2017.06.09
「将棋・序盤完全ガイド 相振り飛車編」発売記念 上野裕和五段インタビュー
6月の新刊「将棋・序盤完全ガイド 相振り飛車編」の発売を記念して、著者の上野裕和五段にインタビューを行いました。
「こちらこそよろしくお願いします。先日の増田四段のインタビューがすごすぎて、ひっくり返りそうになりました。あれほどインパクトのあることは言えませんが(笑)、よろしくお願いいたします」
――では、早速書籍のお話をうかがっていきたいと思います。今回の『将棋・序盤完全ガイド 相振り飛車編』、ざっくりいうとどんな内容でしょうか?「一言で言えば、相振り飛車の基本と歴史を一冊で理解できるようになる本、ということです」
――「基本」は普通の戦術書にも書いてありますが、「歴史」がわかる、というのがこのシリーズの特長かと思います。「はい。現代のプロの将棋というのは進化しすぎてしまって、その結果、基本通りではない指し方が頻繁に出てきます。そうなると、見ている側からすると何をしているのかよくわからない、難しいんですよ。そこで、どうしてそうなったのか、こういう歴史があって、こういう手があって、こういう戦法がはやって、でもこういうことでダメだから、今、こういう工夫をしている、というような流れを分かりやすく、簡潔にまとめたものがあれば理解の助けになります。それを書いたのが本書です」
――なるほど。前提が分からないと理解できませんからね。本書を書くにあたって注意した点、苦労した点はありますか?「まず一つは世の中に出ている相振り飛車の本をひと通りすべて買って、読み込んでいったことです。私もプロなので現在の相振り飛車のことは分かるのですが、古い定跡を詳しく知っているわけではありませんでした。でもこの本を書くにあたっては直接オモテには出なかったとしてもそういう歴史や過去の研究の蓄積を知っておくことが大事なので、一つ一つ読んでいきました。2点目は、これは私が原稿を書く時にモットーとしていることで、できる限り図面とその説明の文章の位置を合わせるようにしています。例えば、第5図の説明は、第5図の横の文章で行う、という具合です。簡単なようで、将棋の本は図面という制約があるため、これをやろうとするとかなりの労力がかかります。しかし、読みやすさという観点から、ここは頑張っています。3点目としては、前作もそうだったんですが、アマチュアの方にお願いして原稿を読んでいただいて、わからないと言われた部分を直す作業は結構やりました。付箋をびっしり貼って出していただいたりもしました(笑)」
――実際にそれで大きく変更した箇所はありますか?「ありますよ。例えば118ページの『4つの振り飛車比較表』などがそうです。向かい飛車、三間飛車、四間飛車、中飛車の4つの戦法それぞれの特徴、長所、短所を表にまとめたものです。要望があったので入れたのですが、確かにこれがあったほうが分かりやすい」
――相振りは他の戦法と違って種類が多いですからね。私もこの表はいいなと思いました。「あとで見返すときも使えますし、各戦法の大枠をつかむのに役立つかなと思います」
――今回の本をどういった方に読んでほしいですか?「相振り飛車の基本を知りたい方、プロの相振り飛車を理解したい方、あと、振り飛車党の方でも相振りは苦手、という方って非常に多いと思うんです。そういう方にも読んでほしいですね。あとは居飛車党の方には馴染みの薄い戦法だとは思うんですが、これを読んで相振り飛車を指してみようかな、と思っていただければうれしいですし、対振り飛車の一つの武器にしてくれればありがたいです」
――確かに、プロの先生でも振り飛車の対抗策として相振り飛車を採用される居飛車党の先生っていらっしゃいますよね。「ええ、結構います。私もちょくちょく採用しています」
