Apple Watchが“アクセサリ”から“必需品”になる場所|MacFan

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Apple Watchが“アクセサリ”から“必需品”になる場所

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

生活を支える重要な存在でありながら、工場など生産業の現場には、未だにDXが浸透しているとは言い難い。そんな工場で、従業員の「安全管理」をApple WatchによりDX化するアプリが注目されている。今も「顔を見ればわかる」がまかり通る現場がDX化すると、何がどう変わるのか。開発した企業を取材した。

 

 

工場の安全管理にエビデンスを

プロダクトとしての魅力ゆえ、ヘビーユーザがいることは想像に難くないが、それでも基本的にアップルウォッチ(Apple Watch)は“アクセサリ”の一種である。極論を言えば、アップルウォッチがないと命に関わるということはないーー特定の職種を除いては。というのも現在、アップルウォッチは一定の危険を伴う工場での作業において、従業員の安全管理に大きな役割を果たすようになっている。

それを実現したのが、日本能率協会グループの株式会社アツラエが開発・提供するアップルウォッチ用アプリケーション「ファクトリーエール(Factory Aile)」だ。同プロダクトは工場勤務の従業員のヘルスケアデータを取得し、その体調異常や、転倒の検知を自動化。また、作業中の従業員の健康状態の継続的なモニタリングも可能になる。管理者は取得したヘルスケアデータをもとに、客観的に従業員のコンディションを把握・マネジメントできる。これまで主に経験則や従業員の主観的な判断に頼らざるを得なかった工場に、いわばエビデンス(根拠)に基づいた運用をもたらすものだ。

もともとは国内大手化学メーカーの工場との実証事業から生まれたというこのプロダクト。アプリケーションの機能詳細や開発の経緯について、同社取締役でシニアマネージャーの有海哲也氏、TECHチームマネージャーの早川輝氏、クリエイティブディレクターの田村祐一朗氏を取材した。

 

 

株式会社アツラエの取締役であり、クリエイティブコンサルティング事業部・シニアマネージャーの有海哲也氏。株式会社ジェナ(現・HiTTO株式会社)のプランナーを経て、2020年より創業メンバーとして現職に就任。

 

 

株式会社アツラエのクリエイティブコンサルティング事業部・クリエイティブチーム・クリエイティブディレクターの田村祐一朗氏(左)と、同事業部・TECHチームマネージャーの早川輝氏(右)。

 

 

「ブラックボックス」を見える化

ファクトリーエールは、従業員が装着するアップルウォッチ側のアプリケーションと、管理側のWEBシステムに大別される。

アプリケーション上では、アップルウォッチで自動計測される従業員のヘルスケアデータ(心拍数や血中酸素ウェルネス)を同社独自のロジックで診断し、異常がないかの判定をしているという。低・高心拍や不規則な心拍、血中酸素濃度の不自然な低下があれば、管理側に通知される仕組みだ。加えて、同社が開発したアルゴリズムを用いた転倒検知機能も搭載している。

​​工場の安全管理について、各所にヒアリングをした経験を踏まえ、有海氏はこう振り返る。

「たとえば危険な薬品を扱うような工場では、従業員の方が防護服など重装備を着用し、体温の上昇や脱水の危険と隣り合わせで作業しています。現場と管理側のコミュニケーションツールは、エマージェンシーボタンを搭載したブルートゥース(Bluetooth)のトランシーバであるなど、そもそも複雑な操作が必要なものは実用に耐えない。そこで、ある意味で『着けっぱなし』にできて高機能なアップルウォッチが有効なのではないか、と考えました」(有海氏)

工場が抱えていたのは、安全管理をする中で、管理側が立ち入れない現場がブラックボックス化してしまうという課題感だった。技術を持つ人たちの世界は「顔を見ればわかる」が常で、管理側が体調を心配しても返事は責任感ゆえに「頑張れます」「やれます」になってしまう。そこにアップルウォッチによる「見える化」が効果を発揮する。

管理側はiPadやMacのWEBブラウザ経由でシステムの管理画面を確認。ダッシュボードにグラフで表示されるヘルスケアデータのモニタリングだけでなく、出勤状況や位置情報の把握も同時に行われ、これにより「誰に」「どこで」「何が」発生したのかがわかる。具体的には「従業員Aさんの作業時の心拍がBPM150を超えており、何らかのトラブルの可能性がある」「Bエリアで転倒の事例が多く、導線に改善の必要がある」など、より効果的な安全管理をすることができるようになる。また、コミュニケーションツールである「スラック(Slack)」と連係させることで、管理者側のブラウザやモバイルアプリに通知が届く。

