ジョブズの顧客体験|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

ジョブズの顧客体験

文●松村太郎

ディアドラ・オブライエン氏は、アップルで直営店およびオンラインストアを担当するシニアバイスプレジデントです。彼女は世界各国を訪れると、できるだけその土地にあるアップルストアに足を運び、スタッフと交流をするといいます。周りのスタッフから「業務に対する使命感を超えて、人生を捧げる対象になっているかもしれない」と言わしめるほどに、彼女はストアでの時間をできるだけ長く取り、大切にしているのです。

そんなオブライエン氏は、ティム・クックCEOと同様に、これまでのキャリアでサプライチェーンに携わってきました。そのひとつが、2001年にオープンした世界第1号のアップルストアのプロジェクトです。

オブライエン氏に当時の様子を聞いてみると、直営店オープンを進めてきたスティーブ・ジョブズがこんなコンセプトを掲げていた、と振り返ります。

「『顧客体験にフォーカスする』ことを、アップルストアの第一の優先事項にすると強調していました。1店目に大きな情熱を傾けたスティーブ・ジョブズは、顧客に学びを与え、つながりを作り、あらゆる人に提供したいサービスを伝えるということを、アップルストアのビジョンとしたのです。アップルが持つ創造性と革新性への情熱という、社員が日々感じている思いを、顧客にも感じてもらうことを目指すという点は、今後も変わらないでしょう」

より客観的にアップルストアを振り返ってみると、アップルが2001年以降、iPod、iPhone、iPad、そしてアップルウォッチ(Apple Watch)と、まったく新しいカテゴリの製品を登場させるたびに、“論より証拠”とばかりに、顧客たちが新しい製品を体験することができる拠点として機能してきた歴史があります。

何か新しい物事を始めるとき、それを広く顧客に受け入れてもらうとき、これらに実際に触れてもらうための場所が必要になります。アップルも、製品を起点としたマーケティングである「プロダクトアウト」の企業でしたが、ジョブズはそれを十分に理解したうえで、「普及・啓蒙するための場所を作らなければ、わかってもらえない」と判断したのです。裏を返せば、そういう拠点さえあれば、のちのち「イノベーション」と言われる製品を提案するチャンスに恵まれるということに気づいていたのではないでしょうか。

そして、2024年1月から、アメリカのアップルストアで、新たな提案が始まります。そう、アップル・ビジョン・プロ(Apple Vision Pro)が発売されるのです。オブライエン氏は、直営店を、まったく新しい空間コンピューティングデバイスを思う存分体験することができる場にしようとしています。

近年のアップル製品、そしてアップルストアでの体験を「異例の顧客体験」と評しているオブライエン氏。ビジョン・プロのデモのためには、おそらく今までとは異なるスペースを店内に用意しなければならないはず。そこでどのようなスペースを用意することになるのか、非常に興味深いものがあります。そして、それは今後発売されるヘッドセット型デバイスの「店頭での顧客体験」のスタンダードになっていくのではないでしょうか。

オブライエン氏は、日本のストアの増加計画については触れませんでしたが、建て替えを進めているアップル銀座のオープンめどを「2025年後半」と言及していました。おそらくビジョン・プロの体験も含めた、新世代の店舗になることが期待されます。またひとつ、アップル体験の楽しみが広がりそうです。

 

アップルのシニアバイスプレジデント、ディエドラ・オブライエン氏はアップルに30年以上務めているベテランで、長年にわたりサプライチェーンのチームを率いてきました。2001年にアメリカでオープンした「Apple Store1号店」の立ち上げメンバーでもあります。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。