――ちなみに、プロの世界では今どんな形の相振り飛車がはやっているのですか?「先手中飛車と先手三間飛車が多いです。先手中飛車に対して相振り飛車にする形は多くて、なかでも中飛車側が玉を左に囲う『中飛車左穴熊』は今も流行が続いています」
――とはいえ、アマチュアに比べるとプロ棋界では相振り飛車の将棋は少ないように思います。なぜでしょうか?「これははっきりしています。プロ棋士には居飛車党が多いからです。非常に単純な理由ですね」
―― 一方で、女流棋士には振り飛車党が多いですね。「はい。これは書籍の中でも紹介しているのですが、男性棋戦だと相振り飛車は6%なんですが、女流棋戦では15%になります。女流ではタイトル戦でも相振り飛車がよく現れています」
――女流棋士に振り飛車党が多くて男性棋士に少ないのはなぜでしょうか?「将棋指導者の間でまことしやかに流れている話として『女の子に将棋を教えるときは振り飛車の方がいい』という説があります。これはあくまで大雑把な話なんですが、傾向として女の子は毎回同じ形になるのを好む子が多いというのです。そうなると振り飛車のほうが同じ形にしやすいじゃないですか。そう考える方が一定数いらっしゃって、今の女流棋士に振り飛車党が多いという現状があるのかもしれません。・・・分からないですけどね」
――今回の書籍に関して一言お願いします。「個人的には時間をかけて取り組んで完成させた本なので思い入れはあります。といってもそのことと読者の方に評価されるかどうかは関係ありません。結局その本がいいものかどうかだと思いますので。
ただ、本書を通して一人でも多くの方に相振り飛車の面白さが伝われば、うれしいなと思います」
――ではここからは本とは関係のない質問をさせていただきます。
Q1、将棋のルールはいつ覚えましたか?
「5歳です。父に教わって、兄弟で指してケンカするというテンプレートは踏んできています。ケンカしてうるさいので母親が将棋盤をゴミ箱に捨てるっていう(笑)」
――お兄様がいらっしゃるんですね。途中までは一緒に強くなっていった感じですか?「いや、私だけが強くなっていきました。角落ちでも勝ってしまっていたので。まぁでも今思うと初心者にとって角落ちってあまりハンデじゃなかったかもしれません。棒銀で破ってしまえば勝ちなので」
――そのあとは道場に行って、腕を磨いて、という感じでしょうか?「そうですね。小学3年生のころに厚木王将という道場に通いだして、北浜さん、鈴木大介さん、勝又さん、高野さん、佐藤紳哉さんが同じ年代でいました」
――そうそうたるメンバーですね。「はい。今思うとすごいメンバーでしたね」
――みなさんで対局されたりしたんですか?「ええ、でも年もそれほど変わりないんですが、北浜さんなんかには二枚落ちでも勝てませんでした。こっちが初段で向こうが小学生準名人で五段ですから。鈴木大介さんは小学生名人でしたし」
――厳しい環境だったんですね。プロになろうと思ったのはいつですか?「幼稚園のころです」
――早いですね。「早いんですよ。幼稚園の卒園文集に大きくなったら将棋の棋士になりたいと書いていました」
――サッカー選手とか野球選手とかじゃなかったんですね。二番目になりたいものもなかったんですか?「小学生のときに、棋士になれなかったら作家になりたいとインタビューに答えていました。今回本を出させていただいたので、両方実現しましたね」
――おーっ、確かに。すごいですね。Q2、最初に知ったプロ棋士は?
「原田先生ですかね。昔、小学館から出ていた『将棋初段への道』という本に原田先生と羽生さんの二枚落ち対局が載っていて、それで知りました」
――そんな本があったんですか。知りませんでした。羽生先生が二枚落ちの下手とは貴重ですね。Q3、得意戦法は?
