Apple Watchで心不全の早期発見を目指す東大病院の臨床研究|MacFan

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Apple Watchで心不全の早期発見を目指す東大病院の臨床研究

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

がんよりも多い「心不全」。患者がつらい思いをするだけでなく、医療費を圧迫し、高齢化社会の問題でもある。そんな心不全予防についてAIを構築し、研究を実施する東大病院。使用するのはApple Watchだ。こうした状況を指し「医療が病院の外に出ていく最初のタイミング」と表現する研究責任者の医師を取材した。

 

 

がんよりも多い患者数

日本が直面する高齢化により、増え続けている病気が「心不全」だ。

現在、患者数は推計で約120万人と、がん(約100万人)を超える値になっている。心不全とは、血液を全身に送る心臓のポンプ機能が、さまざまな原因により、正常に機能しなくなる状態のことを指す。

その原因と見られているのは、生活習慣の欧米化に伴う虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症など)の増加や、高齢化による高血圧、心臓の弁膜の異常の増加など、社会や人間の肉体の構造的、根本的な問題。簡単には解消できないものだ。

特に高齢者の心不全は、完治することがない。予後が悪く、入院、退院を繰り返しながらQOL(生活の質)が低下していく、つらい病気と言える。同時に、かかる医療費も増え続けるため、今後の医療経済の大きな負担になると考えられている。

一方で、予防による効果は高いとされ、未然に防ぐための対策が急務だ。

国内トップの臨床研究機関の一つである東京大学医学部附属病院が、心不全の患者に対して、再発予防(二次予防)を目的とする治験を行うのは、このような背景による。

並行して、同院は現在は健康な人が、将来、心不全になることを未然に防ぐ(一次予防)ための研究にも取り組む。そして、その研究に利用されているのが、国内でも医療機器として認証されているアップルウォッチ(Apple Watch)だ。

 

 

東大病院は、国際水準の臨床研究等の中心的役割を担う臨床研究中核病院。医療イノベーションに資する臨床研究や、最適な医療が選択できるような科学的根拠を形成する臨床研究を推進。また、他学部との連係による新たな研究プロジェクト、トランスレーショナルリサーチ、最新のテクノロジーを取り入れた研究の推進を図る。 [URL]https://www.h.u-tok yo.ac.jp

 

 

 

東京大学大学院医学系研究科、先進循環器病学特任准教授の藤生克仁医師。東京大学医学部附属病院不整脈センター・センター長。2005年東大大学院医学系研究科修了、博士(医学)。循環器専門医。同大医学部附属病院循環器内科助教などを経て現職。循環器臨床に加え、心不全死、心臓突然死の病態解明の基礎的研究、新規治療法開発に取り組む

 

 

「心不全検知AI」開発

「今回の臨床研究は、心不全の一次予防を目指すAI(人工知能)アルゴリズムの確立を目的としています」

東京大学大学院医学系研究科・先進循環器病学特任准教授であり、研究責任者の藤生克仁医師はこう説明する。すでに心不全と診断された患者ではなく、それ以外の人が心不全になることを防ぐ目的の研究は、国内では珍しい。

今回の研究には、ベースとなった研究が存在する。それは、同院が行っている、息切れやむくみなどの心不全の自覚症状についてのアンケート結果と、アップルウォッチの心電波形を使用した心不全検知AIの結果を比較する研究だ。

ここで使用される心不全検知AIは、同院と医療AIベンチャーであるシンプレクスクオンタム(SIMPLEX QUANTUM)株式会社が共同で開発したもので、心電波形データを基に心不全の重症度を判定する。

学習データとして、2013年から2020年までの同院患者の心電図データが使用された。このAIが「まだ心不全と診断されていない人でも心不全の兆候を捉えられるか」などの性能を評価するため、今回の研究を行う。

研究は2023年10月に開始され、終了は最長で2024年12月末。目標参加人数5000人の大規模なものとなる。参加者はアップルウォッチで計測する心電図を提供するほか、身体活動能力や既往歴、生活習慣に関するアンケートに回答する。

 

