アップルからデザインは失われたのか|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

アップルからデザインは失われたのか

文●松村太郎

Z世代の若者と話をする機会があったのですが、もはやiPhoneやiPad、アップルウォッチは、彼らにとって生活に欠かせない“当たり前のツール”なのだそうです。ゆえに、コンピュータは自然とMacを選んでいると言います。これはアップルによって構築されたブランドと、ユーザをガッチリと掴んで離さないエコシステムによって成立していると考えられます。

最近、古くからのアップルファンを中心に「ジョブズがいなくなってから、アップルは優れたデザインやイノベーションが失われた」という声をよく聞きます。今回は、本当にアップルからデザインやイノベーションが失われたのかを検証していきたいと思います。

デザインについては、プロダクトデザイナーであり、最終的には最高デザイン責任者(CDO:Chief Design Officer)を務めたジョナサン・アイブが2019年にアップルから離れたことがさかんに強調されます。同社における“デザインの父”とも言える存在を失ったことで、優れたデザインを生み出す企業ではなくなったというのです。しかし、それは本当なのでしょうか。

2010年以降のアップルのデザインは、その製品カテゴリに対して、「正しい形」を与えることに注力してきたといえます。そのもっとも象徴的な存在は2018年に登場したiPadプロだと私は考えています。

iPadプロのデザインは「角が落とされた単なる板」と言い表せるほどです。iPadという製品において、これ以上どうしようもなくシンプルなデザインに行き着いた結果であり、これがiPadエア、iPadミニ、iPad(第10世代)へと浸透しました。

アップルがプロダクトデザインを追求し続けることは、デザインの試行錯誤が終わらないこと、評価すべきではないことの表れのように思います。デザインに求めることは変化や奇抜さでないとわかれば、ほとんどの製品に「正しい形」を与え終えたアイブがアップルの元を去るのは、至極当然のことと言えるでしょう。

ただし、アップルはしばしば、自らデザインに関する課題を与えることがあります。直近の例で言えば、iPhoneの画面の切り欠き、いわゆる「ノッチ」です。

近年、iPhoneをアップデートさせていく過程で、フェイスID(Face ID)を実現するためのカメラやセンサ群である「トゥルーデプス(TrueDepth)カメラ」を搭載する必要がありました。同時に「フルスクリーンデザイン」も実現したかったアップルは、結果として画面の切り欠きを作りました。これがノッチが生まれた経緯です。

2017年発売のiPhone Xに搭載されたノッチは、iPhone 13でサイズが小さくなり、iPhone 14プロでさらに小型化して、画面の縁から分離し、独立。ソフトウェアとアニメーションを駆使して、有機的にうごめく生命を与えるインタラクティブデザイン「ダイナミックアイランド(Dynamic Island)」へと昇華させました。

アップルは新製品のプレゼンテーション中に、こうした進化を称えましたが、そもそもノッチは、自らが課したデザイン上の課題だったはず。おそらくそのうち、液晶の裏側にカメラやセンサ類を収めて、“島”に手を加えるでしょう。

わかりやすいためノッチの例を挙げましたが、それ以外にも、一見外から変化がわかりづらいものの、アップルはデザイン上の問題を解決し続けていると推察できます。「アップルデザイン」の楽しみは、観る側にも洞察力が求められるほどに成熟しているのです。

 

iPhone 14 Pro/Pro Maxでは「Dynamic Island」を採用。リアルタイムで適応し、重要なアラート、通知、アクティビティを表示する、ハードウェアとソフトウェアを融合させたデザインです。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。