アラカルト デジタル迷宮で迷子になりまして

テクノロジーの普遍的ムダ話

デジタル迷宮で迷子になりまして 第2話

文●矢野裕彦(TEXTEDIT)

コミュニケーションがメールに帰って行く日

趣味のひとつに、「ムダなメルマガの停止」がある。私はムダなメルマガやリリースの受信が好きではない。それは、メールアプリの通知バッジが表示されていると落ち着かないことに起因する。バッジの数字が2や3なら我慢できるが、9とかになると他の作業が手につかなくなる。家族のiPhoneの通知バッジがついていても落ち着かないので、(自覚しているが)やや病的だ。

そこまでメールの通知にこだわる理由は、大切なメールを見落としたくないからだ。仕事のコミュニケーションにおいて比較的多くの情報をやりとりしているツールは、私の環境だとメールだ。しかし、世の中の“オレって仕事できるんです”界隈では「メールなんて、もう読んでないっすよねー」的な発言が横行していた時期があった。メールの通知が増えすぎて、新規メールに気づかないというのだ。そういう人に限って、「読めない」と宣言したメールのアドレスが印刷された名刺を堂々と渡してきたりする。「このアドレスに送ってもムダだけどな!」と言いながら名刺を渡す行為は、もはや誹謗ではないかと微妙な気持ちになる。

新型コロナウイルスへの対応もあって、最近では特にネット上でのコミュニケーションが活発化している。活発化と言うよりも、やむを得ず頼っているというのが実情だろう。打ち合わせもZoomやSkypeが増えた。相手によってツールが異なるため、MacのDock上に各種のビデオチャットソフトのアイコンがズラリと並んだ人もいるだろう。

実際には、それよりも前からフェイスブック・メッセンジャー(Facebook Messenger)やLINEなどのメッセンジャーでの仕事のやりとりは日常茶飯事だ。その際に考えるのは、相手に合わせたツールの選択や使い方だ。この人はフェイスブック・メッセンジャーだなとか、チャットだと入力が大変みたいだからメールだなとか、LINEはオフィシャルな感じがしないからやめようといった具合だ。それらが複雑に組み合わされるケースもある。この人にファイル添付するときはメールだけど簡単なやりとりはLINEで、仕事の比重が高めのものはメールで送ってからLINEで軽くノックしておく感じかなとか、気がつけば、肌感覚に頼っためちゃくちゃアナログな仕様だ。

メッセージのやりとりでは“間合い”も気になるところ。一方的に長い文章を送りつけたり、返事を待たずに五月雨式にメッセージを送り続けると、何だか急に怒鳴り込んできた人のような印象も与えかねないと心配になったりする。

また、メッセンジャーでのやりとりは、そのリアルタイム性に加え、LINEでおなじみの既読無視の問題も抱えている。私ほどの手練れになれば、あらゆるメッセンジャーの中身を既読をつけずに閲覧することは可能だが、いつまでも未読のままにしておくのも、それはそれで居心地が悪い。メッセージ送信時は逆に、相手を直接ノックするようで気後れする。出るまで呼び出し続ける電話に比べればまだマシなのかもしれないが、それでも、たとえば夜中にチャットは送りづらい。

そこでふと立ち返るわけだ。メールこそ、特に察しと思いやりが信条の日本人にピッタリのツールなのではないだろうか。何度か推敲しながら文章を書いて送り、都合のいいタイミングでそれを読み、速やかに返信するという所作は、慣れなのかもしれないが、落ち着く。そのためには、相手が確実に読んでくれること、そしてこちらもメールを確実に読めることが必須となる。だから今日も私は、通知バッジに気がつけるようにメールの開封に心を配るのだ。

 

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写真と文:矢野裕彦(TEXTEDIT)

フリーランスの編集者/ライター。株式会社アスキー(当時)にて月刊誌『MACPOWER』の鬼デスクを務め、その後、ライフスタイル、ビジネス、ホビーなど、多様な雑誌の編集者を経て独立。書籍、雑誌、WEB、イベント、企業のプロジェクトなど、たいがい何でも編集する。