AIの心理的安全性と教育的価値|MacFan

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AIの心理的安全性と教育的価値

今回は、先日鹿児島県で行われた眼科の学会において拝聴させていただいた、広島大学の田淵仁志先生による講演内容をもとに、AIが持つ心理的安全性と教育に関する新しい可能性について、私なりの視点と解釈も加えて紹介したいと思います。

「心理的安全性(psychological safety)」とは心理学用語で、自分の意見や気持ちを安心して表現できる状態のことを指します。たとえば職場でメンバーがどのような言動をとってもチーム内で拒絶されない状態であり、心理的安全性の低下が重大な事故につながる介護や医療領域において、昨今特に注目されているキーワードです。

グーグルによる自社の生産性向上の調査で注目を集めるようになり、私の本職である、働く人の健康の維持増進を目指す産業保健分野でも、労働生産性に関連した重要なテーマとなっています。

先に挙げさせていただいた田淵先生はAIによる画像認識を用いて、手術患者の氏名や手術眼の識別などを行っています。人間には回避しがたい「バイアス(潜在的な思い込み)」が存在する人間のヒューマンエラーをAIで軽減すべく、検証を行っているのです。

AIは人間と違い、権威に対する忖度や、緊張や疲労による思考力、判断力の低下がなく、極めて冷静に状況を判断します。このことは間違いを指摘されることや拒絶されることを真に恐れない、究極に心理的安全性が高い医療スタッフになり得ることを意味しています。

すべての仕事をAIにまかせるのではなく、バイアスや疲労・緊張が伴うシーンに限定して、初動作業をAIによるスクリーニングを行うことが、間違いが許されない領域の業務のトレンドとなる可能性があります。

また「患者は教科書である」という表現があるとおり、医者は多くの患者を診察することで経験を積み、自己研鑽する必要があります。教科書で病気を勉強するのと、目の前の患者さんを診断することは異なる内容も多いからです。

その一方で、稀な症例などの場合は教科書や学会発表で数例経験することしかできず、個人情報の観点からも、多くの症例を医療者間で共有するのが難しい現状があります。そのような状況に対して、田淵先生は画像生成AIを用いて擬似症例を作成し、医療者の画像診断のトレーニングを行っています。

逆転的な発想や方法論にも驚かされましたが、撮影条件などにより診断精度が下がる画像認識AIよりも、トレーニングをした人間のほうが、最終的に識別精度が高かったのだそうです。その結果を踏まえると、人間にしかできない状況把握の能力をもっと伸ばすということが、今後人間が担当すべき業務の可能性を広げることにつながるのだと感じます。

著作権の問題など、生成AIの活用にまだまだ課題が多いのは事実です。心理的安全性が高い医療スタッフとして、スクリーニング役や、個人情報の取り扱いが多い分野での擬似画像による教育素材生生成という画期的な活用方法は、ほかの分野においても今後とても重要になる可能性があります。

緊張や疲労などからくる機能低下や、潜在的な思い込みによる判断ミスを減らすための「相棒」として、AIを味方につけていきましょう。人の持つ、まだ可視化されていない状況把握能力の高さの再開発が、今後我々が安心して、豊かに働き生きていくためには必要なのだと感じます。

 

AIを「仕事を奪う敵」にするより、「心理的安全性を高める助っ人」に。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。