答えは15年後|MacFan

文●松村太郎

2008年7月は、日本だけでなく、世界の状況を一変させてしまうリリースが、アップルから発表された月でした。

まず7月10日に、アプリ配信プラットフォーム「アップストア(App Store)」が公開され、日本を含む世界中の開発者が、これまでにないほど手軽に、自分の作ったプログラムである「アプリ」を配布・販売することができるようになりました。今や世界最大の経済規模を誇るマーケットへと成長し、2022年にアップストアが扱った取引額は年間1.1兆ドル(165兆円)にも上るほど。前年比で30%近い増加を遂げました。

そして7月11日、アメリカから遅れること1年。日本でもようやくiPhone 3Gが発売されました。登場当初は「日本のケータイの性能のほうが優れている」「タッチパネルより物理ボタンのほうが使いやすい」と非常に保守的な評価が多かったiPhoneは、今や販売シェアの6割を上回るほど、日本で広く受け入れられるスマートフォンとなりました。

多くの人が手に取り、「スマートフォンとはこういうものだ」という認識を作り出すことに成功したのが「iPhone」であり、かつ購入したあとも優れた開発者が作り出すアプリによって、日々の生活がどんどん便利になっていくという体験を提供したのが「アップストア」だった、というわけです。

しかし、ユーザや専門家も含め、iPhoneがどのようにして生活の中で重要な部分を占める存在になっていくかは、当時ほとんどの人が見えていなかったように感じています。おそらくアップルとしても、「iPhoneが人々の生活を変える」という信念と確信こそあったでしょうが、それが何をきっかけにして、どんなものが流行り、何に一番時間を割くようになるのか、予期していたかどうかは疑問です。

2008年当時の段階で、「インスタグラム(Instagram)」も、「ウーバー(Uber)」も、「エアビーアンドビー(AirBnB)」も、「ポケモンGO(Pokémon GO)」も、「DeepL翻訳」も、「ChatGPT」も、そして「スポティファイ(Spotify)」でさえ、まだアップストアには並んでいなかったのです。

これらのキラーアプリが登場したのは、もちろんiPhoneが普及したあとの話。iPhoneを前提として設計されたSNSであり、シェアリングエコノミーであり、ARゲームであり、AIツールであり、サブスク型のエンタメサービスでした。

つまり、アップルは端末とソフトウェア環境を用意し、ストアのルールやセキュリティ、プライバシーといった守るべき部分を規定したあとは、開発者たちのクリエイティビティに委ねたように映ります。iPhoneのためのアプリ流通を実現するアップストアのエコシステムの自発的成長を促したに過ぎなかった、と評価することができるのです。

2023年6月、アップルは新たなデバイスとソフトウェア環境の組み合わせ、すなわち「アップルビジョン・プロ(Apple Vision Pro)」とVisionOSを披露しました。ビジョン・プロの3499ドル(約50万円)という価格の高さを鑑みると、iPhoneよりも普及速度は緩やかなものになるでしょう。

それでもアップルは、15年前の成功体験を繰り返そうとするはずです。アプリを作るのは開発者で、使うのはユーザたちなのです。そこに経済性が成立するのをじっと待ちながら、再び「空間コンピューティング経済圏」の成立を育んでいくことになるでしょう。その答えが出るのは15年後、かもしれません。

 

2008年7月11日、日本でiPhone 3Gが発売されました。ソフトバンク表参道などでは発売前に行列ができるほど。Apple Vision Proも、こうした熱狂を作ることができるのでしょうか。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。