“AIに愚痴をこぼせる”アプリの人気に見るメンタルヘルスの必要性|MacFan

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“AIに愚痴をこぼせる”アプリの人気に見るメンタルヘルスの必要性

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

OECD(経済協力開発機構)の国際調査では、国内のうつ病・うつ状態の人の割合がコロナ禍の2020年に17.3%まで増加。「メンタルヘルス」は日本の大きな社会課題である一方、これまであまり公に語られてこなかった経緯もある。当事者としての経験を持ち、AIなどテクノロジーを駆使して、それを解決しようとする起業家に話を聞いた。

 

 

「つながらない」アプリ

「日本でもメンタルヘルスケアを一般的にしたい」。そんな想いで2019年に起ち上げられたエモル(emol)株式会社。創業者でCEOの千頭沙織氏は、自身も精神的な不調に悩まされた経験を持つ。

エモルが提供するのが、同社の社名と同じ「人とは一切つながらない」アプリである「エモル(emol)」。感情を記録し、AI(人工知能)と会話することで、自身の感情と向き合う。現在までのダウンロード数は約40万で、ユーザは約8割が女性。特に20~30代が多く利用しているという。

「X」(旧ツイッター)の迷走がこれほどまでに話題になる、逆に言えばいまだSNS全盛のこの時代に、なぜエモルは「つながらない」ことを打ち出し、ユーザの支持を集めるのか。メンタルヘルスという社会課題について、その解決を図ろうとする同社の事業内容とあわせて、千頭氏に話を聞いた。

 

 

2019年3月創業のemol株式会社。メンタルヘルスケアを“当たり前”にし、健康な社会を創ることを理念に掲げる。デジタルの力で精神療法へのアクセシビリティを向上させ、テクノロジーを通じて精神療法を広く普及させることを目指す。 [URL]http://emol.jp

 

 

 

emol株式会社のCEO・千頭沙織氏。AIチャットボットで認知行動療法をするサービス「emol」をはじめ、精神疾患治療用アプリ、メンタルヘルスケアサービスを開発。

 

 

AI「ロク」が愚痴を聞く

エモルのユニークな点のひとつが、AIキャラクター「ロク」の存在だ。いわゆる“中の人”は千頭氏が担当しており、これはAIに学習させるにあたり「ほかの人にまかせるとキャラクターがブレてしまう」ためだという。性格は「少しおバカ」であるものの、「絶対的にユーザの味方」であるように設計されている。このロクがユーザに寄り添いながら、メンタルヘルスのセルフケアをサポートする。

ユーザはまず「かなしい」「びっくり」「もやもや」「むかむか」など9つの項目から自分の感情を選択。ロクを相手に、その感情についてチャットする。会話の内容はグラフなどで提示され、心の状態を客観視できる仕組みだ。ロクとやりとりするうちに「どうして自分はこんなにイライラしていたのか」と俯瞰し、落ち着くことができる。

ユーザはロクに愚痴を言ったり、人によっては怒りをぶつけたりするが、ロクは優しい言葉をかけ続ける。そんなロクにより「前向きな気持ちになれる」と好評だという。

加えて、CBT(認知行動療法)やACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)を参考にした、簡易的なカウンセリングやコーチングを受けられる有料のプログラムもある。

プログラムは1回約5分~15分ほどのセッションで、5回のプログラムを毎日1個ずつクリアする流れ。ロクが「心のケア」の方法について案内していく。エクササイズというメニューでは、音声や動画、ミニゲームなども盛り込まれた。

こうしたプログラムは早稲田大学人間科学部の大月友准教授と共同開発され、2021年3月には千葉県市原市協力のもと、アプリによる心理介入実験を行った。同市職員に対して2週間のプログラム利用と各種質問票の回答を求め、プログラムを実施した群に抑うつ・不安への軽減がみられたとしている。

また、2023年1月からは妊産婦の心の健康の促進を目的としたプログラム「エモル・フォー・マタニティ(emol for Maternity)」が神奈川県平塚市で正式導入された。こちらはエモルの妊産婦用プログラムで、一般公開はされていないが、実証実験で一定の結果が得られ、導入に至った。

