2015.08.21
【ノーカット版】第56期王位戦挑戦者 広瀬章人八段インタビュー「新しい自分を見せる」
お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
ここでは将棋世界8月号に掲載されている、広瀬章人八段インタビューのノーカット版をお送りします。誌面に入りきらなかったリーグ戦の話、海外旅行の話など、盛りだくさんの内容です。どうぞご覧ください。
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――王位戦挑戦おめでとうございます。
「ありがとうございます」
――今期のリーグ戦から振り返っていただきたいと思います。まずは初戦の佐々木勇気五段戦。後手番で角換わり腰掛け銀でした。堅さを生かしてうまく攻めたという感じでしょうか。
「結果的にはそうですね。細い攻めをつなげる展開になって、際どい攻防ではあったのですが、全体的にはいい内容でした」
――2戦目の山崎隆之八段戦は力戦形になりました。これも堅さを生かして攻めきったような感じでした。
「駒組みで少し作戦勝ち模様になり、展開としては割と理想的でした」
――理想的というのはどういった展開なのでしょうか。
「指したい手を指して、準備をしてから仕掛けることができたということですね。割と無駄のない仕掛けで、思ったよりは際どかったのですが、概ねうまく指せました」
――そういった指し回しは毎回できるわけではないのですか?
「それはそうですね。人それぞれプロでもやっぱり微妙に感覚が違いますし」
――3戦目の田村康介七段戦は横歩取りの将棋で、短手数での勝利となりました。
「これも分かれの段階で少しよくなりました。相手が戦いを起こしたがっているのをうまく封じて、ポイントを上げることができました」
――これも快勝と言っていいでしょうか。
「そうですね。リーグ戦に関しては、勝った将棋はどれも内容がよかったです」
――4戦目の阿部光瑠五段戦は、後手番で角換わり腰掛け銀になりました。
「阿部五段の趣向で、少し珍しい作戦になりました。飛車先の歩を8五まで伸ばしているのに、▲6六銀と出る形は割と珍しいです」
――それで意表を突かれた?
「意表を突かれました。時間を使って考えたのですが、ちょっと対応し損ねたという感じですね。難しい順は割とたくさんあったと思うのですが、その中でかなり悪い部類の指し手を選んでしまいました。途中からははっきり足りません」
――割り切れる負け方でしたか?
「力が出し切れなかったという点ではちょっと悔いが残りますが、後手番でしたし、リーグ戦としては最終戦で勝てばいいかなと、このときは軽く考えていました(笑)」
――3勝1敗で、まだ余裕があったのですね。
「ちょうどこのあとに渡辺明棋王と欧州旅行に旅立ったんです。もちろん全部勝って行くのが理想でしたが、当然ながらそうそううまくはいきませんね(笑)」
――あまりに素晴らしい非現実的な長旅で、現実に戻ってこられるか不安ではなかったですか?
「というより、旅行期間中にあまりにも将棋の駒を触らなかったですから、将棋から離れすぎて、楽しかったのですが、帰ってきたとき唯一悪い点があるとしたら、ちょっと将棋が弱くなったんじゃないかという感じが(笑)。いや、感じではなく実際に弱くなったというか、リハビリが必要かなと思いました(笑)。幸いなことに帰ってきてから対局まで間隔があったので、その間に勉強して取り戻そうかなと。ただ、取り戻すのは大変だなと思いました」
――ヨーロッパでも中継はご覧になっていたようですが。
「見ていましたが、中継を見るくらいでは勉強とは言えませんから(笑)」
――そして、5戦目の木村一基八段戦を迎えます。感覚は取り戻せましたか?
「いや、何ともいえないところでした。それより、久々の公式戦だったので妙に緊張してしまいました(笑)」
――先手番で角換わり腰掛け銀ですが、千日手になりました。これは仕方ない局面でしょうか?
