミュニケーション&インフォメーション、教育の5つのセクションに分かれ、その中でミャオ氏は教育部門に携わり、モバイルラーニングによりどのような教育を行うかを検討し遂行するポリシー(企画立案)を担当している。要するに、どのように今の技術を使うのか、どのような情報やコンテンツを用いるべきかを考える仕事だ。
「携帯端末の普及が私達の生活を大きく変える中で、それらを用いた教育の実践をサポートしています。iPhoneのようなスマートフォンも含めた携帯電話端末ももちろん入りますが、我々が注目しているのはiPadをはじめとするタブレット端末ですね」
貫く大きな概念として「違うモバイル技術には違う学習目的がある」とミャオ氏は語る。端末や回線によってそれぞれ相性のよい教育を提供していくという柔軟性を重要視しているそうだ。
 

3つの要素




また、ミャオ氏によればモバイルラーニングは3つの要素があるのだという。
「1つは『教育へのアクセス』です。モバイル技術を使って教育をすべての人に届けるにはどうすればいいか。必ずしも一人一台ということではなく、例えば教室のようなところで先生がモバイルラーニングで教え方を学び、それを実践できればその恩恵は先生だけでなくそこで学ぶ生徒にも行き渡るのです。2つ目は、『クオリティを高める』ということ。教育の質を高めるためにモバイルテクノロジーをどう使うか? ここでは教室内でのフォーマルラーニングだけでなく、個人の持つ携帯端末を用いた場合も想定に入っています」
それらをどのように用いて学習機会を創出し、もっとレベルアップを図るにはどうすればいいか、特にロケーションとの関係を注視しているという。
「コンテンツとアプリを自由に使えるようになれば、場所という制約条件が外れます。ですからコンテンツやアプリの質自体はそのまま教育となりうる。その部分の調査を行っています」
そして最後が「教育の機会均等」。裕福な人と貧困層、都市部と地方などギャップが存在しているのであればその差分を埋めるものとしての期待がある。この部分では特に女性への教育機会が最近の大きなテーマの1つなのだそうだ。
モバイルラーニングはこれまでの教育と違い、すべてをユネスコがコントロールできるわけではない。モバイルラーニングにおいてそれを裏支えするのが携帯端末の「普及」だ。携帯技術の発展は急速であり、これまでのユネスコの速度とは大きく違っている。携帯技術の普及は人類史上もっとも早い端末の普及速度だといわれる。そこに彼らはどのようにキャッチアップを果たすのか。
「アフリカを考えてみましょう。現時点においてもPCの普及はそれほどのスピードはありません。ネットの普及もそれに伴うものは依然として低いままです。ブロードバンドも日本、韓国などと比べれば雲泥の差です。しかし、携帯端末の契約数や普及率は日本を遥かにしのぎます。それができたのはアフォーダビリティ(入手可能性)ができたからこその普及なのです」
それからもう1つ、「モビリティ」つまり「動くことができる」のもポイントだ。「これまでのユネスコの活動において場所というのは大きな問題でしたが、モバイルはその概念を大きく変えます。例えば、私達は大人の女性向けの教育をパキスタンで行っていますが、家庭やさまざまなところで働いている彼女たちに教育を提供するのに「バスに乗れ」といえるでしょうか? 彼女たちも今は携帯電話を保有している人は増えてきました。そこへのテキストベースでの知識教育は彼女たちの生活を変えることなく実行できているのです」
いかにしてユネスコは世界の途上国のコミュニティを援助していくかという目標の達成のために、モバイルラーニングは大きな役割を担えると信じているとミャオ氏は語る。
「我々は各国政府へのアプローチをやっています。それは我々にしかできない仕事です。しかし、必要なのは教育を巡る『エコシステム』です。これが非常に難しい。貧しい人に提供しようとしても、さまざまなコストが発生する。iPhoneでコンテンツを創ってもアンドロイドやウィンドウズメディアでは使えない。解決すべきことはまだまだあります」
大きな組織が故に問題もあるのは当然だ。しかし、崇高ともいえるその目標を目指す彼らのほかに、未来の「平和」に果たす役割を代替できる組織はない。
教育がその歴史において大きく変わろうとする今、ユネスコ自体も大きな変革を果たす時期なのかもしれない。


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ユネスコはパリに本部があることからヨーロッパを中心にしたアフリカ・中東・アジアでのオペレーションは充実しているのだが、合衆国を含めたアメリカ大陸との関与が薄いようも見受けられる。現在のITの中心地たる米国の企業やNPOなどの団体がITを駆使している後塵を拝している感もあった。

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ユネスコモバイルラーニングディビジョンのプログラム・スペシャリストのミャオ・フェンチュン氏。その後ろのポスターは年に1度開催される「モバイルラーニングウイーク」の告知で、今年は2月18日から22日までパリ本部で開催される。

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ユネスコはコンテンツをiTunes Uでも提供している。数百にも及ぶムービーやポッドキャスト、ドキュメントが英語、フランス語、スペイン語の3言語で提供されている。

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写真左は日本政府代表部の木曽功大使。日本政府代表部は大使館と同じ役割を果たしており、日本国全権大使がユネスコにおける日本国の意向を代表して提議している。


文:山脇智志
ニューヨークでの留学、就職、企業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。 『Mac Fan』2013年3月号掲載