同社はアプリ開発やクリエイティブを中心としたコンサルティングを担う。同プロダクトは三菱ガス化学株式会社の水島工場との実証事業のために制作された専用プロダクトを、より汎用性のあるフォーマットにして一般に提供されたもの。専用プロダクトの開発期間は2カ月ほど、実証事業は半年間で、管理側と現場のニーズを反映し、細かなチューニングをしたという。そして2022年2月1日、あらためて「ファクトリーエール」として提供が開始された。有海氏は「提供開始から3カ月で想定を超える問い合わせがあった」とする。

 

DXのスタートラインに立てるか

同プロダクトの特徴は、これはwatchOSアプリについてのことだが、非常にシンプルな“あつらえ”になっているところだ。早川氏も田村氏も、この点を特に意識して開発したと説明する。

「工場において、たとえばバイブレーションによる通知は、重装備に覆われて気づかれないことがあります。ましてやアップルウォッチ上でログインなどはさせられない。できるだけ機能を減らして、必要最低限のものだけで目的を果たせるエンジニアリングを意識しました」(早川氏)

「アップルウォッチで使うアプリケーションは、とにかく引き算でUX(ユーザ・エクスペリエンス)を設計しました。クリエイティブが注力したのは、逆説的ですが、操作をさせないこと。シンプルな機能を、シンプルに提供するためのデザインです」(田村氏)

有海氏は「コロナ禍の影響もあり、固定費が減った分、従業員のウェルビーイングに投資する企業が増えている」と指摘する。この流れは近年、アップルが医療に注力の度合いを高めてきたこととも一致する。そんな動向の中では、アップルウォッチやiPadといったデバイスが、アクセサリ以上の「必需品」になり得ると言える。

そのうえで有海氏は「現場にこそDX(デジタル・トランスフォーメーション)が必要」と訴える。それは同プロダクトのような見える化のメリットが、従業員の安全管理に留まらないから。少子高齢化の進行により労働力人口の落ち込みが避けられない日本において、人材を含めた資源の有効利用は喫緊の課題でもある。エビデンスに基づく生産活動はそのためのスタートラインだ。

逆に言えば、このような取り組みはまだ、大手が着手し出したばかり。多くの現場は、スタートラインに立っていない。「顔を見ればわかる」がまかり通る文化を超えて、現場のDXは国内に広がり、スタンダードになれるだろうか。そして、その日が来るまで、日本の生産活動は国外への競争力を保てるだろうか。DX化のスピードは、日本という国自体の未来も占う。アツラエが提供するファクトリーエールは、その試金石の一つになるプロダクトだ。

 

 

2020年に設立された株式会社アツラエ。デジタルとデザインを活用し、新しい体験を生み出すクリエイティブコンサルティングカンパニー。スマートフォン・タブレット向けモバイルアプリ開発、AI(人工知能)/IoTなどの新しいテクノロジーを活用したアプリ開発や、UX/UI(ユーザ・インターフェイス)に関するサービスデザインワークショップを提供。【URL】https://www.atsurae.co.jp/

 

 

Apple Watchアプリ「Factory Aile」では、Apple Watchで自動計測されるヘルスケアデータから、異常の有無を独自のアルゴリズムで分析、装着者と管理者に通知する。​​異常な数値が記録された場合、装着者に触覚フィードバックを利用して通知することもできる。また、装着者が転倒し、その後しばらく動いていないことが検知された場合、管理者に最新の位置情報と合わせて自動で通知する。​​

 

 

管理者は専用のWEBシステムを通じて、装着者一人ひとりの心拍数や血中酸素ウェルネスのトレンドをグラフで確認。異常が検知された場合は、通知により「誰に」「どこで」「何が」発生したのかもわかる。Slackと連係した通知も可能だ。​​

 

 

「Factory Aile」のココがすごい!

□ ヘルスケアデータを計測し、工場従業員の健康状態をモニタリング
□ 管理者は異常発生時に「誰に」「どこで」「何が」起きたかわかる
□ 現場のDXを推進し、人材を含めた生産業の資源を有効利用できる