信用経済圏を構築する|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

信用経済圏を構築する

文●松村太郎

前回、アップルが自社の顧客に対して定性的な信用を与えているという話をしました。それを紐解くうえで、まずはアップルと消費者の現状について考察したいと思います。

同社は年々ブランド力を高めており、若者世代は特にアップル製品を所有することに前向きであり、熱狂的であるとも捉えられるでしょう。

iPhoneは毎日の生活に必須のアイテムとなり、1台あたり20万円に近づくような価格であっても、2~3年に1度の「自己投資」になると考える人もいるといいます。もちろん20万円という大金が一度に出ていくことに対して、異次元のデフレ大国の日本では、おいそれと容認できる人は多くないでしょう。

一方で、アメリカも日本と似た状況ながら、少し見え方が異なります。給料や物価がガンガン上がりながらも、iPhoneの価格は据え置かれ、2年前に比べると、見かけ上は15%割安に映るといいます。それでもやはり、日本と同じく、iPhoneへの20万円の投資を躊躇する人は多いはずです。

そこでアップルは、多彩な金融サービスを展開することにしました。クレジットカードの分割払いに加えて、後払いサービスや割賦販売など、各国の実情に合わせる形で、初期投資の負担を和らげる仕組みを用意。20万円のiPhoneに手を出してもらえるよう、消費者をお膳立てしています。

分割払いにしても後払いにしても、消費者にお金を融資、もしくは前貸するような行為になり、金融でいうところの「信用」を与えることになります。しかし若者はえてして、一般的な信用情報をほとんど持ち合わせていません。そういう顧客にはお金を貸さないか、貸すとしても高い金利を設定して、貸す側はリスクヘッジをするのが常でした。

しかし、アップル製品を買う顧客に対しては、金利ゼロでの分割払いを設定している金融機関がほとんどです。日本でも、ペイディ(Paidy)やオリコの分割払いサービスが金利手数料無料で利用でき、活用が広がっています。

これらの状況から、次のような見立てができます。

アップルはiPhoneをはじめとする「アップル製品を購入する顧客」について、お金を貸す金融機関に対して、「通常の消費者から切り離して“特別な人たち”である」と認識させることに成功しているのではないか?

その特別な人たちのことを非常に信頼しており、金融サービス上での「信用」を高い水準で付与することにも、成功しているのではないか?

では、「アップルの顧客は信用できる連中だから、特別な信用を与えるべきだ」という説得材料を、アップルはどのように作り出したのでしょうか。ここで、2019年に開始したクレジットカード「アップルカード(Apple Card)」の存在に結びつきます。

アップルカードは、iPhoneの「ウォレット」アプリから即時発行できるクレジットカードで、信用情報の蓄積がない人でも作ることができます。これによって、若者のように、信用情報がない消費者であっても、遅延なく支払いをしているというデータを得ることができるのです。

こうした背景から、信用の世界において、アップル製品を使う顧客は特別な信用を付与(与信)できると、金融機関が認識できるようになります。結果的にアップルは、自社の顧客を「特別信用できる人たち」とし、アップル製品を購入する資金を融通しやすくする「アップル信用経済圏」を成立させ、売上を維持する「枠」を確保しているのです。

 

Apple Cardは、2019年にアメリカで提供開始されたクレジットカードサービス(日本では未提供)。iPhoneの「ウォレット」アプリから登録すれば、オンラインでApple Payをすぐに使えるようになります。
【URL】https://www.apple.com/apple-card/

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。