「今は角換わりをよく指しています。ここ最近定跡の進化が著しくて、▲4八金型や▲4五桂をポーンと跳ねる手など、2年前とすら全然違う形になってます。このあたりのことは将棋年鑑の特集に書いたのでそれを読んでいただければ(笑)」
Q4、普段は指さないものの、興味のある戦法は?「角頭歩戦法です。こちらも新型ダイレクトとして将棋年鑑に書きました」
――角頭歩ですか。最近プロの対局でも見かけるようになりましたが、従来の角頭歩とは違うんですか?「以前のものとは全く意味が違います。これまでは奇襲というか、定跡はずしの意味合いが強かったんですが、今回はきちんとした狙いがあります」
Q5、憧れの棋士は?「うーん、羽生さんですかね。私が奨励会員のときに七冠を達成して、雲の上の存在でした。いつも、これはダメだろうというところから逆転勝ちしていくのを本当にすごいと思って見ていました」
――最近の羽生先生はどうですか?「先日の棋聖戦の第1局でもバリバリの若手を相手にあんなに難しい終盤を勝ち切るわけですから。恐ろしいですよ」
――何が強いんですかね?「何が強い・・・。私に分かるわけがないですけど。(少考して)たぶん、将棋に対する姿勢が全然違うような気がします」
Q6、好きな将棋の格言は?「『3歩持ったら継ぎ歩と垂れ歩』。あと『玉の早逃げ八手の得』は真理をついているように思います」
Q7、好きな駒は?「銀です」
――理由はありますか?「攻防の要ですし、使い勝手がよくて柔軟、というイメージです。軍人将棋で言ったらタンクだと思います。って、分かる方いるでしょうか?」
Q8、影響を受けた将棋の本は?「『消えた戦法の謎』です。あれが私の原点というか、『消えた戦法の謎』のような本を書きたいというのが序盤完全ガイドシリーズの執筆の一つの動機でもありました」
――なるほど。あの本もプロで起こっていることを分かりやすく解説したものですよね。「はい。なんでこの形は指されなくなったの?という単純な疑問に丁寧に答えていて、とても面白かったです」
Q9、これまでで勝って一番嬉しかった将棋は?「三段リーグの対飯島戦です。劇的な詰みで勝った将棋で」
Q10、これまでで負けて一番悔しかった将棋は?「全部悔しいですけど、順位戦の最後の対阿部光瑠戦ですかね。かなり優勢な将棋を逆転で負けて、フリークラスに落ちてしまったので」
Q11、将棋のどんなところが好きですか?「理論的なところです。私は、指し手の意味がわかるのがすごく楽しいんです。なんでこう指すのかが理論的にわかったときが一番楽しい。それがこうやって本を書く原点にもなっています」
Q12、今後の目標は?「棋士としてはいい将棋を指すこと。あと、いつか駒落ちの本は書きたいなと思っています」
Q13、好きな映画は?「『ショーシャンクの空に』。あれは鉄板だと思います」
Q14、趣味は?「本を読むのが好きなんですが、読み始めると止められなくなるので自制しています」
Q15、今注目の藤井聡太四段についてはどうですか?「強さについてはみなさんが言っている通りです。ただ、こちらとしては彼を守らなければいけないなと思っています。彼が対局に集中できる環境を作っていくことが大事で、それが我々の責務でもあります。将棋界の宝ですから」
――なるほど。強さというところでは、先生から見てどこが特に強いと感じますか?「やはり終盤ですね。もちろん序盤もよく研究していると思いますけど。対近藤戦の終盤で△7八とと金を取った手があったんですが、解説でも言われていましたがあそこは普通は△6七とが第一感だと私は思います。あれが今のところでは一番ビックリしました」
Q16、今、注目している棋士は?「そうですね。永瀬さん、千田さん、佐々木勇気さんといったところです。彼らはこれまで上だけを見て戦ってきました。でもその状況がここ数ヶ月で一変してしまった。彼らの世代が今後どうなっていくのか、すごく注目しています。もちろん、藤井四段に簡単に道をゆずる気はないでしょう」
――観る我々としては今後が楽しみです。プレイヤーの方は大変だと思いますが。Q17、最後に、将棋ファンに向けて一言お願いします。
「将棋の楽しみ方には、本当にたくさんの種類があります。指すだけでなく、観て楽しんだり、駒が好きだったり、イベントに参加したり。みなさんが、それぞれのやり方で将棋を楽しんでいただければなと、強く思います」
――本日は長時間のインタビューありがとうございました。「こちらこそありがとうございました」
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