2015.05.19
穴熊名局集~穴熊の名棋士へインタビュー~
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中原名人に”穴熊党総裁”が挑戦し、千日手持将棋含め9局の激闘が繰り広げられたのが1975年の名人戦。
今年で40年になります。
穴熊党にとっては記念すべき1年です!
振り穴大好き米澤です。
今日は穴熊名局集の紹介です。
先日少し内容が紹介されていましたが、まず皆さまにご理解いただきたいのは、この本はただの実戦集とはちょっと違うぞ、という点です。
監修の大内延介九段によるまえがき、その一部をご紹介します。
じっくり読んでください。(※長いです)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昭和50年、第34期名人戦――。
名人戦という大舞台で、私が初めて振り飛車穴熊戦法を採用してから40年がたった。
本書は古今の穴熊の名局を100局集め、解説するという今までにない試みで、私を含め穴熊党の棋士としては、うれしい限りである。
この本を手に取っていただいた方に言っておきたいのは将棋の歴史というのは『技術革新』の歴史であるということ。
穴熊戦法というのも、初めから穴熊をやろうと思って出来上がったものではない。居飛車の玉頭位取りに対して、どうしたら振り飛車側が最善の陣形を組めるか、という将棋の技術的なテーマの中で生まれたということだ。
(中略)
この穴熊戦法の誕生によって、玉頭位取りは衰退していった。そして今度は穴熊戦法を破るために居飛車穴熊が生まれ、現在隆盛を誇っている。このようにして将棋の技術革新は続いていくのである。
そういう将棋の歴史を理解した上で本書を読んでいただくと、収録されている1局1局が生きてくるのではないかと思うのだ。
(中略)
この本は、玉を固めて思い切りよく戦う、この振り飛車本来の持ち味を穴熊戦法に託して戦ったプロ棋士たちの軌跡である。穴熊の名勝負100局、どうぞご堪能ください。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
全文は書店でご確認ください。
名勝負100局、加えてそこには穴熊戦法の誕生と発展の軌跡、それに寄与したプロ棋士たちの物語があるんです。
閑話休題。
今回の書籍、穴熊党を代表して4人の棋士へのインタビューと自戦解説を収録しています。
「穴熊党総裁」大内延介九段
「穴熊党副総裁」西村一義九段
「妖刀」福崎文吾九段
「振り穴王子」広瀬章人八段
穴熊党にはたまらんインタビューになっています。
大内先生のインタビューでは、上で中略とした部分について特に語られています。
穴熊は元々「穴熊囲い」でしかなかったが、大内先生が「穴熊戦法」に昇格させたのです。
今とは時代が違いますので、穴熊に対する偏見もあったが、「それが逆にありがたかった」など、興味深い話が続きます。
さて、この上記の話と対比して、福崎先生のインタビューを見てみましょう。
福崎先生は大内先生の18個年下です。
穴熊を指し始めた頃の話を次のように語っています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「でも、関西でも穴熊にアレルギーのある人は多かったです。将棋祭りでも『見てる客が面白くないから穴熊はするな』とか言われたこともありました。何が面白いのか、ホントは分からないはずなんだけど。とにかくそういう感じで見られてました」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
福崎先生の世代でもこうした偏見は残っていたようです。
さらにこうも語っています。(※長いです)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「名人戦での大内先生に対する、われわれ振り穴党の期待はめちゃくちゃ大きかったですよ。一度でも名人を取ってほしかった。名人になった将棋をおとしめることはできないですからね。
正面切って、『こんな将棋(穴熊)を指してると駄目』とは言えなくなる。でも実際は…。名人を目前にして、だから名人になっていてもおかしくない将棋なんだけども、世間は事実だけを見ます。穴熊だから名人になれないんだ、と。勝っていれば歴史的に大きかった。僕としても惜しかった。今でも、勝ってほしかったと強く思ってます」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今や穴熊に囲うことは「普通」です。
当時を知らない私にとっては「今でも、勝ってほしかった」という言葉は意外でもあり、非常に印象に残っています。
冒頭のインタビューでこうした歴史・経緯を知った上で棋譜を並べると、また味わいも違うのではないでしょうか。
穴熊党必読のインタビューです。
真面目な話が続いたので最後に軽い話を。
福崎先生のトークについては皆さんご存じの通りかと思いますが、本書のインタビューでもそうした「面白い部分」もあります。
では最後に、福崎先生に穴熊の心得を少し教えてもらいましょう。
福崎先生いわく、「穴熊はぶっちゃけ頭は良くなくても指せます。囲ってドン」だそうです。
皆さんも気楽にレッツ穴熊。ではでは。 限定記事や限定動画など特典が盛り沢山!将棋情報局ゴールドメンバーご入会はこちらから
今年で40年になります。
穴熊党にとっては記念すべき1年です!