「千日手になった局面も自信はなかったのですが、木村八段としても千日手で手を打つくらいが妥当だったですかね」
――指し直し局も角換わり腰掛け銀になりました。この将棋はどうでしたか。
「途中まで千日手局と似たような進行で、同じように指すこともできたのですが、個人的に興味のあった同型角換わりに誘導しました。途中で軽率な一手が出て割とすぐに悪くなってしまって、ただそのあと木村八段が小ミスを重ねて、一瞬チャンスは来たのですが……。自分の感覚でも勝ちそうだなと思ったのですが、結局2択で間違えて、そうですね、このあたりはやっぱりブランクかなと。ハハ。いや、ただの言い訳なんですけど(笑)」
――この将棋に敗れて、3勝2敗で4人が並びましたが、規程により広瀬八段が挑決に進むことになりました。挑戦者決定戦は白組を勝ち上がった菅井竜也六段とでした。菅井六段とは初手合いでしたが、対戦前の印象はいかがでしたか。
「やはりすごい勝率を残しているだけありますし、最近はいろいろ指していますが、基本的には振り飛車党だと思うんですよ。振り飛車党特有の勝ち方を熟知している感じがして、手強い相手だなという認識でした」
――角を打ち合う手将棋模様の将棋になりましたが、経験はありましたか?
「似た形を研究会で指したことはありましたが、ほぼ初めてに近いです。馬を作り合って一見怖いですが、どこかで局面は落ち着きます。そのときにどちらがよくなるかを判断するのが難しいという将棋ですね。最後はピッタリ勝ちになっていたようなので、運もよかったと思います」
――強敵を下して、再び王位戦七番勝負への登場を決めました。王位戦には相性のよさを感じるところはありますか?
「それはありますね。タイトルを取られてからも、なんだかんだで王位リーグには毎年参加していますし。もちろんほかの棋戦も頑張ってはいるのですが」
――4年ぶりのタイトル戦ということに関しては、いかがですか。
「いまは本当に実力伯仲といいますか、若手も含め誰が挑戦者になってもおかしくない時代になっていると思います。そんな中で今回は自分がチャンスをものにできたという感じですね。そのうち必ず出られるだろうとは全く思っていませんでしたし、また挑戦できたことは素直にうれしいです」
――前回のタイトル戦から4年経って、ご自身の将棋で変わったところはありますか?
「4年前と比べると、指す戦法に関してはだいぶ変わりました。以前は振り飛車穴熊を中心に、ゴキゲン中飛車を指したりという感じでしたが、ここ1~2年で居飛車を中心に指すようになりました。大変ですが、少しずつ結果が出てきたように思います。それと、基本的に攻め中心だった考えから、バランスを意識するようになりました」
――振り飛車から居飛車に変えた理由というのは何かあるのでしょうか?
「振り飛車穴熊はやはりなかなか……主に羽生さんにやられすぎていて(笑)。やはりプロ間で流行らないだけあって、作戦として少し損をしているというのは認めざるを得ないところもあります。それを経験値でカバーしていたのですが、周りの方も慣れてきて、これ一本では厳しいかなと」
――ただ、もともと広瀬八段は両方指すタイプですので、居飛車を指すことはそこまで苦にならないように思うのですが。
「私の場合、以前は先手番では居飛車、後手番で振り飛車というパターンでしたが、いまは後手番でも居飛車を指そうとしていますから。後手番で居飛車を指すとなると、何でも対応できないといけませんからね。そういった意味では転向当初はだいぶ苦労しましたし、いまでもしています」
――広瀬八段は昨年順位戦でA級に上がり、初年度から6勝3敗と好成績を収めました。これは自信になりましたか?
「そうですね。ちょうど、後手番で居飛車を本格的に指し始めたのが去年くらいからで、順位戦でも後手番ですべて居飛車を指したのですが、それなりに結果も出たので、少なからず自信になりました」
――七番勝負は、再び羽生善治王位と相まみえることになりました。改めて羽生王位の印象について聞かせてください。広瀬八段は羽生王位の強さをどのように見ていますか。
「いろいろな世代の人を相手にして、対局中に相手のことをよく観察しているといいますか、その人の将棋の癖みたいなものを見抜いているような気がします。あと、そこまで深く読まなくてもこの局面はこっちが勝ち、という判断が非常に正確だと感じています」
――羽生王位にあって、広瀬八段にないものをひとつあげるとすると、何がありますか?
