“学ぶって楽しい”を実現するiPadの文房具的活用|MacFan

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“学ぶって楽しい”を実現するiPadの文房具的活用

文●三原菜央

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

教育ICTのモデル地区として注目を集めている熊本県熊本市。GIGAスクール構想に先駆け、2018年度よりiPadを整備し、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下においては、いち早くオンライン授業を始めた。同市で小学校教諭としてユニークな授業実践を行い、現在は熊本市教育センターに勤務する山下若菜さんに話を聞いた。

 

 

いち早く教育ICTに投資

熊本県熊本市といえば、教育ICTのモデル地区として一目置かれる存在だ。GIGAスクール構想に先駆け、同市が教育ICT環境の整備にいち早く投資したのには理由があった。

一番のきっかけは、2016年4月に起こった熊本地震。地震で校舎が壊れてしまったため、学校を休校にせざるを得なかった。そのような状況に、大西一史市長が『教育は未来への礎づくり』だと、復興の1つの施策として教育ICT整備への投資が決まった。ICT環境は、学習指導要領全面実施の1年前に合わせて準備しており、2018年度に教職員に1人1台iPadが配られ、2019年度には小学生、2020年度には中学生に、3クラスに1クラス分のiPadが整備された。

当時、山下若菜さんは、iPadの先行導入校である楠小学校に勤務していた。偶然にも情報担当の校務分掌だったこともあり、2018年の夏休みに校長先生から「タブレットで授業してみてください」とiPadを渡されたのだという。

「そのときはiPhoneではない携帯を使っていて、タブレット自体もはじめて手にしたんです。当初は授業の一部にiPadを組み込むような方法を模索しましたが、導入サポートチームの方に、授業自体を変化させたほうがいいのではないか?とアドバイスを受けました。ちょうどそのときの社会の授業で、暮らしを守る消防署について学ぶ単元があり、Web会議サービスのZoomで教室と消防署をつないでみてはどうかというアイデアでした。そこでまず消防署に行ってみることにしたんです」

通常は授業準備の段階で教員が消防署に訪問することはないが、協力を仰ぐため消防署に出向いた山下さん。そこで目にしたのは、教科書に書いてある内容とは異なる光景だった。

「教科書には『消防車の入口の下に長靴や装備が置いてある』と書いてあるのに、実際にはロッカールームに装備一式が置かれていたんです。署長さんにお話を伺ったところ、滑って転んでしまうこともあり、場所を変えたということで、これは興味深いなと。そこで、実際に私が現地に赴いたからこそ得た気づきを、オンラインで教室と消防署をつなぎ、子どもたちにも体験してもらいました。すると、子どもたちならではの視点や問いが生まれたんです。わざわざ見学に行かなくても、ここまでできるんだとICTの可能性に気づく授業になりました」

 

 

山下 若菜

熊本市教育センター 教育情報班指導主事。熊本市立楠小学校、熊本市立龍田小学校を経て、2022年度より熊本市教育センターへ。2019年よりNHK for school「GIGA研」メンバーを務める。2021年度には熊本市小・中学校情報教育研究会の研究部長を務めた。Apple Distinguished Educator 2023。

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。 世界45カ国で2000人以上のADEが、Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。

 

 

平均点が大幅アップ

永山教頭は小倉小学校に赴任する前、枚方市の教育委員会で勤務していた。同市のICT教育モデルの作成にも関わり、iPadの利点を議会でアピールしていたという。

次に山下さんが挑戦したのは、国語の授業の定番「ごんぎつね」の単元で、アップル純正音楽制作アプリ「ガレージバンド(GarageBand)」を活用した授業だった。グループを作って「ごんぎつね」を朗読し、それをガレージバンドに取り込み、BGMを付けるという実践だ。

「ガレージバンドの機能を完璧に理解しているわけではありませんでしたが、まずはやってみようと思いました。そうしたら子どもたちのハマり具合がすごくて。友だちと協力して録音する必要があるので、間違えてはいけないという意識もあり、何十回も家で読んで練習するようになりました。BGMを入れるためには、今盛り上がる場面なのか、怖い場面なのかを捉える必要があります。最終的には、登場人物の気持ちを子どもたち同士で話し合って、効果音を付けていきました。出来上がった子どもたちの作品はどれも素敵でしたが、作品を作ることが目的ではないんです。ごんぎつねの世界に没頭する。そして、登場人物の気持ちを考えるということが目的なんですが、間違いなく全員が達成できたと感じました」

