幼児教育のデジタル化 米国のタブレット幼児教育最前線|MacFan

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幼児教育のデジタル化 米国のタブレット幼児教育最前線

文●山脇智志

日本の幼稚園における取り組みを取り上げた前回。今回は、海外でのiPadを使った幼児教育の事例を紹介する。1つの市が市内すべての幼稚園にiPadを配布したという希有な事例だ。

古きよき田舎町の最前線基地




世界でタブレットを使った教育が大きな注目を浴びている。そこには教育が人類の歴史において初めて大きな変化を迎えようとしているという現実、そしてこれまでとは違う秩序となる未来への期待と不安の中にあるのが今のこの2012年から2013年という年だ。
日本でも、そして世界でもタブレットを用いた教育の研究や実践が進んでいるが、その中でも幼稚園などの幼児への取り組みはさほど大きくはない。それには2つの理由がある。
1つは、小学校以上における教育には「上の学校へ行くための準備」という明確なゴールがある。そこへ至るために有効なことはすべて「是」となる。これは明快だ。そしてもう1つが幼児にはデジタル端末は必要なく、よりアナログなコミュニケーションや学習をすべきだという考えに立脚した「思想」がある。これは非常に難しい。というのは、著者を含めた今の大人という「支配層」にとっての経てきた経験(=成功パターン)が、デジタルに立脚したものではないことがゆえにその有効性を受け入れがたいものにしている。
時代は創られていくものだ。いい換えるならば誰かが創らない限り、それは時代に組み込まれる「現実」足り得ない。ある意味、「現実」を積み重ねその大いなる「時代」を創り出している市が米国にある。米国メイン州オーバーン市は米国北東部にある人口2万4000人ほどの小さな田舎町だ。メイン州といえば、ロブスターなどに代表される海産物とLLビーン(L.L.Bean)などに代表されるアウトドアグッズで知られる州で、古きよき建物や風景が残る静かな土地だ。
オーバーン市はその州の玄関口であり一番の大都市ポートランドから車で45分ほど北に行ったところにある特に観光名所もない、まさにアメリカのただの田舎街だった。「だった」と過去形にしたのは、今やオーバーン市はあることで全米の教育関係者に知られる街となった。2010年に同市教育委員会は市内に3つある幼稚園のすべての幼児に教育用途でiPadを一人一台配布したのだ。これらの規模で通年を通しての利用は世界でもこのオーバーン市だけだ。
そのオーバーン市で幼児におけるタブレット教育に関する会議「Levarageing Learning 2012(以下、「LL2012」)」が2012年11月に開催され、著者と前回記事で紹介した学校法人信学会とでプレゼンテーション参加をしてきた。会議と同時に行われた幼稚園視察ツアーの様子を報告しよう。
 

