ダグラス・ラシュコフ氏が見つめるテクノロジー民主化と人間性回復|MacFan

Command+Eye

来日記念講演と単独インタビューから氏の哲学を紐解く

ダグラス・ラシュコフ氏が見つめるテクノロジー民主化と人間性回復

文●大谷和利写真●大谷和利

Mac Fan独自の視点で、アップル周辺の最新ニュースや話題に切り込む!

著名なメディア理論家で、デジタルテクノロジーと文化に関する思想家でもあるダグラス・ラシュコフ氏が来日し、2023年12月6日に著作『デジタル生存競争』の出版記念講演を行った。講演の模様と単独インタビューをとおして、氏の哲学を紹介していこう。

 

日本への親しみ

ラシュコフ氏の講演は、近著『デジタル生存競争』を出版した株式会社ボイジャーとの出会いのエピソードから始まった。2010年、デジタル社会に対する姿勢を読者に問いかけた書籍『ネット社会を生きる10カ条』(原題=Program or be Programmed= Ten Commands for a Digital Age)を執筆したとき、彼はORブックスという小さな出版社に足を運んだ。オンデマンド出版を手がけ自社で販売する同社は、多額の手数料を取るアマゾンとは無縁の存在だ。そのため、自著を望ましい読者に適切な価格と倫理観をもって届けられる。ORブックスの共同出版人であるジョン・オークス氏は同じ志を持つボイジャーと親しかったため、ラシュコフ氏も親交を深めていったそうだ。

実は、氏のテクノロジーに対する原体験は日本製品にある。10歳のときに買ってもらったソニー製トランジスタラジオや、任天堂とセガのテレビゲーム、ニューヨーク大学の教授となった頃に販売開始されたソニー製のビデオレコーダ「ポータパック」などが、彼にテクノロジーの素晴らしさを印象付けたそうだ。一方、1950~60年代の日本の怪獣映画からは、テクノロジーが暴走したときの危険性を学んだという。

デジタル社会の負の側面に切り込むラシュコフ氏は、アメリカでは疎外感を味わうこともあり、出版テクノロジーの民主化を推進するボイジャーのある日本に来ると、ホームチームに戻ってきたような気持ちになるとも語った。

 

 

デジタル生存競争
[著者]ダグラス・ラシュコフ [訳]堺屋七左衛門
[定価]2200円 [発売]ボイジャー
[URL]https://store.voyager.co.jp/publication/9784866892948
ダグラス・ラシュコフ氏の最新の著作。資本主義とデジタル技術の進化が少数の富裕層に有利に作用し、社会的不平等を拡大する現状に警鐘を鳴らし、より公正で持続可能な社会を目指すための道筋を探っている。

 

 

冒頭、挨拶に立った株式会社ボイジャーの代表取締役社長・鎌田純子氏。かつてMacとの出会いで人生が変わり、仲間とともに同社を設立したエピソードや、黎明期から現在に至る電子出版の苦労と喜びを語った。また、ラシュコフ氏の主張に賛同し『デジタル生存競争』を含む著書の日本版を出版するに至った経緯を説明した。

 

 

インターネットの本来の姿

ラシュコフ氏の元には、投資家や銀行家、億万長者たちから講演の依頼が寄せられるが、彼らの関心事が「テクノロジーでお金を稼ぐ方法」にしかないことに辟易するという。そして、近著『デジタル生存競争』の冒頭にも書かれている「砂漠の真ん中の豪華リゾートで5人の投資家たちのために行った講演」のエピソードを披露した。

そこで出会った人たちは、人類が作り出したテクノロジーの副作用ともいえる気候変動や原発事故、電磁パルスなどから逃れるための地下壕や、安全な場所への移住計画で頭がいっぱいだった。そのことは、ヒューマニストである氏を落ち込ませ、「デジタル生存競争」執筆の原動力となったという。

氏には、「インターネットは本来、人が自分自身や友人のために新たな価値を創造できるようにするためのもの」だという思いがある。そのため、一部の人間がほかの人々から情報を引き出すために使っていることを嘆く。たとえば、スマートフォンはあなたがスワイプするたびに情報を吸い上げている。氏は、ほかにも数多くの経験に基づく逸話や例えを披露し、テクノロジーの誤用と企業家のエゴが、人類を受動的で不幸な存在に貶めていることを指摘した。

残念ながら、そのすべてを紹介するにはスペースが足らない。当日の映像は、2024年1月以降にボイジャーが運営するWebサイト「理想書店」で公開される予定なので、氏の肉声と巧みなストーリーテリングをぜひ追体験していただきたい。