一般の参加者を募集中

同院はこの研究「スマートウォッチを用いた身体活動能力とAI出力の関連性を検討する大規模臨床研究」の参加者を募集中だ。参加できるのは年齢が22歳以上の日本在住者になる。

ここまで説明したような研究の目的から、参加者は生活習慣病などの有無を問わず、広く一般を対象としている。参加条件は心臓ペースメーカーを装着しておらず、心電図が取得できるアップルウォッチおよびiPhoneを所持していることだ。

研究では個人名や年齢、性別、身長、体重などの個人情報、iPhoneの標準「ヘルスケア」アプリで記録される歩数、心拍数、心電図解析結果、心電図波形などの情報が、プライバシーに配慮して収集、利用される。

参加者は同院とシンプレクスクオンタムが開発した無料アプリ「ハートヘルスモニター(Heart Health Monitor)」を使用する。ダウンロードし、アプリ上で説明を受け、研究参加への同意を行い、研究開始となる。

このアプリは医療を提供するものではなく、心不全のAI診断結果は確認できない。ただし、研究グループがデータから「心不全が強く疑われる」と判断した場合、希望する参加者のみに、連絡と追跡調査による見守りを行うという。

なお、「ハートヘルスモニター」アプリには、アップルの医療や健康に関する研究を目的としたアプリケーションを通じて、iOSデバイスで簡単にデータを収集することを可能にするフレームワークである「リサーチキット(ResearchKit)」が採用されている。

 

医療を病院外に広げる

藤生医師によれば、従来、心電図から心不全は検出できないと言われてきた。しかし、藤生医師らが開発したAIであれば、心不全を検知できるという。アップルウォッチのようなデバイスの心電図の測定精度も向上し、心不全予防の機運は高まる。

  「医師は基本的に、病気になった人しか診られません。病気になる前の段階でそれを防ぐというのは、医師であれば多くが望むはずのことです。一方で、適切に病気の予備軍を拾い上げることができないと、過剰な受診につながります。スマートウォッチのようなデバイスや、AIのテクノロジーの進化により、そのスクリーニングが飛躍的に効率化されたといえます。今は医療がある意味で『病院の外に出ていく』最初のタイミングになるのではないでしょうか」

すでに心不全と診断された患者からは、装着したペースメーカーから、豊富な情報を取得できる。一方、本来は予防が重要であるはずの心不全を発症する前の人からは、これまで何の情報も得られなかった。

そのジレンマを取り除くのが、もっとも身近な医療機器となったアップルウォッチのようなデバイスだ。本来アプローチしづらい構造的、根本的な医療の問題は、「スマートウォッチの普及」というまったく別の方向から、解消の糸口が見つかりつつある。

 

 

Heart Health Monitor

【開発】The University of Tokyo
【価格】無料
【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

Apple Watchで測定した心電図から、心不全検知AIが判定した心不全の重症度と、身体活動能力に関するアンケート結果を比較する研究のために開発されたアプリケーション「Heart Health Monitor」。心不全検知AIは、東京大学医学部附属病院とSIMPLEX QUANTUMが共同開発した、自宅などで測定した日々の心電波形データから人工知能を使用して心不全の重症度分類を判定するプログラム。[URL]https://simplex-q.com/apple/

 

 

「Heart Health Monitor」では心拍数、脈の乱れをセルフチェックできる。心不全のAI診断結果は確認できないが、研究グループが症状や心電図のAI診断から心不全が強く疑われると判断した場合、通知を希望した参加者のみに、個別の連絡と追跡調査によるアフターケアを実施する。

 

 

参加者はApple Watchを使用し、登録日から7日目まで毎日、および30日目、60日目、90日目に30秒間、心電図を計測。そのデータや臨床情報等に基づき、心不全検知AIが心不全の有無と心不全の重症度を判定し、結果を医師に通知する。心電図計測とアンケート回答の所要時間は各2分程度。

 

「Heart Health Monitor」のココがすごい!

□東大病院が医療AIベンチャーと「心不全検知AI」を共同開発
□現時点で健康な人への性能をチェックするため研究参加者を募集
□希望者には心不全が疑われたとき病院から連絡、アフターケアも