途方もない問題へのチャレンジ|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

途方もない問題へのチャレンジ

文●松村太郎

日本時間9月8日、アップルは新製品発表イベントを開催。6月のWWDC(世界開発者会議)22に続き、世界各国からジャーナリストを集めた対面形式となり、筆者も取材に赴きました。

今回のイベントも「スティーブ・ジョブズ・シアター(Steve Jobs Theater)」というプレスイベントの開催を前提にした新本社の施設で行われました。ロビーで開場を待つ間にコーヒーを振る舞い、シアターに案内してイベントを開催。プレゼンテーション終了間際に会場背後の巨大な扉が開き、ハンズオンエリアが現れる…。イベントの式次第がそのまま反映されたような場所です。

イベントの発表の詳細はこのあとの誌面に譲りますが、いままでプライバシーやセキュリティ、健康的な生活にフォーカスを置いた製品群が、より「安全」の領域に踏み込んだ機能を提供した点は、ティム・クックCEOがイベント冒頭に、「エッセンシャルツール(必要不可欠な道具)」と位置づけたことを表していると思いました。

一方、新しいiPhoneの登場に合わせて、iOS 16も配信されています。このソフトウェアのある機能に、筆者はもっとも驚かされました。それが「クリーンエネルギー充電(Clean Energy Charging)」という機能です。

これは今年の秋に配信されるiOS 16・1において米国だけで有効となる機能で、住んでいる地域でクリーンエネルギーを利用できるときに合わせてiPhoneの充電を行うという、いわば充電タイミングの再生可能エネルギーへの最適化機能といえます。

この機能を見たとき、アップルで環境問題などを担当する副社長、リサ・ジャクソン氏の言葉を思い出しました。彼女は以前の取材時、最終的にはiPhoneに関わるあらゆる行動をカーボンニュートラルにするとしており、これにはユーザがiPhoneを充電する電力も含まれる、と言っていたのです。

彼女が主導するアップルの環境チームは、同社の世界中でのビジネスを再生可能エネルギーに転換し、2030年までにすべてのサプライヤーも再生可能エネルギーへの転換を目標として掲げています。これらは実現できると理解できますが、ユーザが使う電力のカーボンフットプリントをゼロにするなんて、途方もない問題だと決めつけていました。言ってしまえば、実現不可能な理想、としか思えなかった自分がいたのです。

しかし、そこで諦めないのがアップルという会社であり、ジャクソン氏が率いる環境チームです。気候変動や環境の問題は、少しずつでも小さな事実と成功を積み重ねることが、いずれにしても理想を実現する近道なのです。

振り返ればiOS 13から、我々のiPhoneの使い方を学習し、急速充電や過充電を防ぐことでバッテリをいたわる「最適化されたバッテリー充電」が実装されています。今回はその充電制御に、エネルギー源のクリーンさを加味することにしたのです。こうして、ユーザがiPhoneを充電する電力の一部をカーボンニュートラルにする「事実」を作り出せます。

米国のエネルギー源のうち、再生可能エネルギーは12%しかなく、40%はバイオマスエネルギーが占めます。そのため、今回のiOS 16の機能がもっとも有効に働きそうなのは、太陽光発電のエネルギーが余りつつあるカリフォルニア州の昼間になりそうで、インパクトは限定的です。しかし、その事実は、今後人々の行動を変え、電力グリッドへの自然由来のエネルギーへの転換を、個人レベルで加速させるムーブメントを作り出すかもしれません。

 

日本時間9月13日、新しいiOS 16がリリースされました。次期iOS 16.1では、米国だけで有効になる機能として、「クリーンエネルギー充電」の実装が予告されています。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。