どうしてVision Proが革新的なのか|MacFan

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どうしてVision Proが革新的なのか

文●松村太郎

2月2日、いよいよアメリカで、アップルの空間コンピュータ「ビジョンプロ(Apple Vision Pro)」が発売されました。ビジョンプロ本体には、片目ずつに4K有機ELスクリーンが配置されており、とくに文字を表示した際の高精細さは驚くべきものです。Macの画面を空間に配置して外部ディスプレイとして作業しても、ドットの粗さが気になることはありません。そして、映像と音声を含めた空間把握と再現の能力、没入感、現実の部屋を簡単に行き来できるインターフェイス、視線を用いた新しい操作方法、いずれも過剰なほどに完璧さを求めた結果が、3499ドル(約52万円)という価格にも現れています。

そんなビジョンプロが、世の中のコンピューティングを変えるか?と言われると、実際に使っていても正直なところ、実感と確証を得ることはできません。

それぐらい、これまでのコンピュータとの連続性は、なんとなく慣れ親しんでいるiPad風のアプリの画面くらいなもので、「視線」というポインティングデバイスも、指をつまむようなジェスチャのタップも、まったく新しいコンピュータという存在でしかありません。

それ以上に、MacBookエアやiPadプロと同じ処理性能を持ち、これまで以上に高精細なディスプレイを備えるコンピュータを、常に頭に装着し続けてまで行うこととは何だろう?という疑問に、現段階で答えてくれるアプリケーションはまだビジョンプロに存在していないでしょう。しかし、いくつかの示唆を得ることもできます。

これまでのコンピュータは、スマホも含めて、「ディスプレイサイズ」が存在していました。ノート型で13インチ、一体型デスクトップで24インチ。これを拡張したければ、27インチや32インチのディスプレイを追加して、作業領域を増やします。スマートフォンで6インチ、タブレットで10インチ。これらは基本的には拡張できませんでした。

コンピュータの作業環境は、ディスプレイそのもののサイズの「デスクトップ」によって規定され、その考え方はモバイルデバイスにも踏襲され、iPhone登場以来17年間変わっていなかった、ということです。

確かにiPhoneは、コンピュータをポケットに入れて持ち歩き、どこでもインターネットを使いこなすことができる革新的なデバイスでした。しかしコンピュータのディスプレイとデスクトップの関係で見ると、1984年に登場した初代Macintosh以来の概念、つまりディスプレイ=デスクトップという考え方を、変えるほどのものではなかったのです。そう考えたとき、ビジョンプロの革新性がようやく理解できるようになります。

ビジョンプロに映し出されるのは現実もしくは仮想の空間そのものであり、そのなかにディスプレイという枠はありません。すなわち、40年間とらわれ続けてきたディスプレイと作業領域の関係性を、取り去ることに成功したはじめてのコンピュータと言えます。

日本では部屋のサイズに制約がありますが、それもビジョンプロのダイヤルを回すと、半分仮想空間に頭を突っ込んで、無限の空間を得ることができます。前方は仮想空間、後方は実空間みたいな使い方にも対応するようになり、やはり実空間にとらわれず、コンピュータを使う「領域」を確保できるようになります。

それだけに、ビジョンプロが世の中のコンピュータをガラリと一変させるかは「わからない」のです。スマートフォンではなかった、ディスプレイと作業領域に関する根本的な変化が起きているという事実。これが一般的になるかどうかは、もう少し時間が必要だと考えています。

 

Apple Vision Proは、視線と手の動きで操作します。「見る」という動作が操作の一環となっており、また指の位置を問わないため、より直感的なユーザインターフェイスになっています。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。