2010年代のクリエイティブ|MacFan

アラカルト “M世代”とのミライ

2010年代のクリエイティブ

文●松村太郎

筆者が文章を書き始めた2000年代中頃のこと、突然先輩に「これからの物書きは写真くらい撮れないとダメ」と家電量販店に連れて行かれました。そこでニコンD70のレンズキットと、シグマの20ミリ/f1.8の単焦点レンズをあてがわれたうえ、「3カ月は単焦点レンズのみで、マニュアル固定で撮りまくれ!」と新宿の街に放たれたのです。

ズームができないレンズのみを使う理由は、被写体までの距離感を足で調節するため。そしてマニュアル固定は、絞りとシャッタースピードを自分で調節することで、光と写真の関係を知るため。当時は理不尽に感じた“縛り”も、今思うと写真撮影に慣れるための非常に合理的な方法だったというわけです。

そのおかげで、道路を走る車の流し撮り(カメラを車の動きに合わせて動かして背景をわざとブレさせる手法)も、夜の花火の撮影も、インタビュー相手の魅力的なポートレートも、自分でこなせるようになってきました。それからカメラをニコンD90にアップデートして、この単焦点レンズを活かしながら、記事中に使用する写真を撮っていったのです。

2011年に米国に渡ってしばらくすると、とあることに気づきました。筆者を訪ねて日本からやってくる年下のフォトグラファーたちが、皆コンパクトな筐体にフルサイズセンサを備える当時唯一のカメラだったソニーのα7シリーズを持っていたのです。

フルサイズのミラーレス一眼がソニーから登場したのは、2013年のことでした。翌年2014年には、5軸手ぶれ補正を搭載するα7Ⅱが登場し、高感度化にも対応、さらには4K動画撮影も可能となりました。今では扱えるレンズも増え、ソニーのα7シリーズはクリエイティブツールのスタンダードとして君臨しています。

少し時代を遡ると、2010年頃から、世界でもっとも多くの人に使われているカメラはiPhoneになりました。近年では、iPhoneのカメラ性能の進化が進み、最新モデルと数年前のモデルで撮った写真を比較すると、クオリティの向上は一目瞭然です。

このカメラ性能が飛躍的に高くなった要因のひとつにも、センサを供給しているとされるソニーの技術力が挙げられます。Phoneは裏面照射型CMOSセンサを備え高感度化して高画素化が進み、ついに最新モデルの一部はセンサシフト光学式手ぶれ補正まで採用するに至ります。舌を巻く進化とはこのことです。

iPhoneに限らず、あらゆる人の手元にあるスマホのカメラの進化を牽引しているソニー。7年前にフルサイズ一眼で起こした革命がそのきっかけだとすると、当時いち早くα7シリーズを使っていた若い世代のクリエイターたちは、イメージング・クリエイティブのスタンダードを先取りできていたことになります。結果論にはなりますが、それがどんなにセンスのよい選択だったかが今になってわかります。

日本の工業製品というと、とかく「小さく安く」という志向で作られているように感じます。もちろん、それが価値を持つものもありますし、爆発的な普及を誘う理由にもなり得ます。しかし、ソニーのαシリーズは、フルサイズセンサ搭載のカメラを小さくしましたが、決して従来より価格が安くなったわけではありませんでした。

新しい価値を与え、「カメラといえば」という価値感がまだない若い世代とともにエコシステムを育て、わずか7年でそのポジションを築き上げてきた。その背景にはマーケティングだけでなく、たしかなテクノロジーとカルチャーの醸成があったのではないでしょうか。

 

 

筆者が専任教員・非常勤教員を務めるiU(情報経営イノベーション専門職大学)では、授業配信のツールとしてソニーのα7IIIを導入しています。

 

 

Taro Matsumura

ジャーナリスト・著者。1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒業後、フリーランス・ジャーナリストとして活動を開始。モバイルを中心に個人のためのメディアとライフ・ワークスタイルの関係性を追究。2020年より情報経営イノベーション専門職大学にて教鞭をとる。