顧客中心という変化|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

顧客中心という変化

文●松村太郎

アップルは2022年5月に「iPodタッチ(touch)を在庫限りで販売終了する」とアナウンスしました。これによって、音楽プレーヤ「iPod」という製品カテゴリが終焉を迎えることになります。

2001年に「1000曲をポケットに(1000 songs in your pocket)」
というキャッチフレーズとともに登場したiPodは、その後の「iTunesミュージックストア(iTunes Music Store:現iTunes Store)」を通じた「音楽流通のデジタル化」という市場の大転換を成し遂げました。

また、iPodに付属されたアイコニックな白いイヤフォンが世の中に浸透したことで、アップルがパーソナルオーディオの有力企業であるという認知も広まったのではないでしょうか。これはiPhoneやエアポッズ(AirPods)など、現在のアップルのモバイル/ウェアラブル製品群のブランディングにもつながります。それだけでなく、顧客中心の製品価値を作り出す「デザイン思考」の有効性を証明するなど、ビジネスの作り方の変化にまで影響を及ぼしました。

2013年に米・カリフォルニア州ロングビーチで開催された「TED
2013」で、IDEOの創業者であるティム・ブラウン氏とディナーを共にしたときのこと。同氏は2011年に、ブログで「デザイン思考は革新的な製品を生み出す手法である」と述べていました。

そこで彼に「デザイン思考で生まれた革新的な製品の例は何か?」と尋ねたところ、「アップルのiPodとハーマン・ミラーのアーロンチェアが古典的なデザイン思考の例だ」と、真っ先にその名前を挙げたのです。そのことからも、今日のデザイン思考のビジネス活用において、iPodが重要な役割を果たしていることが窺えます。

しかし、これをZ世代の学生に話すと、まったく異なる意見をもらうこともあります。iPodは、彼らにとって触れたことすらない、まったく実感のない“過去のモノ”でしかないのです。それはおろか、iPodを経験した我々とは真逆の印象を抱いていました。すなわち「アップルは音楽業界の閉鎖性を作り出していた」とすら考えている学生も中にはいたのです。

iPodを通じた音楽流通のデジタル化を経験した世代にとっては、アップルによって、CD中心の音楽流通から、1曲単位でのデジタルダウンロード購入へと転換を果たしたと記憶しているでしょう。しかし現在の若者は、レコード会社とアップルが創り出していた不自由な構造を、スポティファイ(Spotify)が音楽ストリーミングという自由なスタイルへ転換させた、と考えているのです。

世代間における印象の違いを見せつけられる形となりましたが、ここで重要なのは、顧客中心の「正解」は変化するということ。アップルのiPodは、音楽流通のデジタル化によって、デジタルで完結する音楽の聴き方を実現しました。しかし、それが浸透すると、今度は1曲ずつ購入するということが、新たな顧客のペイン(悩み)となったのです。

アップルが素晴らしかったのは、iPodとiTunesストアに固執せず、ビーツ(Beats Electronics)を買収して2015年にアップルミュージック(Apple Music)で素早く音楽ストリーミングに参入したことでした。自社の製品の持続性より、顧客が変化したことへの対応を優先したからです。それにより、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が高い同社のサービスとして音楽カテゴリを今も残せています。iPodはその歴史を終えましたが、実に学びの多いストーリーでした。

 

2001年10月23日に発表された初代iPod。HDDに約1000曲の音楽を搭載でき、10時間持続するバッテリを持つ音楽プレーヤとして、市場を席巻しました。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。