「それはいっぱいあるんじゃないですか(笑)。いちばんはなんだろう、やっぱり経験値ですかね。自分が将棋を始めた頃には既にトップとしてやっているわけですから。よく言われるのは、20代は読みで勝負して、30~40代は大局観で勝負するということですけど、やっぱり20代の頃の蓄積はすごいものがあったと思います。いまはそれを生かした戦い方をしているという感じでしょうか」
――広瀬八段の対羽生戦ということになりますと、現在羽生王位が7連勝中です。ただ、昨年1局指して、その前は3年前とだいぶ間隔が空いています。対羽生戦にはどのようなイメージを持っていますか。
「最初の頃は善戦していたのですが、先ほども言ったように、だんだん自分の将棋の弱点というか、隙を突かれていったような感じです。ただ、自分の将棋もここ2~3年で大きく変わっていますから、過去のデータはあまり気にならないといいますか、参考外に近いと思います」
――前回の羽生王位との番勝負では、振り飛車を軸に戦っていましたが、今回はどんな展開になりそうでしょうか。
「基本的には居飛車でいくと思うのですが、裏をかいて飛車を振る可能性もありますね。織り交ぜるかもしれませんし。前回羽生さんとやったとき、羽生さんの計らいかどうかは分かりませんがいろいろな戦型になったので、ひょっとしたらまたそういう感じになるかもしれませんね」
――広瀬八段は矢倉、角換わり、横歩取りとどれも満遍なく指していますが、好き嫌いはないのですか?
「好き嫌いというより、なるべく苦手を作らないようにしています。でも最近の流行もあって、やはり角換わりが中心になっていますね」
――何かいま温めている構想はあるのでしょうか?
「やってみたい形はいくつかあります。せっかくの機会ですし、それを羽生さんにぶつけてみたい気持ちもあります」
――読者の皆さんも気になっていると思いますが、ズバリ、振り飛車穴熊は登場するでしょうか。
「うーん、何とも言えないですね(笑)。やるだけなら簡単ですけど、やって結果を出さないといけませんから」
――年齢的なことに話を移しますと、ここ最近のタイトル戦や挑戦者決定戦には、広瀬八段以外にも糸谷哲郎竜王、豊島将之七段、佐藤天彦八段、菅井六段など20代の活躍が目立っています。棋界全体でもそういった若い人たちの頑張りというのは感じますか?
「ここ数年で少しずつ世代交代しつつあるのかなという気はしていますが、ただやはりタイトルを奪取しないことには、とも思います」
――世代交代の波は来ている、と。
「本来ならそうあるべきですね。羽生世代は強いですけど、あまりにもずっと天下を取らせてしまうと、我々世代が情けないと言われてしまうので」
――羽生世代はもう40代の中盤に差し掛かっています。
「我々ももうそろそろ30なので、何も言い訳ができなくなってきますからね(笑)」
――いまでも羽生世代の強さを感じることはありますか。
「昔の将棋を見ても、力で何とかするという感じがして、やっぱり地力が違うなというのは感じますね。特に自分が最近居飛車を始めたということもあるんですけど、矢倉とか角換わりでは、解説とかを読んでいてもなるほどと感心することが多いです。自分にはない感覚だなと」
――それはどうやって鍛えるものですか?
「いや、分からないです(笑)。こういう手もあると知識として覚えておくという感じですかね。実戦は生き物ですから、いろいろなパターンを知って、それを自分なりにアレンジするということでしょうか」
――最近は年下の棋士と戦うことも増えてきたと思うのですが、それに関してはどう感じていますか。
「挑戦者決定戦で、相手が年下だったというのは軽い衝撃を受けましたね(笑)。いままでは上ばかり見ていましたが、ついにこういう時代が来たんだなと」
――広瀬八段は順位戦の勝率が7割5分近くあり、通算勝率よりも1割ほど上回っています。長い持ち時間は得意とされているのでしょうか。
「というより、先後が決まっていて、作戦が立てやすいというのが自分に向いているんだと思います」
――対局前に決めた戦型が、いざ席についたら気が変わって別の将棋を指す、ということはないのですか?
「最近はないですね。相手に出だしで変化されない限りは。いまの将棋はそういう出だしの変化球というのも少ないですから、これでいこうと決めたら、その形になることが多いです」
――番勝負も初戦以外は先後が決まっていますから、そういう意味ではやりやすい面はありますね。
「そうですね、作戦は立てやすいです」
――勉強方法や日々の過ごし方など、開幕まではどんな過ごし方をされる予定ですか?
