名人挑戦者 稲葉陽八段インタビュー 「ぎりぎりの攻防をお見せしたい」|将棋情報局

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名人挑戦者 稲葉陽八段インタビュー 「ぎりぎりの攻防をお見せしたい」

第75期A級順位戦は、A級初参加の稲葉陽八段が8勝1敗の成績で佐藤天彦名人への挑戦を決めた。名人挑戦を決めた稲葉八段にインタビューを行った。

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初参加のA級

――名人挑戦権の獲得、おめでとうございます。稲葉陽八段の順位戦の昇級は、C2が3期、C1が2期、B2が2期、B1が1期。加速していった感じで、A級まで昇っていきました。

稲葉 昇級ペースについては意識していませんでしたが、段々と慣れてきた感じですかね。順位戦は持ち時間が6時間と長いじゃないですか。終盤戦になるのが深夜のときもありますし、そういった感覚は、実際に経験してみないとわかりません。最初の頃は持ち時間を使いきれずに負けていたこともあったのですが、時間の使い方を意識するようになってから段々と内容がよくなり、勝率も上がっていったと思います。

――今期がA級初参加でした。

稲葉 開幕前はかなり苦しい戦いになると覚悟していましたね。名人を含めて、対A級棋士の対戦成績をパッと計算したら、トータルで見て勝ったのはせいぜい4、5局で、20敗ぐらいしていたんですよ。これは普通にやったら降級争いをすることになるなと。厳しい戦いが待っているのはわかっていたので、気を引き締めて挑みました。

――開幕局で屋敷九段に勝利しました。

稲葉 1局目に勝てたのは大きかったですね。全敗の可能性もあると思って臨んでいましたから、1つ勝って気が楽になったし、勢いがついたかもしれません。

――前半戦は白星が重なり、5回戦で広瀬八段と4連勝同士で当たりました。

稲葉 それまで広瀬八段とは3戦して全敗だったのですが、その一戦を制して5連勝。降級の目がなくなり、そこからは上を目指して戦うようになりました。でも、挑戦を意識するようになった6、7、8回戦は内容が悪く、苦しい将棋が続きましたね。自分は基本的には自然体で指すことを心がけているのですが、挑戦を意識しすぎて、それができなくなっていました。渡辺竜王との一局は完敗だったと思います。だからこそ、森内九段との最終局は、悔いのないように、いい内容の将棋を指したいなと思っていました。

心の葛藤

――全9回戦の中で、最も印象に残った対局を挙げてください。

稲葉 それはやっぱり、名人挑戦を決めることができた森内九段戦ですね。ラス前の段階で、残り2戦を残してマジック1の状況でした。それが前局で決めることができず、この将棋に負けると2連敗です。まだプレーオフはありますが、ここまできて挑戦を逃すのはつらいので、それは嫌だなと思っていましたね。

【第1図は△1五歩まで】

特に、第1図が印象に残っています。ここで普通は☗4五歩なのですが、☖同桂☗4六歩に☖2七金と角を追う手があって、思うように攻めが続きません。実戦は☗1六歩☖同歩☗同香☖同香と先に香を捨ててから、☗4五歩と突きました。香捨ての意味は1五にスペースを作ること。こうしておけば、☖4五同桂☗4六歩☖2七金には☗1五角(参考図)が後手の守備金をにらむ好位置です。以下☖1四歩と催促してきても、☗4二角成☖同銀☗4五歩。2七の金が遊び駒になるのが大きく、先手の攻めが続くでしょう。

【参考図は▲1五角まで】

ただ、この筋はパッと目についたのですが、見たことのない筋です。「本当にこんな仕掛けが成立するのかな、何か落とし穴があるんじゃないかな」と、ためらいと心の葛藤がありました。でもそこでしっかりと時間を使って、自分を信じて決断することができたのはよかったと思います。あとで師匠の井上九段や菅井君から、「あの香捨てはすごい手順やったな~」と言われました。

――この勝利によって8勝1敗。結果的には2位以下に2勝差をつけて、堂々の挑戦権獲得となりました。稲葉八段は棋士1年目に棋聖戦の挑戦者決定戦まで行きましたが、9年目にしてようやくタイトル初挑戦になりました。

稲葉 最初の頃は内容がいい将棋と悪い将棋の落差が激しくて、挑決まで行けたのは出来すぎだったと思います。でも、佐藤名人や糸谷八段、豊島七段(現八段)など同世代の棋士がタイトルに挑戦したり、取ったりしている姿を見て、自分も負けてはいられないなと思いましたね。特に最近は、永瀬六段や千田六段など、後輩がタイトル戦に出るようになってきたじゃないですか。やっぱり危機感もあって、「いま、ここで頑張らなくては」という気持ちが強くなりました。

佐藤名人の印象

――さて、挑戦する相手は佐藤天彦名人です。学年は稲葉八段のほうが1つ下ですが、同じ昭和63年生まれ。奨励会時代から接点はあったのでしょうか。

稲葉 佐藤さんは昔、関西奨励会にいたのですが、すごい勢いで上がっていったので級位のときに対局した覚えはないですね。話したこともほとんど記憶にありません。三段リーグに入ってからは2局指して、1勝1敗だったと思います。

――佐藤将棋の印象を教えてください。

稲葉 攻守にバランスが取れているというのがいちばんですね。棋界全体を見ると、いまは攻め好きな棋士が多いじゃないですか。そんな中で佐藤名人は受けに回るのを苦にしません。一手一手、しっかり読みを入れて、丁寧に受けている印象がありますね。また、終盤の粘り強さにも特長があって、すごい逆転勝ちをしていますよね。昔はそれほどでもなかったと思うのですが、最近は特に増えたような気がします。優勢な将棋を勝ちきる技術もすごいですし、強敵であることは間違いありません。

――対戦成績は4戦して、佐藤名人の4勝となっています。

稲葉 最初の2局は完敗でしたね。あとの2局は勝ちの局面もあったのですが、やっぱり終盤ですごい粘りを見せられまして(苦笑)。でも以前、将棋世界の企画対局で当たったときは勝ちましたし、研究会などで指したこともありますので、特に苦手意識というものはありません。今回の七番勝負ではぎりぎりの勝負になると思うので、そこで競り負けないようにしないといけませんね。

――お二人とも角換わりと横歩取りを得意戦法とされています。戦型はやはりその2つが中心でしょうか。

稲葉 佐藤さんはその2つで非常に高い勝率を誇っていますので、そうなる可能性は高いかもしれませんね。そのときの研究の進み具合で選ぶ感じになると思います。でも七番勝負なので、どんな戦型が出ても不思議ではないと思います。

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将棋世界編集部(著者)