ドルの一存と日本の弱さ|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

ドルの一存と日本の弱さ

文●松村太郎

「1ドル125円」という数字を見ただけで、少し気分が落ち込みます。米国で暮らしていた筆者にとって、円安ドル高は、生活資金が何もせずに目減りすることを意味していたからです。

私が2011年に渡米を決断するひとつの要因も、ドル円相場がありました。当時「1ドル75円」という超円高のタイミングで、貯金をすべて円からドルに換えました。その頃は1ドル100円という感覚が一般化していた中で、75円というレートはバーゲンセールのように思えたものです。

しかし、2015年には「1ドル125円」までドル高が進みました。4年前との差は50円。「1ドル126円になったら日本に帰ろう」と家族で話していましたが、そのときは踏みとどまり、みるみる円高に戻っていきました。

現在の資本主義経済は、基本的に「ドル支配」と言われています。米国では景気の過熱感を調整すべく金利を上げようとしており、一方で超緩和を維持して金利を低く保とうとする日本との金利差が拡大されるとの見方から、市場は安心して円を売る動きを強めています。日本には日本の都合もあるでしょうが、そんなことはお構いなしに、世界の経済は「ドルの一存」と言えます。

アップルには、筆者が個人的に「アップルレート」と呼ぶ独自の為替レートが存在します。たとえば最新のiPhone SE(第3世代)の日本での価格は、消費税を除くと「1ドル121円」前後に設定されています。ドル高はアップルにとって、実は逆風です。海外の売上が6割を占めるため、ドル高になると、その6割の売上高がドル換算で目減りするからです。そのため、経済状況を精密に分析して為替レートを検討し、ややドル高寄りの想定レートから価格を決定している、と筆者は分析しています。

ところが、最近ではその121円というレートを上回り、125円台へドルが上昇。今後はさらにドル高が想定されるほどです。この状態が恒常化する場合、過去の事例を見ると、日本での製品価格を改定し、値上げする可能性も十分あり得ます。いきなり改めるのではなく、新製品が出るタイミングでシリーズ全体の価格を見直すといった方法が想定されるでしょう。

一方で、タイミング関係なく、その都度価格を上げているのが自動車メーカー・テスラです。筆者は1月にテスラのモデル3を発注しましたが、その間2回値上げし、現在は当初と比べると60万円も値上がりしました。ウクライナ紛争の影響などで資源価格が上昇していることと円安のダブルパンチで、米国や中国での価格上昇に比べると、日本での価格の上昇幅は2~3倍になっています。

円安によって輸入品の価格が転嫁されると、高価なためモノが買いにくくなります。日本で今円安になることが深刻な理由はその貧困化にあり、円安による価格上昇に消費者が耐えられなくなっている点です。

アップルの2022年第1四半期(2021年10~12月)の地域別売上高を見ると、世界全体では前年同期比で11%前後の成長を見せ、各地域でも好調でしたが、日本だけ約14%のマイナスでした。日本は昨年、「GIGAスクール構想」による補助金でiPadを大量に購入しました。端末導入が済んだあとに売上がマイナスになったことから、日本は補助金がなければアップル製品の購買力がないという事実だけが残ります。

少し悲しみが漂う状況分析かもしれませんが、現在の若者は、生活必需品であるスマートフォンだけは死守し、ほかのものを諦め始めている。その前提で世の中を生きているように感じてしまいます。

 

過去最高の売上高を記録したAppleの2022年第1四半期決算。その一方で、日本の売上高だけ約14%も下落しています。「GIGAスクール構想」によるiPad特需が終わった結果で、しばらくこの傾向が続くと思われます。
[URL]https://www.apple.com/jp/education/k12/

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。