「特に変わらないと思います。他棋戦の対局もコンスタントに入る予定なので、そっちも疎かにはできませんから。夏の将棋イベントにも出ることもあるでしょうし」
――普段はどんな勉強をしているのでしょう?
「研究会で指すか、棋譜並べをするか、研究するか、詰将棋を解くか、くらいですかね。詰将棋は最近また解くようにしています。やっていないと最終盤が鈍るというか、ちょっとサボるとすぐに弱くなってしまいますね。だんだんそういう年になってきました(笑)」
――現在のマイブームなどありますか?
「相変わらずサッカー観戦は好きですね」
――ストレス解消法で何かやっていることはありますか。あまりストレスはたまらないほうですか?
「そうですね、あまりたまらないです。基本的には寝て起きたらさほど影響を受けないことが多いです」
――将棋に負けても?
「次の日になったら一応反省しようかなというくらいで(笑)」
――次の日に反省するんですね。
「翌日に持ち越してしまうのが甘いところなんでしょうね、きっと」
――寝て、次の日に反省してもう切り替えるというサイクルなのですね。
「なるべくそうするようにしています。何日もだらだらしているともったいない気もしますから」
――いま、やりたいことって何かありますか?
「うーん、すぐに浮かばないってことはないんでしょうね(笑)。対局があって、それに向けていろいろ考える、というのを繰り返しているとすぐ1年が終わってしまう感じですね。だからそういう意味でも、海外旅行に行ったっていうのはいい機会だったと思います。そんなにまとめて遠出することもなかなかないでしょうから」
――何泊したんですか?
「私は11泊13泊です。海外はもうちょっと危険なイメージがあったのですが、そこまでではなかったですね。言葉が通じたらもっと楽しいのだろうなと思いました」
――広瀬将棋についてお伺いします。自分の将棋で心掛けていることやこだわりはありますか?
「あまり序中盤で差をつけられないように、というくらいでしょうか。現代の将棋では間違いなく重要ですよね」
――序中盤で差をつけられてしまうとやはり苦しいのですね。
「最近では終盤でも逆転しづらくなってきていますからね。こだわりは特にはありませんが、力の出せる展開にしたいとは常に思っています。プロ棋士は皆そうでしょうけど」
――力の出せる展開というのは、具体的にはどういった展開ですか。
「駒が前に行く将棋とかは好きですね、あとは歩を使ったり、細かい攻めをつなげるような将棋ですかね」
――たとえば、形勢が多少悪くなっても、力の出せる展開に持ち込むということはありますか?
「それもゼロではないですね。自信のある局面があったらもちろんそうしますが、分かれ道があって、どちらも自信が持てないのであれば、細かい攻めを繰り出すほうを選ぶような気がします」
――ご自身の将棋で、気になっている課題はありますか。
「自分の考えが正しいのか分かりませんが、自分ではちょっと玉を固めすぎる傾向があると思っています。穴熊をやっているからというのも間違いなくあるんですけど(笑)。手堅すぎる面があるのが弱点といえば弱点かもしれません」
――プロアマ問わず、堅さは好まれると思うのですが。
「強い人は、駒を埋めて玉を固める一手を持ち駒に温存して、1手見切って勝ちにいくんですよ。そのあたりの感覚は、やはり昔から居飛車を指していなかったのが響いていると思います。勝っている居飛車党の人は、そういうことができるから勝っているんですよね」
――広瀬将棋の魅力といえば、やはり切れ味鋭い終盤だと思うのですが、ご自身ではどう捉えていますか?