最後に、氏が講演の最後を締めくくった言葉を引用しよう。

「デジタル時代が与えてくれるチャンスは、人間にとって真のルネサンスといえるものです。そして、それは私たち一人ひとりの指先が主導権を握っています。(中略)火星への移住など考えずに、私たちのホームである地球という惑星で生きる場所を取り戻すことを目指しましょう。そうすれば、ハイテクのビッグブラザーたちが描く終末的な幻想に巻き込まれることなく、次の時代を生き抜いていけると信じています」

 

 

プレゼンテーションスライドなどは使わず、話術とジェスチャによって聴衆を惹きつけるラシュコフ氏。約1時間15分のスピーチは長さを感じさせず、次々に繰り出される逸話や鋭い分析に、皆が耳を傾けた。講演の模様は「理想書店」で公開予定だ。
[URL]https://store.voyager.co.jp/special/survival

 

 

ラシュコフ氏の講演後には、過去の氏の著作『ネット社会を生きる10ヵ条』、『チームヒューマン』に続いて『デジタル生存競争』の翻訳も担当した堺屋七左衛門氏も登壇。「分かりやすくて面白い部分と、複雑で難しい部分が入り混じる興味深い内容」だと評した。

 

 

 

SPECIAL CONTENTS
ダグラス・ラシュコフ氏 独占インタビュー

ラシュコフ氏の講演に先立ち、独占取材の機会を得た。ここからは、より深く氏の哲学に踏み込むことができたインタビューの模様をお届けする。

 

Q●持続可能な世界を作るうえで、日本企業の取り組みをどう見ていらっしゃいますか?

A●日本企業は、指数関数的に成長するアメリカ型の資本主義を試みて失敗したと感じる。ソニーが過去にコロンビア映画を買収したり、アップルのPowerBook 100の設計・製造を担当したこともあった。一方で、アメリカと同じにならないことはある意味で健全だ。巨大になりすぎるとビジネスを適切に行うことが難しくなるため、私はシリコンバレーのような道を歩まなかった日本企業を尊敬している。

Q●ご自身も、テクノロジーを楽観的に捉えていた時期もありましたが。

A●たしかに、1988年から1992年まではスティーブ・ジョブズと同様に、ハイパーテキストやシェアウェアとヒッピーやサイケデリック・カルチャーの融合によって人間の想像力を集めて創造力を解き放てるものと思っていた。ハイパーカード(HyperCard)もそのためツールだった。しかし、ハイテク企業も市場拡大のために投資家を集める必要が生じ、インターネットも資本主義に侵食され、SNSはすべて監視・データ企業へと舵を切ってしまっている。

Q●教育の役割について、どのように考えられていますか?

A●子どもを電子機器に委ねれば、SNSの言いなりになっていく。また、STEM教育も、テクノロジー企業で働く労働者を育成しているようなものだ。その意味で私は、事前に家庭でユーチューブ(YouTube)などを使って調べ物をして、学校では議論や交流主体の学びを行う「反転授業」を支持している。

Q●インターネット上で活躍している、インフルエンサーについてどう思っていますか?

A●SNSで人気を得ることは、古代ローマの奴隷が宝くじで自由を得ていたことに近い。パリス・ヒルトンは、ほかの専門的な仕事ができないという意味で純粋なインフルエンサーだったともいえる。フェイスブック(Facebook)の「いいね」ボタンを考案した人に会ったとき、彼は「いいねの数というメトリックス」で人間を数値化したことをひどく後悔していた。

Q●AI(人工知能)についてはいかがでしょうか?

A●AIが人々を結びつけたり、人々に自由な時間を与えられれば良いことだと思う。しかし、人間のためのツールやエージェントではなく、パーソナライズされた広告を自動生成するような使われ方が続けば、文明が崩壊するか、人々がそれに気づいて変化を促すことになるだろう。

Q●数あるIT企業の中で、アップルはほかと違う道を歩んでいると思いますか?

A●少なくともアップルは、対価を支払うことで私たちが余計な心配事をせずに済むようにしており、ティム・クックは資本主義を人類の優先事項の解決に利用しようとしていると感じる。ただし、指数関数的成長を示し続けようとするなら問題だ。アップルが持続可能な成長の道を見つけられるなら、それは特別な意味を持つだろう。

 

 

ダグラス・ラシュコフ
1961年生まれ。米国ニューヨーク州在住。第1回「公共的な知的活動における貢献に対するニール・ポストマン賞」を受賞。『サイベリア(原題:Cyberia)』、『ブレイク・ウイルスが来た‼(原題:MEDIA VIRUS!)』、『グーグルバスに石を投げろ(原題:Throwing Rocks at the Google Bus)』、『ネット社会を生きる10ヵ条(原題:Program or be Programmed)』など多数の著作を持つ。詳細は著者サイトをご覧いただきたい。 [URL]https://rushkoff.com/