新刊案内『将棋・名局の記録』 ~珠玉の観戦記集の中から「開幕戦はリアリストが制す」を読む~|将棋情報局

将棋情報局

新刊案内『将棋・名局の記録』 ~珠玉の観戦記集の中から「開幕戦はリアリストが制す」を読む~

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 皆さん、こんにちは。
最近はお茶漬けが最強の食べ物だと思っている編集部の島田です。

今日も元気に新刊案内いきます。

本日ご紹介いたしますのは「将棋・名局の記録 ~観戦記者が見た究極の頭脳勝負と舞台裏~」です。



本書は将棋世界に掲載された大川慎太郎さんのタイトル戦の観戦記を厳選して、加筆して書籍化したものです。

個人的な話になりますが、私は元々将棋の読み物が大好きでして、こういう本の制作に携われたことを嬉しく思っております。

さて、まずは目次をご覧ください。




目次を見るだけでワクワク感がハンパないです。
いずれも名局ばかり。そして、将棋世界の読者の方ならなんとなく観戦記の内容を覚えている方も多いのではないでしょうか。

丸山先生の月の絵の話が出てくる「第3局 忘れられないシリーズ」。
藤井先生と鈴木先生を順位戦最終局対局前から追ったドキュメンタリーのような「第4局 また上がればいい」。
渡辺先生のソフト発の新手▲5五銀左が飛び出し、将棋ペンクラブ大賞を受賞した「第10局 ソフトに負けたわけじゃない」
観戦者が答えを知る中での人間同士の戦いを描いた「第12局 そんなに簡単じゃない」

すべてが印象深いんですが今日は私的に一番好きな「第7局 開幕戦はリアリストが制す」を少し紹介したいと思います。


これは第63期王将戦の第1局▲渡辺王将―△羽生三冠戦の観戦記です。

矢倉戦で下の図から▲7二銀!△同飛▲8三角!と進んだやつ、といってピンときた方は相当の将棋通。




本局のハイライトであり、話題になったシーンといえばこの局面。



ここで羽生先生は△8五桂と打ったのですが、堂々と▲6六金と取られて、以下先手玉を詰ましにいったのですが詰まないで負け。
「羽生が詰みを勘違いした」ということで話題になりました。
この局面では△5五角といったん逃げておけば羽生先生の優勢でした。

と、表層的にはこれだけの話なんですが、この数手の応酬をとことん深く掘り下げるのが大川観戦記の真骨頂。

まず、渡辺先生が▲6六金と角を取った一手を掘り下げます。その真相はこうです。


=============================================
「まず▲6六金を考えましたが、『羽生さんがやってきてるんだから、さすがに詰むよ
な』と思って消しました」
「そうなると▲2一飛しかない。これが結構複雑なんです。後手は金駒を合駒すると先手玉は詰まなくなる。また△2二角打は▲同飛成△同角▲4一角で後手の角が6六から外れるので、桂1枚では先手玉は寄らない。よって△3三玉の1手なんです。そこで▲4二銀△4四玉(下図)。



後手玉を4四に引きずり出してから▲6六金と手を戻すと、本譜と比べて後手玉が5五に利いているので、違う手段が生まれる可能性がある。また図から△5三銀不成▲3五玉としてから△6六金もある」
(中略)
「羽生さんは△8五桂を指すのに1時間かけていますが、3つを完璧に読みきるのは無理だと思いました。だから△8五桂は成算があって指したわけではないだろうと推測したんです。そのうちに単に▲6六金と取る手を再度考え直したら、『どうもこれは詰まないんじゃないか』と思いました」
そういって、渡辺は少し照れくさそうに笑った。
==============================================

つまり、渡辺先生の思考はこうです。

(1)単に▲6六金は羽生さんがやってきているから詰み
(2)とすると▲2一飛しかないが、これは複雑で、▲6六金と取るタイミングがさらに2つ生じる
(3)▲6六金と取るタイミングは合計3つあるが、これを読み切るのは無理
(4)よって、△8五桂は成算があって指したわけではない
(5)ならば(1)の結論も怪しく、もう一度読み直すと詰まないと分かった
(6)▲6六金を指した

渡辺先生がこういう考え方で将棋を指していることにまずびっくりします。指し手の読みと人の思考の読みを論理的に複合させて、一つの指し手に至る。あーすごい。
私が思うポイントは(3)のところで、3つ読み切るのは無理、と考えられるところに逆に渡辺先生の自信がうかがえます。つまり「自分でも読み切れないから他の人も読み切れない」という自信です。

それよりびっくりするのはここまでの話を本人から聞き出し、整理して文章にした大川さんの取材力です。すごいっす。

渡辺先生と大川さんの信頼関係がなせるわざなんでしょうが、本書を通じて随所に渡辺先生の本音や思考回路が明らかにされています。

今回、本の帯に入れるコメントを4人のプロ棋士にいただいたのですが、渡辺先生のコメントは
大川氏の熱心な取材に本音を引き出された」です。

本局の観戦記ではこの渡辺先生の▲6六金だけでなく、なぜ羽生先生が△8五桂と指したのかにも迫っています。その辺は書籍でご確認ください。

他にも、序盤では本局の下地となった矢倉▲4六銀・3七桂型における永瀬流も解説していますし、中盤では、現地を訪れていた青野先生が指摘した順やGPS将棋が解析した最善手の話も出てきます。終盤も紹介した局面の直前に渡辺先生が指した▲6六金についての話も非常に面白い。
とにかく大川さんの一局の観戦記に懸ける情熱がすごいです。
本書にはそういう力のこもった観戦記が12局分収録されています。

また、今回の書籍化にあたって、全局について「取材後記」を書いていただきました。
紹介した「第7局 開幕戦がリアリストが制す」の取材後記にはこんなことが書いてあります。

「インターネット中継が発達した現在では、その日のうちに感想戦の結論がアップされる。ぼんやりしていては、内容がネット中継と似通ってくるし、それでは意味がない。原稿が読者の目に触れるのが対局の一か月後であることも珍しくない将棋世界で独自の味を出していくには、後日の取材しかない。うまくいったことはほとんどないが、これからもこの方向性でやっていくつもりだ」

本書で、「取材の力」とそれが引き出す「棋士の本音」をご堪能いただければ幸いです。

発売は12月23日です。ご期待ください。


それでは皆さん、今週も良い週末将棋ライフを!
  お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。