「昔羽生さんが羽生マジックで逆転とかよくありましたけど、本人はマジックを出しているつもりはないと思うんです。羽生マジックと比べるのはおこがましいですが、私も普通の手、もしくはしょうがないと思って指している手が、結果的にそれがギリギリのところを突いた勝負手になっていたりするということでしょうか」
――最後に、番勝負に向けての意気込みをお願いします。
「対羽生戦の連敗を止めたいという気持ちもありますし、タイトル戦という舞台で自分の力がどれだけ出せるか、どんな戦型になっても、将棋自体が少しずつ変わってきているので、新しい自分がどれくらい通用するか、不安な面もありますが、楽しみな面もあります。先ほども言いましたが、誰が挑戦してもおかしくない状況の中で掴んだチャンスなので、リベンジというよりは、素直にぶつかっていきたいです」
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ここでは将棋世界8月号に掲載されている、広瀬章人八段インタビューのノーカット版をお送りします。誌面に入りきらなかったリーグ戦の話、海外旅行の話など、盛りだくさんの内容です。どうぞご覧ください。
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ツキがあったリーグ戦
――王位戦挑戦おめでとうございます。
「ありがとうございます」
――今期のリーグ戦から振り返っていただきたいと思います。まずは初戦の佐々木勇気五段戦。後手番で角換わり腰掛け銀でした。堅さを生かしてうまく攻めたという感じでしょうか。
「結果的にはそうですね。細い攻めをつなげる展開になって、際どい攻防ではあったのですが、全体的にはいい内容でした」
――2戦目の山崎隆之八段戦は力戦形になりました。これも堅さを生かして攻めきったような感じでした。
「駒組みで少し作戦勝ち模様になり、展開としては割と理想的でした」
――理想的というのはどういった展開なのでしょうか。
「指したい手を指して、準備をしてから仕掛けることができたということですね。割と無駄のない仕掛けで、思ったよりは際どかったのですが、概ねうまく指せました」
――そういった指し回しは毎回できるわけではないのですか?
「それはそうですね。人それぞれプロでもやっぱり微妙に感覚が違いますし」
――3戦目の田村康介七段戦は横歩取りの将棋で、短手数での勝利となりました。
「これも分かれの段階で少しよくなりました。相手が戦いを起こしたがっているのをうまく封じて、ポイントを上げることができました」
――これも快勝と言っていいでしょうか。
「そうですね。リーグ戦に関しては、勝った将棋はどれも内容がよかったです」
――4戦目の阿部光瑠五段戦は、後手番で角換わり腰掛け銀になりました。
「阿部五段の趣向で、少し珍しい作戦になりました。飛車先の歩を8五まで伸ばしているのに、▲6六銀と出る形は割と珍しいです」
――それで意表を突かれた?
「意表を突かれました。時間を使って考えたのですが、ちょっと対応し損ねたという感じですね。難しい順は割とたくさんあったと思うのですが、その中でかなり悪い部類の指し手を選んでしまいました。途中からははっきり足りません」
――割り切れる負け方でしたか?
「力が出し切れなかったという点ではちょっと悔いが残りますが、後手番でしたし、リーグ戦としては最終戦で勝てばいいかなと、このときは軽く考えていました(笑)」
――3勝1敗で、まだ余裕があったのですね。
「ちょうどこのあとに渡辺明棋王と欧州旅行に旅立ったんです。もちろん全部勝って行くのが理想でしたが、当然ながらそうそううまくはいきませんね(笑)」
――あまりに素晴らしい非現実的な長旅で、現実に戻ってこられるか不安ではなかったですか?
「というより、旅行期間中にあまりにも将棋の駒を触らなかったですから、将棋から離れすぎて、楽しかったのですが、帰ってきたとき唯一悪い点があるとしたら、ちょっと将棋が弱くなったんじゃないかという感じが(笑)。いや、感じではなく実際に弱くなったというか、リハビリが必要かなと思いました(笑)。幸いなことに帰ってきてから対局まで間隔があったので、その間に勉強して取り戻そうかなと。ただ、取り戻すのは大変だなと思いました」
――ヨーロッパでも中継はご覧になっていたようですが。
「見ていましたが、中継を見るくらいでは勉強とは言えませんから(笑)」
――そして、5戦目の木村一基八段戦を迎えます。感覚は取り戻せましたか?
「いや、何ともいえないところでした。それより、久々の公式戦だったので妙に緊張してしまいました(笑)」
――先手番で角換わり腰掛け銀ですが、千日手になりました。これは仕方ない局面でしょうか?
