生徒のクリエイティビティを引き出す独自の授業|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

生徒のクリエイティビティを引き出す独自の授業

文●山田井ユウキ

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

全校生徒に1人1台のiPadを導入し、ICT教育を強力に推進するのが名古屋経済大学市邨中学校・高等学校だ。同校で教鞭をとる中川琢雄教諭は、iPadに衝撃を受けてそれまでの授業スタイルを大きく転換。生徒のクリエイティビティを引き出し、自律性を養う授業を行っている。ADEにも認定された中川教諭の教育理念とは。

 

 

愛着を持ってくれるデバイス

「私の昔の授業はしゃべり倒すスタイル。それがiPadを導入したことでガラリと変わりました」

そう言って笑うのは中高一貫校である名古屋経済大学市邨中学校・高等学校の中川琢雄教諭だ。2005年から同校に勤める中川教諭にとって転機となったのは、市邨中学校に勤務していた2017年のことだった。

中学の全校生徒に対して1人1台のiPadを導入、翌年には市邨高校でも全校生徒にiPadを配付した。背景にあったのは、2010年頃から続いた生徒募集の苦戦だったという。少子化が進むなか、少しでも魅力的な施策を打ち出さなければ名門といえど選んではもらえない。そこで当時の校長がICTに強かったこともあり、iPadの導入に至ったという。

「実はそれ以前にもウィンドウズタブレットを導入して生徒に貸し出したりはしていたのですが、稼働率が低くてうまくいきませんでした」

しかし、同じタブレットでもiPadはまったく違ったと中川教諭は言う。まず、iPadは他社タブレットに比べて故障率が低くトラブルが少ない。これは大勢の生徒に配付するうえで大きなメリットだ。また起動も早くて使いやすく、スペックを考えれば価格も決して高くない。iPhoneと操作性が統一されているので、いちから使い方を教える必要もない。直感的に操作できるうえ、端末のデザイン性も優れているため、生徒も愛着を持って使ってくれると考えた。実際のところ、iPadは学校が購入して生徒全員にリースするという形をとっているが、卒業時に返却するまでは自分専用の端末として使えるため、生徒もiPadをカスタマイズするなど大切に使ってくれているそうだ。なお、同校では教員にも同様にiPadが支給されている。

 

 

中川琢雄 教諭

名古屋経済大学市邨中学校・高等学校社会科教諭。2005年、同中学校に入職。2017年、同校のiPad導入に携わったことを機にシステム担当に。2021年、同高校に入職。iPadを活用した独自の授業スタイルが高く評価され、Apple Distinguished Educator 2023を取得。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

ターニングポイントはiPad

iPad導入までは特にテクノロジーの素養はなく、システム担当になったのも当時たまたま主任を務めていたからだったという中川教諭だが、現在はシステム担当としてiPadの管理やICT関係の活動報告会を主催するなど、精力的にICT教育に取り組んでいる。

授業のスタイルも大きく変わった。

「iPadがあれば手元でたいていの知識は手に入ります。情報の価値がフラットになった今、昔のように知識を伝えるだけでは教師としての価値が出せないと考えました」

現在の中川教諭の授業は、生徒自身の興味関心を引き出し、自主的な学びを促すスタイルをとっている。たとえば、「ローマ時代の人物を1人選んで、その人生を象徴する絵を描き、なぜその人物やその場面を選んだのか説明文もつける」といった課題だ。生徒は「ローマ時代の人物」についてiPadで調べ、その中から興味のある人を選ぶ。そしてキーノート(Keynote)やタヤスイスケッチ(Tayasui Sketches)などのアプリを用いて自由にイラストを描いていく。そうやって生まれた作品には生徒一人ひとりの個性が表れており、「すごくクリエイティブな作業」と中川教諭は言う。

iPadでできることはイラストだけではない。音楽を作ったり、動画を作ったり、デザインしたりもできる。中川教諭の授業は、そうしたiPadのクリエイティブ性をフル活用して行われる。

「たとえば世界史の授業では、ガレージバンド(GarageBand)を使って中東戦争を音楽で表現する生徒がいました。日本史の授業では、日本のデモクラシーの進展についてZoomを活用したニュース風の動画で作成したグループもいました。地理の授業では、グーグル・アース(Google Earth)を画面収録してスウェーデンを紹介するパンフレットを作った生徒がいて、それは私も想定外の使い方だったので驚きました」

