努力に終わりはない/インタビュー 永瀬拓矢六段(第87期棋聖戦挑戦者)|将棋情報局

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努力に終わりはない/インタビュー 永瀬拓矢六段(第87期棋聖戦挑戦者)

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(写真/日本将棋連盟電子メディア部)


 第87期棋聖戦挑戦者決定戦は、永瀬拓矢六段が村山慈明七段を破り、羽生善治棋聖への挑戦権を獲得した。 ただひたすら努力を続け、そしてなお努力を口にする、超「努力」の人・永瀬が、初めて掴んだタイトルへの切符。 8連覇中の王者に挑む意気込みを聞いた。
(本記事は将棋世界2016年7月号/インタビュー 永瀬拓矢六段「努力に終わりはない」に掲載したものです)



──挑戦を決めていまのお気持ちは?

永瀬 まずはひとつ結果を出せて、これで一安心できるかと思いましたが、ほかの対局はこれまで通り続いていますので、特に何かが変わったという気はしません。羽生先生に教われるのはとても楽しみ。ふがいない将棋を指しては申し訳ないので、善戦できるように将棋の内容を向上させて、序盤、中盤、終盤、すべてで競ることができるようにしたいです。

──トーナメントのどのあたりで挑戦を意識しましたか。

永瀬 最後まで意識することなく戦えました。本戦は六段以下が自分しかいなくて、誰が相手でも常に厳しい戦いになることは覚悟していました。


──これまで、新人王戦、加古川青流戦と、若手選抜の棋戦で2度の優勝がありますが、挑戦者決定戦では過去2回、敗れていました。ようやく、という気持ちはありますか?

永瀬 挑決の1回目は三浦弘行九段、2回目は渡辺明竜王(当時棋王)だったのですが、いずれも力の差を感じた内容だったので、ようやく、とは思えません。今回も村山七段という強敵を迎えて、苦しい勝負になるとは思っていましたし、実際その不安は的中しました。途中は敗勢ともいえる形勢になってしまいました。


──ではその一局を振り返ってもらえますか。

永瀬 序盤から中盤にかけてですが、昔の自分なら力ずくで受けようとした局面で、じっと玉を固める手を指せたことが印象に残っています。最近は受けるにしても、バランスのよい受けをテーマにしています。



将棋はやや苦しいながらも相手についていったのですが、第1図の△2五歩が悪手でした。▲6五歩がピッタリで、一気に形勢を損ねてしまいました。当初は▲6五歩に△2六歩▲6四歩△2七歩成で、飛車を取れるので難解と思っていたのですが、そこで▲6三歩成とされると、以下△1七とと飛車を取っても先手の玉に寄りはなく、私がはっきり不利です。このことに気づくのが遅れてしまったのが問題でした。そこで本譜は▲6五歩に△4六角としましたが、その後はずっと苦しい展開でした。



第2図がもっとも先手が勝ちに近づいた局面だと思います。実戦は以下▲3四桂で、これでも先手が悪いわけではないのですが、もっとカラく▲4一銀と打っておけば、こちらに手がありませんでした。以下△7六歩▲同銀△6八飛成▲同金△同角成で金を2枚剥がせるのですが、▲3二銀成△同金▲7八金(A図)と受けられて、以下飛車を持たれての反撃が厳しいのです。ここからだんだん差が詰まっていきました。




──どこで逆転したと思いましたか。

永瀬 最後まで勝ったとは思えませんでしたね。最終盤で相手玉に必至をかけ、私のほうも怖い局面だったのですが、そこから数手進んで自玉の不詰めがはっきりして、ようやく勝てたと思いました。





  頂いた棋士人生

──棋士になって8年半6年半で掴んだ挑戦権です。これまでの自身の成績をどう評価していますか。
(※元記事では8年半と記載いたしましたが、6年半の誤りでした。お詫びして訂正いたします)


永瀬 もうそんなにですか。結構長いですよね。もちろん、満足はしていません。ただ、自分の意識としては、私の棋士人生は鈴木先生(大介八段)に頂いたものだと思っています。客観的に見て、というわけではありませんが、頂いたものなので精一杯頑張らないと、と思ってやっています。


──「頂いた」というのは技術面で伸ばしてもらったいう意味ですか?

永瀬 もちろん技術面に関してもそうですが、私が四段の頃、アマチュアの加來さんに負けた後に、厳しく叱咤していただいたことがありました。正直、かなり堪えるものでしたが、いま思うと、それは本当の優しさだったんだとわかります。優しさの裏返しですね。叱ることって、叱った本人にとってはまったくメリットがないことですから。ほかにも鈴木先生に受けた恩は数えきれません。


──対戦相手の事前研究や、入念な作戦は立てて臨むほうですか。

永瀬 ある程度の作戦はもちろん立てますが、自分の場合は、いまは地力を高めることを最優先で考えています。今回の村山七段との挑決もそうでしたが、途中で地力のなさで形勢を損ねてしまうことがあるので、まずは中終盤で相手についていくだけの力を身につけないと。


──相手に応じた作戦を立てるのではなく、ということですね。

永瀬 そうです。なにより全体の力の底上げが必要で、そこを上げないとトップには通用しないでしょう。今回はたまたま結果を出すことはできましたが、現状のままでは長続きしません。


──しかし、永瀬六段は羽生名人に3戦全勝という好結果を残しています。実は攻略法を見つけているとか?

