患者とより密接なコミュニケーションを図る|MacFan

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患者とより密接なコミュニケーションを図る

文●木村菱治

千葉県船橋市の習志野台整形外科内科では、十数台のiPadが活躍している。ここでは、患者自らがiPadで問診表に入力するほか、待合室での娯楽、レントゲン画像の閲覧、3D動画による治療説明など、幅広い用途にiPadを使用する。ここまで積極的にiPadを使う目的とは何か、同医院に取材した。

既存の電子カルテで失われた患者と向き合う時間を取り戻す




千葉県船橋市の習志野台整形外科内科を初めて訪れた患者は、いきなりiPadを渡されてちょっとびっくりするかもしれない。ここでは、iPadが問診票に使われているのだ。問診表は、初診患者が自分のプロフィールやどこが痛いのかといった基本的な情報を医師に伝えるもの。たいていの病院では紙に記入するが、同医院はiPad上で専用のWEBアプリを動かしており、タッチ操作で質問に答えていくと必要な情報が入力される。問診表データは、受付でのチェックを受けたあと、WEBサーバ経由で電子カルテシステムへと転送される。医師と患者が対面したときには、すでに問診表の内容が電子カルテに反映されているわけだ。
「iPadを使った問診表は、患者さんと対話する時間を増やすためにあります」と、自らこのシステムを構築した宮川一郎院長は導入の目的を語る。
「電子カルテを導入したクリニックでは、医師がパソコンの画面ばかり見ていて、患者のほうを見ない状況になりがちです。医師も好きで画面を見続けているわけではなく、問診表の内容を電子カルテに入力するのに一所懸命なのです」
iPadの問診表は、医師がパソコンに向かう時間を最小限にし、その分、患者と眼を合わせて診察する時間が多くとれる。問診表1件を電子カルテに書き写す時間が約3分として、同院には1日平均20人ほどの初診患者が訪れるので、1日1時間ほどを患者とのコミュニケーションに回せる計算だ。
同医院は、医師1名、リハビリや事務のスタッフを含めても15名ほどの小規模な街のクリニック。ここに1日200~300人の患者が来院するというから、1時間の短縮は大きなメリットだ。
しかし、訪れる患者はこの入力方法に不満を感じたりはしないのだろうか。約6割が65歳以上だというが、高齢者でもiPad問診表を使いこなせているのだろうか?
「最初に自分で作ったバージョンは、ボタンが小さく、高齢者の中にはうまく押せない人もいたため、紙を併用せざるを得ませんでした。そこで、友人のWEBクリエイターに手伝ってもらい、使いやすくするための改良を加えていきました。今では100%、iPadの問診表を使っていただいています」
実際には、高齢患者は1人で来院することが少なく、付き添いの人が入力を手助けしてくれるため、意外に問題は発生しないという。また、94歳の人が、1人で来院、スタッフの手助けを受けながら自分で入力したこともある。
 

レントゲンフィルムとデジタルビューアのいいとこどり




最近のレントゲン撮影では、フィルムを使わずに「PACS」という医療用画像サーバを使う医療機関が増えている。PACSを使えば、撮影したレントゲン画像をすぐに診察室のモニタ上で確認でき、保管や検索が容易になるなど、多くのメリットがある。同院でもPACSを導入しているが、フィルムより不便な点もあるという。
「PACSは端末のある場所でしか見られません。例えば、骨折している人のレントゲンを撮った場合、画像を見せて説明するためには、痛がっている患者さんに診察室まで移動してもらう必要があります」
そこで同院では、問診表サーバとして使っているiMacに医療画像処理ソフト「オザイリクス(OsiriX)」を組み込み、これを経由してiPadでもレントゲン画像を閲覧できるようにした。院内のどこにいてもレントゲン画像が見られるようになったことで、痛がっている患者を動かすことなく、その場で説明してギブスを巻くなど、素早い処置が可能になった。また、リハビリ室などでもレントゲン画像が利用できる。iPadの問診表とレントゲンビューアは、デジタルとアナログの隙間を埋めるタブレット端末ならではの活用法といえるだろう。
 

患者参加型の医療を目指して3D動画の制作も行う




同医院には、もう1つ特徴的なiPadの活用法がある。3D動画を使った患者への病状説明だ。
同院では、そのために「IC動画」という独自のアプリを開発し、さらにそこで再生する3D動画の制作も行っている。
「どうやったら、患者さんに病状や治療方針に対して興味を持ってもらえるかを考えたうえでの、1つの答えが動画でした」と宮川院長。
「私は昔から、患者さんに治療の選択肢を提供したいと思ってきました。例えば、リハビリなら痛くはないが通院が必要になる、手術をすれば治りは早いが痛みやリスクはある、といった選択肢の中から患者さんに選んでほしいのです。そのために、手書きの図やパンフレットを使って治療方針を丁寧に説明するのですが、描いた図を持って帰ってくれなかったり、パンフレットを捨ててしまう人も多い」
最初は動画サイトで公開されている医療関係の動画を見せることから始まった。3D動画による説明は、新鮮でわかりやすく、患者の興味を強く引く。
「とにかく、患者さんに『おっ!?』と思ってもらえるだけでもいいのです」
パソコンのモニタでは患者と向き合えず、説明が一方的になりがちだ。そこで動画の再生にもiPadを使うようになった。さらに、医療の現場で使いやすい動画プレーヤの必要性を感じ、「IC動画」アプリを開発するに至った。
アプリの開発にあたっては、収録する動画が問題となった。「動画での説明をほかの医師に推奨するのに『映像は各自で入手してください』とはいえません」。既存の動画には著作権の壁があるが、かといってCG制作会社に発注しようと思うと短いものでも数百万円のコストがかかる。そこで宮川院長は、自分たちでそうしたCGコンテンツを制作することにした。
加えて、製薬会社や医療機器メーカーの協力を仰ぎ、制作した動画をIC動画でも利用できるようにする条件で、各社の求めるCG動画の制作を請け負うことにした。動画の本数はまだ25本と少ないが、アプリ公開後1年半を経たIC動画の登録ユーザは約5000人、動画には5万回以上のアクセスがあった。
「昔の医療は医者が主導の『強制医療』でしたが、今は患者さんが治療内容を納得し、同意を得たうえで行う『納得診療』になりました。これをさらに、患者さんが能動的に治療に関わる『理解診療』に変えていきたい。理解診療のための取り組みはたくさんありますが、その1つとしてわかりやすい説明をすることも大切だと思います」
さまざまな医療ITに取り組んでいる宮川院長だが、「ITを使ったからといって患者さんの理解度が画期的に上がるわけではありません。『これを買えばすべてがうまくいく』といった過剰な期待は禁物」と、あくまで地に足のついたIT導入と運用の大切さを強調していた。

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iPadを使ったオリジナルの電子問診表。体の痛い場所に手書きで印を付けることもできる。他の医療機関への提供や在宅での問診表記入なども想定して、WEBアプリとして作られている。

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IC動画」。大きなボタンや動画の180度回転表示など、患者と一緒に見るための工夫が凝らされている。

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習志野台整形外科内科の宮川一郎院長。以前勤務していた病院で電子カルテやウィンドウズ・モバイル端末の導入を担当したことがあり、iPadの登場時には「あのときできなかったことがこれで実現できる」と思ったそうだ。

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宮川院長の考える患者参加型医療のイメージ。臨床検査技師、薬剤師、看護師、理学療法士、栄養士と医師、そして患者自身も一緒に病気を治していく。そのためには患者が病気について正しく理解することが必要だ。


『Mac Fan』2013年1月号掲載