そんな中川教諭が今でも印象に残っているというのが、中学3年生の公民の授業でキーノートを使ってクイズアプリを作成した生徒だ。授業ではキーノートのリンク機能しか教えていなかったにもかかわらず、その生徒はクイズに正解すると次の問題に飛び、間違うとゲームオーバーになるクイズアプリを作り上げたのだという。システムに破綻もなく、音楽をつけるなど演出も工夫しており、著作権にも配慮するなど完成度の高いアプリを作り上げてきた生徒のクリエイティビティに中川教諭は舌を巻いたという。

「その生徒はもともと引っ込み思案でしたが、クイズアプリがクラスメイトたちにも絶賛されたことで自信をつけ、その後は積極性が増して生徒会長にもなりました。私にとって、1人の子の人生が変わった瞬間に立ち会えた経験でした」

 

クリエイターであれ

iPadを活用した独自の授業スタイルやその成果が認められ、中川教諭は2023年にADE(Apple Distinguished Educator)を取得した。ADEが集うオーストラリアでの研修は忘れられない特別な経験になったという。

「自分の実践にはそれなりに自信を持っていましたが、世界中から集まったADEの先生はもっとすごい人たちばかりでした。でも、先生方は私のこともリスペクトしてくれたし、お互い教育にかける想いを話したりワークショップを経験したりして、本当にかけがえのない時間になりました」

ADEはこれからのICT教育を引っ張っていく存在だ。中川教諭もその点を自覚しており、ADE研修を活かして次なる展開を考えている。

「授業をもっとオープンにして、外部の人にも入ってきてほしいと考えています。保護者でも、地域の方でも、外国の方でも大歓迎です。いろいろな人と授業を作り上げることで、予定調和ではない学びを促進したいと考えています」

2019年からは地域や学校の枠を超えて教師が集まり、ICTについて学ぶ公開勉強会「Use ICT in Education@Ichimura」も主催している。そこで生まれた他校とのつながりから、コラボレーション授業が実現することもあるという。

中川教諭がもっとも大切にしている教育理念であり、折に触れて生徒に伝えているメッセージが「消費者ではなく、クリエイターであれ」ということだ。先生がいないと教えてもらえないのではなく、自分たちで判断して何ができるかを考え、クリエイティビティを発揮して自律的に実行すること。それこそが中川教諭の目指す理想の教育であり、その実現にはiPadが必要不可欠なのだ。

 

 

生徒たちはiPadを自由に活用し、課題に取り組む。イラストを描いたり、動画や写真を撮ったり、音楽をつけたりと、やり方は生徒にまかされている。あらゆる表現が可能なiPadを1人1台配付されているからこそ、生徒のクリエイティビティが発揮されるのだ。

 

 

こちらも国語の授業の一環で作成したもの。「白いぼうし」という物語を宣伝するためのポスターや動画づくりに取り組んだ。図は、プログラミングツールの「Springin'」を活用した動くポスターになっている。

 

 

中川教諭も度肝を抜かれたという生徒作品。Keynoteのリンク機能を活用したクイズ形式のアプリだ。同作品を作り上げた生徒は周囲からの評価を受けて自信をつけ、その後は人前に出ることも厭わない積極性を身に着けたという。

 

 

日本史の授業で「デモクラシーの進展」をテーマに動画を作成する課題が出た際、とある生徒グループが提出した作品。メンバー全員が自宅にいながら、Zoomを活用することで見事に動画形式にまとめた。Zoomを使う発想には中川教諭も感心したという。

 

 

好きな国を選んで調べ、その国を旅行する人に向けてパンフレットを作成するという課題。スウェーデンを選んだとある生徒は、Google Earthを画面収録することで日本とスウェーデンの距離感などを表現してみせた。パンフレットのデザインも生徒自身が一から作り上げており、中川教諭を驚かせた。

 

中川琢雄教諭のココがすごい!

□テクノロジーに不慣れながらシステム担当となりICT教育を推進
□iPadを活用した授業で生徒のクリエイティビティを引き出す
□ADE研修での経験を活かしてさらなる授業改革に取り組む