語尾の思い出|将棋情報局

将棋情報局

語尾の思い出

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 河口先生と初めてお仕事をさせていただいた書籍の校了間際の話です。
紙幅の都合で原稿を1行削らざるを得なくなりました。何度読み返しても、削ってよさそうな場所が見当たりません。こんな場合は先生に相談するよりないのですが、たまたま連絡が取れません。仕方なくできるだけ無難を心がけて語尾を修正しました。

無事に本が発売になり、打ち上げの場で、恐る恐る「すみません先生、ここ削らせていただきました」と切り出しました。
先生はニヤリと笑って、
「削るならもっとうまく削ってくれよなァ」
と冗談めかして言われました。

(ああ、やっぱり)と思いました。
先生の言葉をひとつ奪ってしまったのだなと、落ち込みました。
新米編集者が当たり障りなく逃げようとした姿勢も、先生は手に取るように見抜いていたことでしょう。またそれをユーモアに包んで伝えてくれる優しさが心に響きました。

編集作業をしていると、語尾を直そうか読点を打とうか削ろうかと考えることはしょっちゅうですが、そのたびに河口先生のあの時の笑顔が思い出され、身が引き締まるのです。
本当に残念でなりません。

「升田幸三の孤独」に収録されている米長邦雄永世棋聖の追悼文から、先生の軽妙な語り口を一つ紹介します。
------
 米長が欧州旅行でロンドンに行ったとき、せっかく英国に来たのだから、ゴルフをしよう、ということになり、ならセントアンドリュースだ、となった。
 しっかりとした案内役がいて、予約をすませ、スコットランドへ飛んだ。
 そうしてゴルフの聖地に着いたのだが、入口で支配人らしき人に「今日はアマチュアのトーナメントをやっているので、一般の人はプレー出来ない」と断られた。
 案内役は困った。せっかく日本から来たのだから、など必死に頼んだが「ここはアメリカ大統領が来ても、ダメなものはダメだ」とにべもない。
 それでもと食い下がったが、支配人は頑としてうなずかない。どうしようもない、あきらめて帰ろう、となったとき、後ろでやりとりを見ていた米長が進み出て、「一つお尋ねしたいが」と支配人に言った。うなずくと、
「貴方にチップを差し上げようと思うのだが、それは失礼に当るだろうか?」
 恐らくたどたどしい英語だったと思う。それでも意は通じた。気難しそうな支配人の表情がくずれて
「いや、失礼ではない」
 米長はすかさず内ポケットから一枚の紙幣を出し、支配人に握らせた。
 とたんに態度が一変した。
「今、最終組が出たところだ。急げば全ホール回れる」とか言って、バッグを運んでくれたそうだ。
 この話を聞いていて、私があまりにうらやましそうな顔だったのだろう。米長は「渡すとき、チラッとお札を見たら50ポンドだった。しまったと思ったが、仕方ないからそのまま渡した」と苦笑した。
 50ポンドは当時のレートで2万円。支配人も驚いたろうが、プレーを許したのは金のせいではない。米長の人柄であろう。失礼に当るだろうか?というユーモラスな言い回しと、独特の人を引きつける表情が利いたのである。普通の人が、どうだとチップを出しても、受け取ってはくれまい。
-------
書籍編集部 大石 祐輝
お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。