読書の多様性と紙の書籍の価値|MacFan

アラカルト Dialogue with the Gifted 言葉の処方箋

読書の多様性と紙の書籍の価値

巷に情報が溢れている昨今、読書をする暇がないという人々の声をよく聞きます。私の恩師である、映画のモデルにもなった、パッチ・アダムス医師は、人がウェルビーイング(well-being)に生きていくうえで大切なことは自然やアートに触れること、そして読書を続けることであると言っていました。

今回は私が書籍などの執筆経験をとおして感じた、情報過多なデジタル時代における読書行為のあり方と、これからの時代における紙の書籍の価値について考えてみたいと思います。

私にとって読書は、著者の経験をとおして熟成させた言葉の処方箋と解釈の視点を得る行為だと表現できます。情報は単にデータや事実の集まりであり、知識の獲得に必要な要素の一部ですが、それ自体が知識ではありません。

一方、知識は、情報を自己の経験や思考、洞察力などを使って解釈し、自分のものとすることを指します。情報を自分自身の中で整理し、理解して、関連づけ、判断することによって得られるものなのです。

たとえば、何かを学んで理解したり、スキルや経験を習得したりすることが、知識の獲得になるでしょう。著者が人生経験をとおして捻出した知識が体系化された書籍を読むことで得られるものは、情報ではなく、知識と視点の獲得であると考えます。VUCA時代を生き抜くためには常に新しい情報を得て、読書により知識と視点をアップデートする必要があります。

また昨今、電子書籍の普及により、人はいつでもどこでも大量の書籍をスマホに入れて持ち歩けます。個別最適化された文字サイズやフォントの選択ができ、音声図書で朗読として楽しむなどの嗜好性に合ったスタイルで、読書行為を楽しめる時代になりました。情報自体を収集するための読書行為が容易になった時代だからこそ、紙の書籍で行う読書の価値を再度考える必要があるように感じます。

紙の書籍を読むことの最大の利点は、読書行為が情報や知識の入手に加えて、「体験」を含むことにあるのではないでしょうか。電子書籍にはない質感や匂い、ページをめくる感覚など、視覚的・触覚的な体験が含まれ、美しい装丁や紙質などの選択にも、著者の想いや理念を受け取ることができます。本そのものが作品としても楽しめるのです。

紙の場合、読書の進行具合を視覚的に把握でき、物語の結末に向かうまでの達成感や一種の寂しさなどを感じながらページを進める体験ができます。ほかにも、紙の書籍は友人や家族に貸したり、言葉のギフトとして送り、体験を共有することもできます。

デジタルネイティブな子どもたちが存在する時代だからこそ、自律神経に影響を与えるブルーライトを発するデジタルデバイスを介さずに、オフラインで、自然と一体化しながら読書行為が楽しめる点は、紙の書籍の大きなメリットであると言えるでしょう。

私がコンセプトデザインをした、神戸市立神戸アイセンター病院の「ビジョンパーク(Vision Park)」では、紙の書籍をエリアごとに配置しています。ブックディレクターの幅允孝さんが、視覚障害を持つ方々と話をしながらセレクトした本です。

紙の書籍は、訪れた人々が会話を始める糸口となるコミュニケーション活性化の触媒として存在しています。人をその場に立ち止まらせる、空間と人の接着剤として機能しているのです。

 

筆者の視点で、空想の旅を始めよう。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。