文章への矜持  竜王 糸谷哲郎|将棋情報局

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文章への矜持  竜王 糸谷哲郎

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 小学生の頃、奨励会に入るか入らないかの私に、自分が目指している棋士の世界を色濃く感じさせてくれた読物、それが将棋世界に連載されていた「新・対局日誌」だった。月に一度の将棋世界、一番初めに読むのは当然そこからだった。そして、飽きるまで読み返すのも。
「新・対局日誌」は、普段棋譜という形でしか見ることの出来ない棋士の激闘を、そして日常を、最も近い立場から捉え、書き切っていた。その文章は恐らく一人の少年だけでなく、多くの人々をそこに居たかのように棋士達の光景の中へと引き込み、その世界へと憧れと興味を引き起こした。そこには、棋士一人一人の人間としての横顔が描写されており、その棋力のみならず人間的な魅力をも感じさせた。書き下される対局室の光景は、力限りを尽くしている人間たちが苦しむ様子、そしてまた人間同士の将棋の対局そのものの雰囲気を伝えていた。
私が長じて棋士になってから、河口先生と何度か話をさせて頂く機会を持つことが出来た。私の専門である哲学の話や、昔の将棋界の話が多く、非常に広範囲な学識に敬服の念を抱かざるを得なかった。
先生はショーペンハウアーなどを好まれておられたようで、ドイツ哲学の話が中心となった。また、その軽妙な語り口からは、あの文章が想い起こされた。
文章の中で取り上げて頂くことも有り、余り将棋の話をすることはなかったのにも関わらず、才能を高く評価して頂き、何年かくすぶっていた私は、自信を再度持つことが出来た。子ども時代から読んでいる方の文章に、自分が取り上げられたときのあの嬉しさと言ったら! 私がより早く出世していたならば、きっと先生ともっと話すことが出来ていたならと思うと、今になっても残念だ。
告別式にて、最後に入院された時、書きかけだった観戦記の原稿を病院内で完成されたというお話を伺い、改めて河口先生の文章への矜持に瞠目することとなった。
先生、どうか安らかにお眠り下さい。 お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
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