「千日手になった局面も自信はなかったのですが、木村八段としても千日手で手を打つくらいが妥当だったですかね」
――指し直し局も角換わり腰掛け銀になりました。この将棋はどうでしたか。
「途中まで千日手局と似たような進行で、同じように指すこともできたのですが、個人的に興味のあった同型角換わりに誘導しました。途中で軽率な一手が出て割とすぐに悪くなってしまって、ただそのあと木村八段が小ミスを重ねて、一瞬チャンスは来たのですが……。自分の感覚でも勝ちそうだなと思ったのですが、結局2択で間違えて、そうですね、このあたりはやっぱりブランクかなと。ハハ。いや、ただの言い訳なんですけど(笑)」
――この将棋に敗れて、3勝2敗で4人が並びましたが、規程により広瀬八段が挑決に進むことになりました。挑戦者決定戦は白組を勝ち上がった菅井竜也六段とでした。菅井六段とは初手合いでしたが、対戦前の印象はいかがでしたか。
「やはりすごい勝率を残しているだけありますし、最近はいろいろ指していますが、基本的には振り飛車党だと思うんですよ。振り飛車党特有の勝ち方を熟知している感じがして、手強い相手だなという認識でした」
――角を打ち合う手将棋模様の将棋になりましたが、経験はありましたか?
「似た形を研究会で指したことはありましたが、ほぼ初めてに近いです。馬を作り合って一見怖いですが、どこかで局面は落ち着きます。そのときにどちらがよくなるかを判断するのが難しいという将棋ですね。最後はピッタリ勝ちになっていたようなので、運もよかったと思います」
4年ぶりのタイトル戦
――強敵を下して、再び王位戦七番勝負への登場を決めました。王位戦には相性のよさを感じるところはありますか?
「それはありますね。タイトルを取られてからも、なんだかんだで王位リーグには毎年参加していますし。もちろんほかの棋戦も頑張ってはいるのですが」
――4年ぶりのタイトル戦ということに関しては、いかがですか。
「いまは本当に実力伯仲といいますか、若手も含め誰が挑戦者になってもおかしくない時代になっていると思います。そんな中で今回は自分がチャンスをものにできたという感じですね。そのうち必ず出られるだろうとは全く思っていませんでしたし、また挑戦できたことは素直にうれしいです」
――前回のタイトル戦から4年経って、ご自身の将棋で変わったところはありますか?
「4年前と比べると、指す戦法に関してはだいぶ変わりました。以前は振り飛車穴熊を中心に、ゴキゲン中飛車を指したりという感じでしたが、ここ1~2年で居飛車を中心に指すようになりました。大変ですが、少しずつ結果が出てきたように思います。それと、基本的に攻め中心だった考えから、バランスを意識するようになりました」
――振り飛車から居飛車に変えた理由というのは何かあるのでしょうか?
「振り飛車穴熊はやはりなかなか……主に羽生さんにやられすぎていて(笑)。やはりプロ間で流行らないだけあって、作戦として少し損をしているというのは認めざるを得ないところもあります。それを経験値でカバーしていたのですが、周りの方も慣れてきて、これ一本では厳しいかなと」
――ただ、もともと広瀬八段は両方指すタイプですので、居飛車を指すことはそこまで苦にならないように思うのですが。
「私の場合、以前は先手番では居飛車、後手番で振り飛車というパターンでしたが、いまは後手番でも居飛車を指そうとしていますから。後手番で居飛車を指すとなると、何でも対応できないといけませんからね。そういった意味では転向当初はだいぶ苦労しましたし、いまでもしています」
――広瀬八段は昨年順位戦でA級に上がり、初年度から6勝3敗と好成績を収めました。これは自信になりましたか?
「そうですね。ちょうど、後手番で居飛車を本格的に指し始めたのが去年くらいからで、順位戦でも後手番ですべて居飛車を指したのですが、それなりに結果も出たので、少なからず自信になりました」
羽生善治王位の強さ
――七番勝負は、再び羽生善治王位と相まみえることになりました。改めて羽生王位の印象について聞かせてください。広瀬八段は羽生王位の強さをどのように見ていますか。
「いろいろな世代の人を相手にして、対局中に相手のことをよく観察しているといいますか、その人の将棋の癖みたいなものを見抜いているような気がします。あと、そこまで深く読まなくてもこの局面はこっちが勝ち、という判断が非常に正確だと感じています」
――羽生王位にあって、広瀬八段にないものをひとつあげるとすると、何がありますか?
