全日本空輸に学ぶ、iPadのモバイル活用術と業務改善DX|MacFan

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全日本空輸に学ぶ、iPadのモバイル活用術と業務改善DX

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

2020年、全日本空輸株式会社(ANA)では、空港旅客部門に所属する約9000名のグランドスタッフにiPadを配付した。搭乗客に対して、より迅速かつ正確に情報を案内するための環境を整えたほか、研修用の学習端末としても利用している。航空業界に従事する人以外でも、iPadのポテンシャルを引き出す活用方法からヒントが得られるはずだ。

 

 

業務マニュアルを即時確認

全日本空輸株式会社(ANA)では、客室乗務員や整備士など、多くの業種に対してiPadの導入を進めている。2020年4月には、空港旅客部門に所属する約9000人のグランドスタッフ全員にiPadを配付した。「グランドスタッフ」とは、空港内のカウンターでの航空券の発券や搭乗口での手続きなどを行うスタッフを指し、その業務は主に3つに分けられる。

1つ目は搭乗客が出発する前の業務で、航空券の販売や発券、搭乗手続き、手荷物預かり、搭乗口での案内/誘導。2つ目は空港に到着した搭乗客に対する業務で、手荷物の案内や遺失物対応。3つ目は、ほかの空港に勤務するグランドスタッフとの連携だ。車椅子を利用している搭乗客など、特に配慮したい搭乗客の引き継ぎ連絡や、便の遅延が発生した際の到着地空港への申し送りなどを行っている。iPadを活用することで、それらのグランドスタッフが担当する業務の質が大きく向上した。

特にiPadを利用する頻度が高い業務が、電子マニュアルの閲覧だ。たとえば、搭乗客が航空券を購入するルートはさまざま(同社のカウンターや公式Webサイト、旅行比較Webサイト、旅行会社の窓口やWebサイトなど)で、購入方法や運賃の種別によって便の変更可否や払い戻しの条件が異なる。そのため、搭乗客からの質問があった際や、便が欠航した際の案内時などには、マニュアルで複雑なルールを確認して応対することが必要だ。カウンターでの航空券の販売に関しても、航空機の種類によってはアームレストが可動式でない座席がごく一部存在する。車椅子での利用は難しいため、航空機特有の条件をマニュアルで確認したうえで対応する必要がある。マニュアルを確認する頻度や種類について、デジタル変革室・イノベーション推進部に所属する渡部由紀子氏はこう話してくれた。

「グランドスタッフは、暗記に頼った業務プロセスから、その場で検索/閲覧して判断する業務プロセスへの転換を進めてきました。業務連絡や複雑な手続きが必要になる場合、最新かつ正確に対応することを目的としています。グランドスタッフが使用するマニュアルも、お客様の手続きに関するものや航空機に関するものなど、多岐にわたっています」

なお、以前はカウンターに設置された専用端末でしかマニュアルを閲覧できなかったそうだ。たとえば、カウンターで順番待ちをしている搭乗客に質問されたときは、カウンターでマニュアルを確認し、また搭乗客の元に戻って回答していた。しかし、現在はグランドスタッフ全員にiPadが配付されており、勤務中はストラップで肩から下げて携帯している。手元にあるiPadでマニュアルをすぐに確認できるため、搭乗客への対応は飛躍的にスムースになった。同社のデジタル変革室・イノベーション推進部に所属する武内香菜子氏は、次のように話してくれた。

「以前は紙にマニュアルを印刷していましたが、改定のたびに刷り直す必要があって不便でした。これを電子化し、カウンターに設置された専用端末で閲覧していたので、標準化自体は進められていた状態です。さらに、これをiPadで閲覧できるようにして、改定されるとデバイスに自動的にダウンロードされるようにしました」

また、同じ空港内にいる同社スタッフ間の連絡ツールとしてもiPadが活躍している。かつては専用無線を用いて連携を取っていたが、利用できる回線はひとつだった。これをグループ通話アプリ「ボンクス・ワーク(BONX WORK)」とブルートゥース(Bluetooth)接続のイヤフォンに置き換えたことで、情報が1カ所に集中する状態から解放されたほか、複数のスタッフが必要な情報だけを取得/発信できるようになった。

さらに、空港内や機内で見つかった遺失物を撮影して記録するアプリを自社で開発した。問い合わせを受けたスタッフが検索して情報を確認できるため、対応のスピード感が向上している。また、空港をまたいだ自社スタッフとの連絡用にも自社でアプリを開発しており、申し送り事項の連絡もスムースになったという。

 