市内全幼稚園児にiPadを配布




LL2012は2011年に初めて開催され今回で2回目のまだ若い会議だ。第1回ではメイン州および周辺からの参加であったが、iPadの教育普及につれて今回は米国内の他州や隣国カナダ、そして日本からの参加があり、市内ホテルと一部市庁舎を会場にしてさまざまな取り組みや研究の報告が行われた。
参加者は近隣の教育関係者が多かったが、皆がオーバーン市の取り組みには「不安」ではなく、「可能性」を信じているからこその参加だ。その証拠に参加費は400ドル(約3万円)。興味本位にしては安くない価格である。
発表は地元オーバーン市のiPad教育における詳細な報告がメインで、例えば「教育委員会はどういう過程でiPadを導入したか」「導入したうえでのアセスメントの方法の研究」「現場の先生における教育における取り組み」など、事細かな報告が行われた。そして市外からの研究報告。例えばシカゴ市教育委員会は、小学校での算数教育にデジタルで教材を作り、学校でのiPadによる学習とその効果を報告していた。
実はこのLL2012は、アップルの協力なくしてはあり得ないものだった。会議の情報はアップルのWEBサイトの教育ページで紹介され、3日間の開催中に毎日アップルのプレゼンテーションが行われた。最後には抽選会でアップル製品が大盤振る舞いされた。ある意味、アップルにとっての幼児向け教育におけるiPadの有効性確認はこのオーバーン市が最前線基地なのだといえる。
では、そのオーバーン市の幼稚園では実際にiPadをどのように活用しているのだろうか。今回我々が視察したのはフェアビュー小学校の5歳児のクラス。ちなみに米国では幼稚園は小学校に敷設していることが多い。この日は13名の生徒(幼児)、3名の先生が参加していた。このクラスではいわゆるブレンデッドラーニングと呼ばれるデジタルとアナログを混ぜた方式を採用している。
広い教室の中で机を分けて5つの島を作る。それぞれの島ではお絵描きをしたり、先生がボードを使ってアルファベットを教えたりしている。その中の1つにiPad島がある。そこでは生徒がアルファベットの書き順や単語の虫食いクイズなどの国語の基礎、そして数字の書き取りや簡単な算数といった計算能力を高めるアプリを使って学んでいた。アプリはアップストアで販売されている既存のものから先生たちが選んでいる。
現在は1日に30分という時間が平均的な利用時間だ。1日にiPadを使う時間はクラスにより異なるが、保護者の意向もそれを左右する。同校は弁護士や教員などのいわゆる知識層の保護者が多いため、これらへの取り組みへ意識が高い傾向がある。ただし彼らの間でも「30分使えば十分」という人もいれば「せっかく設備投資して30分しか使わないのはもったいない」という人もいるなど意見は分かれているそうだ。
現場での取り組みを管轄するオーバーン市教育委員会技術コーチのキャロル・ミラー氏はこう語る。
「特に重視しているのは先生への啓蒙と指導です。新任の先生には夏休みに特別なセッションを開催して新学期からの授業に備えられるようにしています。また、保護者を巻き込んで密接なコミュニケーションをとって、それらを隔週で開催される教科会議で反映させたりしています。iPad活用についての意識は先生によって異なる部分があるのは事実です。しかし、ここまで2年間の実証によって確実な成果を出せていることは大きな自信になっています」
 

世界中が答えを求めている




今回のLL2012を通じて現在のタブレット教育の最先端の現場を語るに、同行した長野県を拠点とする総合教育機関である信学会幼年教育課二課長の栗林聖樹氏の言葉が象徴的だったので、最後に記しておこう。
「『世界中が答えを求めている』、そんな熱気を感じる今回の旅でした。デジタル端末の導入に対して教育現場の壁が高いのは世界共通。これは真実です。しかし、その半面、デジタル端末の教育現場での活用に将来性も感じています。その証拠にどんな実践例があるのか、どんな効果があるのか、こんな活用法もあるのではとディナーのあともロビーの一角で車座になり、遅くまで議論を交わす先生のグループがいくつもありました。世界中の先生方の教育の未来にかける真摯な想いがヒシヒシと伝わってきました」


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メイン州はアメリカ合衆国の北東に位置する州であり、カナダの国境にも近い。オーバーン市はポートランドから北へ50キロ程度北上した位置にある。

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米国の公立小学校では、幼稚園と併設されていることが多く、オーバーン市のフェアビュー小学校もその形式をとっている。写真は今回同行した信学会の栗林聖樹氏。

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LL2012参加者のほとんどは先生や行政の教育関係者。真剣に耳を傾けていた。

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フェアビュー小学校5歳児クラスの授業で使われるiPad。ここではスペリングを勉強中。

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iPad導入の現場責任者キャロル・ミラー氏は、オーバーン市内の3つの幼稚園をすべて管轄している。

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アメリカらしい、床でクッションに寝そべって学ぶ姿も。

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これら幼稚園でのiPad教育は「Advantage2014」というプロジェクトの1つで、以下のようなゴール設定がされている。「Advantage2012のゴールはオーバーン市の生徒の国語と算数の基礎能力の向上にある。3年生における現在の60%台から2014年には90%へと上げる。戦略として生徒全員へのiPadの配布、そして保護者へも検討する」。


文:山脇智志
ニューヨークでの留学、就職、企業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。

『Mac Fan』2013年2月号掲載