「それはいっぱいあるんじゃないですか(笑)。いちばんはなんだろう、やっぱり経験値ですかね。自分が将棋を始めた頃には既にトップとしてやっているわけですから。よく言われるのは、20代は読みで勝負して、30~40代は大局観で勝負するということですけど、やっぱり20代の頃の蓄積はすごいものがあったと思います。いまはそれを生かした戦い方をしているという感じでしょうか」
――広瀬八段の対羽生戦ということになりますと、現在羽生王位が7連勝中です。ただ、昨年1局指して、その前は3年前とだいぶ間隔が空いています。対羽生戦にはどのようなイメージを持っていますか。
「最初の頃は善戦していたのですが、先ほども言ったように、だんだん自分の将棋の弱点というか、隙を突かれていったような感じです。ただ、自分の将棋もここ2~3年で大きく変わっていますから、過去のデータはあまり気にならないといいますか、参考外に近いと思います」
――前回の羽生王位との番勝負では、振り飛車を軸に戦っていましたが、今回はどんな展開になりそうでしょうか。
「基本的には居飛車でいくと思うのですが、裏をかいて飛車を振る可能性もありますね。織り交ぜるかもしれませんし。前回羽生さんとやったとき、羽生さんの計らいかどうかは分かりませんがいろいろな戦型になったので、ひょっとしたらまたそういう感じになるかもしれませんね」
――広瀬八段は矢倉、角換わり、横歩取りとどれも満遍なく指していますが、好き嫌いはないのですか?
「好き嫌いというより、なるべく苦手を作らないようにしています。でも最近の流行もあって、やはり角換わりが中心になっていますね」
――何かいま温めている構想はあるのでしょうか?
「やってみたい形はいくつかあります。せっかくの機会ですし、それを羽生さんにぶつけてみたい気持ちもあります」
――読者の皆さんも気になっていると思いますが、ズバリ、振り飛車穴熊は登場するでしょうか。
「うーん、何とも言えないですね(笑)。やるだけなら簡単ですけど、やって結果を出さないといけませんから」
世代交代は進んでいる
――年齢的なことに話を移しますと、ここ最近のタイトル戦や挑戦者決定戦には、広瀬八段以外にも糸谷哲郎竜王、豊島将之七段、佐藤天彦八段、菅井六段など20代の活躍が目立っています。棋界全体でもそういった若い人たちの頑張りというのは感じますか?
「ここ数年で少しずつ世代交代しつつあるのかなという気はしていますが、ただやはりタイトルを奪取しないことには、とも思います」
――世代交代の波は来ている、と。
「本来ならそうあるべきですね。羽生世代は強いですけど、あまりにもずっと天下を取らせてしまうと、我々世代が情けないと言われてしまうので」
――羽生世代はもう40代の中盤に差し掛かっています。
「我々ももうそろそろ30なので、何も言い訳ができなくなってきますからね(笑)」
――いまでも羽生世代の強さを感じることはありますか。
「昔の将棋を見ても、力で何とかするという感じがして、やっぱり地力が違うなというのは感じますね。特に自分が最近居飛車を始めたということもあるんですけど、矢倉とか角換わりでは、解説とかを読んでいてもなるほどと感心することが多いです。自分にはない感覚だなと」
――それはどうやって鍛えるものですか?
「いや、分からないです(笑)。こういう手もあると知識として覚えておくという感じですかね。実戦は生き物ですから、いろいろなパターンを知って、それを自分なりにアレンジするということでしょうか」
――最近は年下の棋士と戦うことも増えてきたと思うのですが、それに関してはどう感じていますか。
「挑戦者決定戦で、相手が年下だったというのは軽い衝撃を受けましたね(笑)。いままでは上ばかり見ていましたが、ついにこういう時代が来たんだなと」
――広瀬八段は順位戦の勝率が7割5分近くあり、通算勝率よりも1割ほど上回っています。長い持ち時間は得意とされているのでしょうか。
「というより、先後が決まっていて、作戦が立てやすいというのが自分に向いているんだと思います」
――対局前に決めた戦型が、いざ席についたら気が変わって別の将棋を指す、ということはないのですか?
「最近はないですね。相手に出だしで変化されない限りは。いまの将棋はそういう出だしの変化球というのも少ないですから、これでいこうと決めたら、その形になることが多いです」
――番勝負も初戦以外は先後が決まっていますから、そういう意味ではやりやすい面はありますね。
「そうですね、作戦は立てやすいです」
――勉強方法や日々の過ごし方など、開幕まではどんな過ごし方をされる予定ですか?
