ふるてつの観た王位戦挑戦者決定戦|将棋情報局

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ふるてつの観た王位戦挑戦者決定戦

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 羽生善治王位への挑戦権を争う、王位戦挑戦者決定戦はベテランの木村一基八段と関西の気鋭千田翔太四段の対戦となった。

 三段リーグを13期、約7年かけて卒業、23歳で四段となった木村は、苦労人らしいそのやさしさと、朗らかな性格、ユーモアのある解説でファンが多い。 王位戦といえば、5年前、深浦康市王位(当時)に木村が挑戦し、いきなり3連勝して深浦を追い詰めたことが記憶に新しい。勝率が高く安定感のある木村だけに同じ相手に4連敗することは考えにくく、誰しもが「木村新王位誕生」を疑わなかったが、結果はそこからまさかの4連敗。棋史に残る大逆転負けを喫する。翌年、朝日杯将棋オープン戦で優勝したものの、順位戦では4期守ったA級の座から陥落。以後、木村ファンが納得するような活躍は見られていない。 今回、久し振りに王位リーグにカムバックすると鬱憤を晴らすかのように、森下卓九段、佐藤康光九段、及川拓馬五段、渡辺明二冠を破って白組優勝。挑戦者決定戦に名乗りを上げた。 

 対する千田翔太四段はデビュー2年目の20歳。森信雄七段門下の注目の若手棋士だ。デビュー1年目から、加古川青流戦準優勝、王位戦リーグ入りと活躍。順位戦では昇級こそ逃したものの最後まで昇級を争った。王位リーグでは森内俊之竜王・名人、澤田真吾五段、豊島将之七段、行方尚史八段に勝ち、プレーオフでリーグ戦では敗れた広瀬章人八段を破り紅組優勝(段位肩書きはいずれも当時)。決定戦に駒を進めた。

 挑戦者決定戦の朝、定刻の15分前に対局室に顔を出すと、すでに上座には目を閉じ瞑想する木村の姿があった。定刻5分ほど前に千田も入室。木村が駒箱を開け互いに駒を並べ始める。駒を並べる千田の指先は微かにそしてずっと震えていた。木村のふっくらした棋士らしい柔らかな手と、千田の細い爪の伸びた指先がゆっくりと交錯する。

 対局が佳境に入ると、モニター越しに木村がハンカチをくわえて考えるお得意の姿が見えた。その姿を見て私は、武士が懐紙をくわえ刀を研ぐ姿を思い浮かべていた。温厚な表情とは裏腹に「肉を切らせて骨を断つ」その凄みのある剣術指南役のような将棋に、ファンは魅せられ惹かれるのであろう。

 木村は若武者の勢いをとめ、付け入る隙を与えず切り捨てる。5年前の悪夢を払拭するチャンスを得たのだ。
 打ち上げの席で木村は「確か輪島は奨励会旅行で行ったと思うんですよね」と第1局の対局地に思いを馳せ、遠い記憶を蘇らせては、当時の奨励会のさまざまな猛者たちの話をして笑わせてくれた。
 千田は成人しているが、まだ一滴も酒を飲んだことがないという。誰が勧めても飲むとは言わなかった。まじめで温厚な性格なのだろう、皆のたわいもない話を聞いて笑い、聞き役だがいろいろな話に付き合って関西棋界の話を教えてくれた。
 打ち上げがお開きとなり、木村が雨の中タクシーに乗り込み暗闇へと吸い込まれていった。残された面々に千田はボソッと「すっかりシルバーコレクターになっちゃいましたね」と自嘲気味につぶやいた。最初、私はなんのことを言っているのか分からなかったのだが、加古川青流戦準優勝、順位戦では昇級できず、今日の挑戦者決定戦では負け、と銀メダル続きであることを言っているのだ。「そんなことないよ」と心から否定する言葉を並べてみたが、そんな慰めは意味のないこと。本人が努力を重ねて結果を出すしかない世界なのだ。
 何でもいい、千田が結果を出す瞬間を、きっと取材しに行こうと思った。
 この時代に四冠を手にする絶対王者羽生に、不惑を迎えた受けの達人が、どんな新境地を見せてくれるのか。
 7月7、8日に石川県輪島市輪島温泉「八汐」で行われる第1局を皮切りに王位戦七番勝負はスタートする。

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