同社としては今後もこうした「産後うつ予防」「小中学生のメンタルヘルス不調予防」などのための、ウェルビーイング・メンタルヘルスに関連する各種実証実験を、自治体や企業、教育機関で実施または予定している。

 

予防や治療につなげたい

千頭氏がメンタルヘルスを崩したのは大学生のころ。在学していた美大に通うことが難しくなり、就活に失敗。卒業後はエンジニアとしてプログラミングを身につけ、それがアプリ開発に活きた。「エモル」アプリが「つながらない」ことには、当時の経験が反映されているそうだ。

人と話すことが苦手な状態になり、SNSで「常に誰かとつながる」風潮も「しんどい」と感じた。後にアプリ開発のきっかけになったのは、親に相談したときに言われた言葉だったという。

「私自身にメンタルヘルスの疾患へのネガティブなイメージがあったためですが、親に『精神科に行ったら』と言われたことがショックで。そもそも人に相談することに抵抗があったから、なおさらでした。そのときを振り返ると、私としては、まず話を聞いてほしかった。そこで『人以外に相談できたらいいんじゃないか』と考えたんです」

そうして誕生したのが、前述のロクだ。「もちろん人に話を聞いてほしい人も多いと思う」と断ったうえで、「人が相手だと期待しすぎてしまう」と笑う千頭氏。そんな温度感が同じ属性のユーザに刺さっているとみられる。自分をターゲットに制作したアプリであるため、若年層の女性が多く、継続率も高いと説明する。

このような経験から、同社は現在、研究開発に注力している。マネタイズの柱は企業との協業で、BtoCの直接課金はあまり見込んでいない。それよりはエモルの取り組みの宣伝につながるように、なるべく無料で広く使われることを望む。得られた知見をベースに、メンタルヘルスの予防や治療領域にアプリを展開していくのが次の狙いだ。

予防用プログラムでは、AIではなく、認知行動療法のアルゴリズムに基づくチャットボットがケアをサポートする。また、実際にアプリを介して治療を行う場合は、カウンセラーなどの資格者がそれを担うことになる。資格者との相性や求める技術とマッチングする機会を増やし、治療が平準化されることも期待しているという。

学術的な監修は前述の大月氏が担う。千頭氏は「もちろん専門家の方の目は必要ですが、私のように当事者の見方が入ることのメリットもあると思います」と話す。

現在目指しているのが、前述の産後うつにフォーカスしたプログラムが、予防用として薬事承認されること。前例に乏しく、ハードルは高いが、平塚市と実証実験を行うのもそのためだ。

産後うつの予防に効果が得られれば、治療にもアプリの適用を拡大し、「将来的はうつ病やパニック障害、不安障害といった、メンタルヘルスのさまざまな領域に横展開していきたい」(千頭氏)とした。

 

 

emol

【開発】EMOL INC.
【価格】無料(アプリ内課金あり)
【場所】App Store>ヘルスケア/フィットネス

「emol」はAIと一緒に心のケアをするアプリ。2018年にiOS版が、2021年にAndroid版がリリースされた。感情を記録し、AIとチャットで会話。内容を記録する「ライフログ機能」、過去の記録を振り返ることでそのときになぜ何をそう思ったか自分で気づくことができる「メンタル分析機能」がある。

 

 

人的資本経営/ウェルビーイング経営を“従業員のこころの健康“の実現から支えるセルフプログラムを提供する専用アプリ「emol for Employee」。従業員一人ひとりがアプリ上でセルフヘルプ(専門家の助けを借りず、自身の問題を当事者で解決する)セッションを実施できる。

 

 

産後のメンタル不調に備えるACTプログラムを提供する専用アプリ「emol for Maternity」。妊娠中から専用プログラムを実施することで、ストレス耐性を高め、産後のメンタル不調のリスクを減らすことを目指す。

 

「emol」のココがすごい!

□AIキャラクター「ロク」との会話でユーザの悩みに寄り添う
□約40万ダウンロードされ、ユーザは若年層の女性がほとんど
□セルフケアだけでなく、メンタルヘルス疾患の予防や治療も目標