ジョブズ本発売記念! Appleの時空漂流②|MacFan

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ジョブズ本発売記念! Appleの時空漂流②

文●編集部








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スティーブ・ジョブズとアップルのDNA ~Think different. なぜ彼らは成功したのか?』の発売を記念して、本書に掲載できなかった「Appleの時空漂流~古今東西の格言に見るアップルの軌跡」という記事を前回公開しました。好評につき、今回はその第二弾をお送りしたいと思います。もちろん、本書内にはもっと読み応えのある記事(同記事は箸休め的なコラムです)を掲載していますので、本屋さんなどでチェックしてみてください。また、本書に掲載した「Think different.の偉人たち」は、そもそもいったいどんな人なの?という方のためのスペシャル記事第二弾も公開しました。ご覧ください。

Appleの時空漂流~古今東西の格言に見るアップルの軌跡



●Give me six hours to chop down a tree and I will spend the first four sharpening the axe.--Abraham Lincoln
(木を切り倒すのに6時間もらえるなら、私は最初の4時間を斧研ぎに費やそう。--エイブラハム・リンカーン)

 人の格言や業績というのは、案外、後世の人々によって都合よく解釈されてしまうことがある。
 例えば、アメリカの独立宣言(1776年)には、冒頭近くに「人間はすべて平等に創造され…(all men are created equal...)」と書かれている。この文言を現在の感覚で耳にすると、彼の国では二百数十年以上も前から人民の平等を説いていたのか、と感心されがちだ。
 しかし実際には、この宣言文において、奴隷という存在は最初から相手にされていないのである。つまり、何ともひどい話だが、「奴隷はそもそも人間には含まれない」というのが当時の常識であり、その前提の上に立って「人間はすべて平等」だなどと主張していたわけだ(草稿段階では、これとは別に奴隷制を批判する箇所も存在したのだが、13州で協議するうちに削除された)。
 さらに、アメリカにおける婦人参政権が、そのほぼ1世紀後の1870年になってようやくユタ州で認められたことを考えると、ここでいう"men"は、文字どおり「男性」を指しており、そこには女性すら含まれていなかったことになる。
 同様に、リンカーン(1809-1865)は、奴隷制に反対した人道的な大統領というイメージが強いが、実際には奴隷制度の廃止をかなり政治的に利用した面もある。もちろん、基本的には奴隷制に関して道徳上の問題を感じていたのだが、彼の最大の課題は連邦統一にあり、「もし奴隷制を維持したままで連邦が統一できればそうするし、奴隷制を廃止することによって連邦が統一できるならばそうする」とまでいっているのだ。
 そして、当初は南部の奴隷制に対して非干渉政策を採っていたものの、連邦を離脱した11州で結成した南部連合がヨーロッパ諸国から承認されそうになると、リンカーンは南部の奴隷所有者たちに打撃を与えることでそれを阻もうとし、1863年に奴隷解放宣言(実体は、南部に向けた布告)を行った。その内容は「連邦(=アメリカ合衆国)に対して叛乱状態にある州や地域(=南部)の奴隷には自由が与えられる」というもので、本来は連邦統一が目的だったはずの南北戦争の大義名分は、ここから少しずつ「奴隷解放という正義」を求める戦いへとすり替わっていった。
 いうなればリンカーンは、目的遂行能力と、そのための人民や部下の掌握術に長けていたわけだ(国家分裂の危機を臨機応変な状況判断で回避したという意味では、彼が一国の指導者として優れた人物だったことに変わりはないが)。
 こうしてみるとスティーブ・ジョブズは、意外なほどリンカーンに似ている面があったと思えてくる。ジョブズは、口に出してこそいわなかったが、心の中では「もしマイクロソフトとの協力関係を維持することでアップルの業績を伸ばせればそうするし、マイクロソフトを切ることでアップルの業績を伸ばせるならばそうする」と考えていたに違いないからだ。
 だからこそ、(1996年末のアップル復帰後は特に強調して)ユーザに対しては「マイクロソフトとの関係は良好で、マイクロソフト・オフィスは最高のソフトだ」と告げ、デベロッパーに対しては「ウィンドウズにはセンスがなく、Mac OS Xの開発環境は最高だ」と吹き込んだ。一見すると、片方の手で相手と握手しながら、もう片方の手で相手の顔をビンタをするかのようで、いっていることが矛盾していると感じたかもしれない。ところが、アップルの業績を伸ばすという大きな目的のためには、そのどちらもが正しいのである。
 というところで、今回の格言につながっていくのだが、リンカーンがさまざまな状況に対処できるように用意周到に準備を行い、それを最適のタイミングで世に問うことで成果を上げたように、アップルは本来、ある技術が使い物になるまでは表に出さない主義だった。しかし、90年代の半ばに前指導者たちの下で業績が悪化すると、技術が煮詰まる前に発表を急ぎ、結果として実現しないものがいろいろと出てきてしまった。
 それがジョブズの復帰によって、再びハード、ソフトともに、完成度が高く、すぐに使える製品を送りだす力が身に付いてきた。Mac OS Xも、バージョン10.0の頃には出すだけで精いっぱいというところもあったものの、それ以降のバージョンは満を持して登場した革新的かつ完成度の高い技術がめじろ押しだった。
 復帰直後、アップル再生のためにプロジェクトを絞り、予算割り当てを厳しくしたときには、研究開発費を大幅にカットしてデザインに振り向けたと陰口を叩かれたが、こうして見ると、どうやらジョブズは、その裏でひたすら斧を研いでいたようだ。