その効果は、テストの点数という形でも表れた。クラス全体で80点ほどの平均点が90点に上がったというのだ。興味を持って勉強すること、楽しんで取り組むことで、こんなにも子どもたちの可能性が広がることに山下さんは驚いたそうだ。

 

子ども主体の学びへ

iPad活用以前は、どんな授業を担当するときにも、子どもたちが受け身で取り組んでいる様子に課題を感じていた山下さん。ユニークな授業実践を繰り返していくうちに、iPadを使うことが目的の授業ではなく、徐々に授業デザインを考える中でiPadを文房具のように活用できるようになったという。熊本市立龍田小学校で勤務していた際には、課題を自分事とし、主軸を子どもたちにすることが重要なのではないかと考え、国語の授業の中で「フェアトレード」を探究的に学ぶことにした。

「プロジェクトが進んでいくうちに、当初想定していなかった企業とのコラボレーションも生まれ、実社会の参画にもつながりました。これまでは、最初から最後までしっかりと計画を立てないと不安でしたが、子どもの気づきや興味関心に合わせて途中経過は変わってもいい、一緒に探究していけばいいという教育観に変わっていきました。むしろこのほうが、学びが子ども主体になり、のびのびと大きく広がっていく感覚を得ました。また、楽しそうに学ぶ子どもたちと一緒に探究していると、私も“学ぶって楽しい”と思うことができました」

現在は、熊本市教育センターで教育情報班指導主事として働く山下さん。熊本市内の先生たちのICT研修をコーディネートしたり、「電話1本で指導主事が駆けつけます」というスローガンのもと、市内の学校でICTの困りごとがあった際に解決する仕事を担っている。iPadもアップル製品も使ったことがなく、ITに縁遠かった山下さんは、どのようにして教育ICTのプロフェッショナルに成長していったのだろうか。

「ADE(Apple Distinguished Educator)を目指すきっかけにもつながるのですが、iPadを活用した授業実践を調べていると、ADEの先生たちの発信が目に留まったんです。すごく興味深い実践をされている先生たちが全国にいらっしゃって、それを真似したり、アレンジすることから始めました。そうすると徐々に手応えが出てきて、マインドが変わっていったんです。私自身の体験からも、苦手意識のあることに取り組むうえで、マインドの変容は欠かせません。先生方に研修をする立場になり、マインドセットをどのようにすれば揺さぶることができるのかを考え、実践する日々ですが、やっぱり“楽しい”を最上位に据えることが大事だと考えています」

コロナ禍で停止していたADEの募集が今年再開し、晴れて山下さんはADEの認定を受けた。指導主事の立場だからこそできる手立てに奮闘する山下さんの今後に目が離せない。

 

 

消防署と教室をZoomでつないだ遠隔授業の様子。教科書ではわからない実際の雰囲気や、そこで働く人の声を聞くことができ、子どもたちの反応がまるで違ったという。

 

 

小学4年生の国語の教科書でおなじみの「ごんぎつね」を朗読し、その音声をGarageBandに取り込み、BGMを付けるという実践。目を見張るような学習成果も。

 

 

小学校6年生の国語「世界に目を向けて意見文を書こう」の単元で「フェアトレード」を学習。絵を描くのが好きな児童が、自身の学びを表現したデジタルアート。

 

 

教員研修の様子。授業支援アプリの活用に留まらず、Appleの純正アプリの使い方や授業でどのように活用できるかもレクチャーしているそうだ。

 

 

熊本市内の情報化推進チームの先生方の授業実践をPagesにまとめた授業実践集。小学校15実践、中学校5実践がまとめられている。
【URL】http://www.kumamoto-kmm.ed.jp/giga/katuyou/jissen/jissen.html

 

山下若菜さんのココがすごい!

□iPad初心者から一転、数々のユニークな授業実践を生み出している
□iPadを活用した授業実践によりテストの平均点の向上にもつながった
□“学ぶって楽しい”が生まれる子ども主体の授業デザインをしている