40年越しで考える「コンピュータは知の自転車」論|MacFan

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40年越しで考える「コンピュータは知の自転車」論

文●松村太郎

2024年1月24日をもって、Macintoshは40周年を迎えます。スティーブ・ジョブズは初代Macintosh発売前の1980年、ドキュメンタリー映像のインタビューで、「コンピュータは自転車のようになるべきである」という話をしていました。

幼少期に読んだ科学雑誌の試算で、人間の移動能力は動物の中で下位にあるのですが、自転車を使うことで、最上位にいるコンドルをはるかに凌ぐ能力を得ることができることが印象的だったとジョブズは語っています。

人間は道具を作り出す存在であり、道具は人間がもともと備えている能力を大いに拡張するものだという前提に立って、コンピュータは脳みその能力を飛躍的に高める、“知の自転車”のような道具であるとしたのです。

この1980年のインタビューは非常に興味深いものがありました。ジョブズはコンピュータによって、人々の働き方が様変わりする可能性も指摘しています。たった15分でセットアップできるコンピュータをネットワークに接続すれば、場所も、権限も、ヒエラルキーも関係なく、非常に効率的で生産性の高い仕事を一緒に行うことができるというのです。

現在から考えれば、リモートワークの姿そのものですが、ズーム(Zoom)もフェイスタイム(FaceTime)もグーグル・ワークプレイス(Google Work
place)もない40年前に、そうした未来を考えていた、イメージしていたことは、今更ながら、ジョブズがビジョナリーだったことを再認識させられるのです。

では、我々の現在の仕事は、果たしてそこまでシンプルに、人間の能力を拡張してくれる道具を使いこなせているでしょうか。コンピュータを使いこなすために膨大な量のマニュアルやハウツー本を読み、個人でコンピュータを使いこなすスキルを身につけます。

しかし、周りの人間も同じようなスキルレベルにならなければなりませんし、取引先がファクスとハンコの世界に閉じこもっていれば、いくら自分や自分の会社がデジタルやコンピュータで効率化しても、取引となれば生産性がまったく発揮されなくなってしまいます。

このエピソードは、実際に身の回りで起きているDX(デジタルトランスフォーメーション)の失敗事例そのものではありますが、人々は変化を嫌い、効率化はすなわち自分の仕事が奪われる、危機感を覚えるべきこと、という捉え方で、複雑で煩雑な仕事のまま硬直化し、疲弊していくことが多くあります。

ではなぜ、人々は複雑なままの状態を良しとするのでしょうか。ここで、ジョブズのもう一つの言葉を引用したいと思います。それは「シンプルであることは、複雑であることよりも難しい」というフレーズです。

実は、シンプルにすること、シンプルであることは難しく、放っておけば複雑化し、その状態でいるほうが楽になっていく、というジレンマを抱えているのです。継続的に努力を重ね、思考をクリアにし、シンプルであろうと努めなければ、シンプルのままではいられません。「だけど、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動かせるからだ」とジョブズは続けています。

コンピュータを含め、身の回りの道具が、自分をいかに拡張してくれるのか。あくまで自分主体で判断する視点を忘れないことは、道具をシンプルに使いこなす最大のコツと言えるのかもしれません。

 

スティーブ・ジョブズの1980年のインタビュー動画は、コンピュータ歴史博物館のYouTubeアカウントで視聴できます。【URL】https://youtu.be/GfxxRKBgos8?si=FIY_m90s9rOVfJf6

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。