「特に変わらないと思います。他棋戦の対局もコンスタントに入る予定なので、そっちも疎かにはできませんから。夏の将棋イベントにも出ることもあるでしょうし」
――普段はどんな勉強をしているのでしょう?
「研究会で指すか、棋譜並べをするか、研究するか、詰将棋を解くか、くらいですかね。詰将棋は最近また解くようにしています。やっていないと最終盤が鈍るというか、ちょっとサボるとすぐに弱くなってしまいますね。だんだんそういう年になってきました(笑)」
――現在のマイブームなどありますか?
「相変わらずサッカー観戦は好きですね」
――ストレス解消法で何かやっていることはありますか。あまりストレスはたまらないほうですか?
「そうですね、あまりたまらないです。基本的には寝て起きたらさほど影響を受けないことが多いです」
――将棋に負けても?
「次の日になったら一応反省しようかなというくらいで(笑)」
――次の日に反省するんですね。
「翌日に持ち越してしまうのが甘いところなんでしょうね、きっと」
――寝て、次の日に反省してもう切り替えるというサイクルなのですね。
「なるべくそうするようにしています。何日もだらだらしているともったいない気もしますから」
――いま、やりたいことって何かありますか?
「うーん、すぐに浮かばないってことはないんでしょうね(笑)。対局があって、それに向けていろいろ考える、というのを繰り返しているとすぐ1年が終わってしまう感じですね。だからそういう意味でも、海外旅行に行ったっていうのはいい機会だったと思います。そんなにまとめて遠出することもなかなかないでしょうから」
――何泊したんですか?
「私は11泊13泊です。海外はもうちょっと危険なイメージがあったのですが、そこまでではなかったですね。言葉が通じたらもっと楽しいのだろうなと思いました」
新しい自分がどれくらい通用するか
――広瀬将棋についてお伺いします。自分の将棋で心掛けていることやこだわりはありますか?
「あまり序中盤で差をつけられないように、というくらいでしょうか。現代の将棋では間違いなく重要ですよね」
――序中盤で差をつけられてしまうとやはり苦しいのですね。
「最近では終盤でも逆転しづらくなってきていますからね。こだわりは特にはありませんが、力の出せる展開にしたいとは常に思っています。プロ棋士は皆そうでしょうけど」
――力の出せる展開というのは、具体的にはどういった展開ですか。
「駒が前に行く将棋とかは好きですね、あとは歩を使ったり、細かい攻めをつなげるような将棋ですかね」
――たとえば、形勢が多少悪くなっても、力の出せる展開に持ち込むということはありますか?
「それもゼロではないですね。自信のある局面があったらもちろんそうしますが、分かれ道があって、どちらも自信が持てないのであれば、細かい攻めを繰り出すほうを選ぶような気がします」
――ご自身の将棋で、気になっている課題はありますか。
「自分の考えが正しいのか分かりませんが、自分ではちょっと玉を固めすぎる傾向があると思っています。穴熊をやっているからというのも間違いなくあるんですけど(笑)。手堅すぎる面があるのが弱点といえば弱点かもしれません」
――プロアマ問わず、堅さは好まれると思うのですが。
「強い人は、駒を埋めて玉を固める一手を持ち駒に温存して、1手見切って勝ちにいくんですよ。そのあたりの感覚は、やはり昔から居飛車を指していなかったのが響いていると思います。勝っている居飛車党の人は、そういうことができるから勝っているんですよね」
――広瀬将棋の魅力といえば、やはり切れ味鋭い終盤だと思うのですが、ご自身ではどう捉えていますか?
「昔羽生さんが羽生マジックで逆転とかよくありましたけど、本人はマジックを出しているつもりはないと思うんです。羽生マジックと比べるのはおこがましいですが、私も普通の手、もしくはしょうがないと思って指している手が、結果的にそれがギリギリのところを突いた勝負手になっていたりするということでしょうか」
――最後に、番勝負に向けての意気込みをお願いします。
「対羽生戦の連敗を止めたいという気持ちもありますし、タイトル戦という舞台で自分の力がどれだけ出せるか、どんな戦型になっても、将棋自体が少しずつ変わってきているので、新しい自分がどれくらい通用するか、不安な面もありますが、楽しみな面もあります。先ほども言いましたが、誰が挑戦してもおかしくない状況の中で掴んだチャンスなので、リベンジというよりは、素直にぶつかっていきたいです」
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