自宅研修をスムースに

コロナ禍において、同社でも従業員の出社が制限された。そのような中で、グランドスタッフとして勤務する予定の新入社員にiPadを配布し、動画や資料を使った自宅での研修を進めることになった。しかし、当初はうまくいかない部分もあったという。

「コロナ禍における感染対策の観点から集合研修を開催できなかったため、航空券の発券や予約確認を行うための専用端末を使った研修ができませんでした。また、弊社の一員であるという認識や責任感は、対面研修で培われる部分もあります。しかし、自宅での研修ではスタッフ間でのコミュニケーションや連携が取りづらいと感じるところもあり、課題を感じました。一方で、いつでも確認できる研修用動画や資料を用意できたおかげで、理解しきれていない部分を繰り返し学びやすくなったのは自宅での研修の利点でした」(武内)

自宅と対面、そのどちらにもメリットとデメリットがあることは、コロナ禍ならではの気づきだったという。こうした背景があり、空港旅客部門における現在の研修では、在宅と訓練施設実習を組み合わせている。インプットは自宅、実習は研修施設というハイブリッド型研修を行い、両者の良さを活かしているのだ。

 

位置情報に基づいて利用設定

グランドスタッフに配布したiPadの管理は各自に一任しており、社内の保管場所に置くことも、自宅に持ち帰ることもできる。自宅に持ち帰ることができるのは、在宅勤務時にiPadを利用する機会もあるからだ。ただし、デバイスの中には搭乗客の情報を扱うアプリもある。盗難や紛失による情報漏洩対策は必須となるほか、機微情報が含まれるアプリを空港の外で起動できることもリスクといえる。同部門でのiPad配付時、ジオフェンス機能(GPSによる位置情報に基づいて任意のエリアを指定し、その内外でアプリやシステムの動作を切り替える機能)を利用できるMDMツール「ビズモバイル・ゴー・ダイレクト(BizMobile Go! Direct)」を併せて導入した。同ツールの管理画面で空港エリアを指定しておけば、機微情報を扱うアプリはエリア外では起動できなくなる。こうすることでセキュリティが向上し、紛失や盗難および情報漏洩の対策を行えるのだ。

2021年に開催された東京オリンピックでは、このジオフェンス機能が大活躍した。各国から選手や関係者が日本に入国するが、空港での搭乗手続きや保安検査などにおいては、人と人との距離が近い“密”な状況が生まれやすい。そこで同社は、出場選手や関係者、そして開催を見守る人々の不安を少しでも和らげるために、例外的な搭乗手続きの仕組みを取り入れた。選手村として使われる施設をジオフェンス機能によって指定することで、出場選手や関係者が選手村で搭乗手続きを行えるようになったのだ。そのため、空港では保安検査に直接進むことができ、混雑の解消に役立った。

ここまで紹介してきたように、同社のグランドスタッフがiPadを利用するようになったことで、接客品質の向上に加えて業務効率も改善された。この事例はまさに、iPadが備える携帯性というポテンシャルを巧みに引き出した好例といえる。業務マニュアルの電子化や無線機器の置き換え、新人研修での活用、ジオフェンス機能の活用などは、航空業界以外でも応用できるはずだ。

 

 

「BizMobile Go! Direct」のジオフェンス管理画面。同社の場合は空港を指定している。範囲内ではすべての業務アプリが利用できる一方、範囲外に出ると機微情報を扱うアプリは起動できない。ジオフェンスを簡単に設定できることが、MDMツール選定の理由になった。

 

 

全日本空輸株式会社のデジタル変革室・イノベーション推進部に所属する武内香菜子氏(左)、渡部由紀子氏(右)。ジオフェンス機能を搭載するMDMツールを採用したことで、スタッフに負担をかけずとも、自動的にセキュリティを確保できる環境を実現している。

 

 

同社のグランドスタッフ。iPadを肩から下げて携帯しているため、いつでもマニュアルや遺失物の記録アプリを確認できる。また、片耳に装着したイヤフォンをとおして、グランドスタッフと音声で連絡を取ることも可能だ。

 

 

グランドスタッフがiPadで利用している遺失物検索用アプリ(※画像は、ぼかしを入れた状態)。マニュアルを閲覧する際は、「SMART CATALOG」アプリを利用しており、マニュアルが最新版に更新されると自動でダウンロードされる。

 

全日本空輸のココがすごい!

□手元のiPadでマニュアルを確認し、顧客に正確な情報を伝達
□iPad用アプリとイヤフォンを導入し、無線機器の不便さを解消
□エリアを指定した利用設定を行い、一定のセキュリティを担保