振り穴大好き米澤です。
今日は穴熊名局集の紹介です。
先日少し内容が紹介されていましたが、まず皆さまにご理解いただきたいのは、この本はただの実戦集とはちょっと違うぞ、という点です。
監修の大内延介九段によるまえがき、その一部をご紹介します。
じっくり読んでください。(※長いです)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昭和50年、第34期名人戦――。
名人戦という大舞台で、私が初めて振り飛車穴熊戦法を採用してから40年がたった。
本書は古今の穴熊の名局を100局集め、解説するという今までにない試みで、私を含め穴熊党の棋士としては、うれしい限りである。
この本を手に取っていただいた方に言っておきたいのは将棋の歴史というのは『技術革新』の歴史であるということ。
穴熊戦法というのも、初めから穴熊をやろうと思って出来上がったものではない。居飛車の玉頭位取りに対して、どうしたら振り飛車側が最善の陣形を組めるか、という将棋の技術的なテーマの中で生まれたということだ。
(中略)
この穴熊戦法の誕生によって、玉頭位取りは衰退していった。そして今度は穴熊戦法を破るために居飛車穴熊が生まれ、現在隆盛を誇っている。このようにして将棋の技術革新は続いていくのである。
そういう将棋の歴史を理解した上で本書を読んでいただくと、収録されている1局1局が生きてくるのではないかと思うのだ。
(中略)
この本は、玉を固めて思い切りよく戦う、この振り飛車本来の持ち味を穴熊戦法に託して戦ったプロ棋士たちの軌跡である。穴熊の名勝負100局、どうぞご堪能ください。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
全文は書店でご確認ください。
名勝負100局、加えてそこには穴熊戦法の誕生と発展の軌跡、それに寄与したプロ棋士たちの物語があるんです。
閑話休題。
今回の書籍、穴熊党を代表して4人の棋士へのインタビューと自戦解説を収録しています。
「穴熊党総裁」大内延介九段
「穴熊党副総裁」西村一義九段
「妖刀」福崎文吾九段
「振り穴王子」広瀬章人八段
穴熊党にはたまらんインタビューになっています。
大内先生のインタビューでは、上で中略とした部分について特に語られています。
穴熊は元々「穴熊囲い」でしかなかったが、大内先生が「穴熊戦法」に昇格させたのです。
今とは時代が違いますので、穴熊に対する偏見もあったが、「それが逆にありがたかった」など、興味深い話が続きます。
さて、この上記の話と対比して、福崎先生のインタビューを見てみましょう。
福崎先生は大内先生の18個年下です。
穴熊を指し始めた頃の話を次のように語っています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「でも、関西でも穴熊にアレルギーのある人は多かったです。将棋祭りでも『見てる客が面白くないから穴熊はするな』とか言われたこともありました。何が面白いのか、ホントは分からないはずなんだけど。とにかくそういう感じで見られてました」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
福崎先生の世代でもこうした偏見は残っていたようです。
さらにこうも語っています。(※長いです)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「名人戦での大内先生に対する、われわれ振り穴党の期待はめちゃくちゃ大きかったですよ。一度でも名人を取ってほしかった。名人になった将棋をおとしめることはできないですからね。
正面切って、『こんな将棋(穴熊)を指してると駄目』とは言えなくなる。でも実際は…。名人を目前にして、だから名人になっていてもおかしくない将棋なんだけども、世間は事実だけを見ます。穴熊だから名人になれないんだ、と。勝っていれば歴史的に大きかった。僕としても惜しかった。今でも、勝ってほしかったと強く思ってます」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今や穴熊に囲うことは「普通」です。
当時を知らない私にとっては「今でも、勝ってほしかった」という言葉は意外でもあり、非常に印象に残っています。
冒頭のインタビューでこうした歴史・経緯を知った上で棋譜を並べると、また味わいも違うのではないでしょうか。
穴熊党必読のインタビューです。
真面目な話が続いたので最後に軽い話を。
福崎先生のトークについては皆さんご存じの通りかと思いますが、本書のインタビューでもそうした「面白い部分」もあります。
では最後に、福崎先生に穴熊の心得を少し教えてもらいましょう。
福崎先生いわく、「穴熊はぶっちゃけ頭は良くなくても指せます。囲ってドン」だそうです。
皆さんも気楽にレッツ穴熊。ではでは。 限定記事や限定動画など特典が盛り沢山!将棋情報局ゴールドメンバーご入会はこちらから
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