永瀬 勝ってはいますが、いずれも結果が幸いした、という感じです。当たり前ですが、攻略法があるような相手ではありません。まさに絶対王者と呼ぶにふさわしく、スキはまったく見えません。自分が将棋を始めたのは羽生名人を見てのことですし、目標とするには高すぎる存在ですが、少しでもよさを吸収していきたいですね。


──永瀬六段から見て、羽生世代は二回り近く、年上です。どういった感覚で見ていますか?

永瀬 羽生世代の先生方の将棋はいちばん並べています。将棋の技術はもちろん、人柄も素晴らしく、棋士の鑑です。学ぶことばかりですが、いろいろ見習って自分の成長につなげたいと思っています。


──では純粋に技術面だけを見て、何か変わってきていると思いますか?

永瀬 羽生先生の七冠時代を見ていないので、その時代と比べることはできないのですが、少なくとも自分が棋士となった8年ほど前と比べて変わったようには思えません。いまだに上位を占めているのは羽生世代ですし、力が下降していくことはまったく想像できません。


──ずばり勝算は?

永瀬 それについては考えないようにしています。結果より、まずは内容をよくすることが第一です。そのうえで、チャンスがきたら掴みたいと思っています。



(写真/日本将棋連盟電子メディア部)


  昨日の自分より強く

──自身の棋風はどうとらえていますか。かつては大山康晴十五世名人にたとえられるほど受けの強さが特徴的でした。

永瀬 受けるのはいまだに好きです。ただ、偏った受けにはしないように心掛けています。バランス型がいちばんいいのでしょうが、自分のよさや持ち味というのもあると思うので、そこはなくさないようにしたいですね。理想は短所を補いつつ、長所を少しずつ伸ばしていくイメージです。


──数年前に振り飛車から居飛車党に変わりましたが、それはどのような理由ですか。振り飛車に閉塞感を感じていたとか?

永瀬 それも鈴木先生の影響なんです。以前『永瀬君は二十歳になったら、居飛車を指して世界観を広げたほうがいい』と言われたことがあるんです。実際に世界観を広げるために居飛車を始めたというわけではないのですが、素直に取り入れてみました。振り飛車に苦しさを感じていたわけではありません。


──居飛車を指すようにしてよかったと思いましたか?

永瀬 どちらがよかったか、こればかりはわかりません。ただ、鈴木先生のおっしゃることなので、間違いはないと思ってはいました。


──最近、若手の活躍が目立ちますが、ライバルと思っている人はいますか?

永瀬 うーん、難しいですね。思いつきません。自分が強くなることで頭がいっぱいで、ほかの人を意識することがないので。ちょっとうぬぼれて聞こえるかもしれませんが、あえて言えば、自分がライバルになるでしょうか。昨日の自分よりは、今日の自分は強くありたいと、いつも思っています。


──永瀬六段は数多くの研究会をしていると聞いたことがあります。普段はどれくらい勉強をしていますか。

永瀬 昨年出場した電王戦の頃までは、VS(1対1の実戦中心の研究会)を中心とした勉強でしたが、いまは半分くらいに減らして、ほかの勉強法も取り入れています。


──コンピュータも活用している?

永瀬 はい。使うこともあります。ほかに詰将棋とか、棋譜並べとか、以前からやっていたことではありますが、比重を増やしました。実戦だけでなく、バランスのよい勉強を心掛けています。





  将棋は努力

──ところで趣味はありますか。

永瀬 春先は対局が減るので、何か趣味を見つけようかなとちょうど思っていたところだったんですが、ありがたいことに今回の挑戦で忙しくなりました。いまは趣味に充てようと思っていた時間で、羽生先生の将棋を勉強しています。


──対局の前後はどう過ごしますか。

永瀬 昔は対局前はナイーブになることもありましたが、いまは気にせず普段通り過ごします。挑決の前も同じでした。


──ナイーブというと?

永瀬 対局前日はしっかり休んで、体力を温存して、ということを考えていたんですが、そもそも地力が足りないのに、体力だけ温存しても仕方がないと思うようになりました。地力のある方は、力を発揮できるように休んでおくべきでしょうが、自分はまだそういうレベルではありません。いまは体力云々を考えるのでなく、日々、自己研鑽に努める時期だと思います。


──お酒は飲みますか?

永瀬 まったく飲みません。控えているというわけではなく、飲めないんです。


──自分の性格に関してはどう感じていますか?

永瀬 よくはわかりませんが、後輩からは厳しいとよく言われます。自分ではそのつもりはまったくないのですが。鈴木先生にも『永瀬君の後輩でなくてよかった(笑)』と言われたことがあります。そんなに厳しいですかね?


──インターネット上では「軍曹」のあだ名がついているようですが、これについては?

永瀬 うーん、階級を上げられるように頑張ります(笑)。


──以前、「将棋に才能は必要はない、努力だけだ」という旨の発言をされたことがあります。その考えはいまも変わりませんか?

永瀬 もちろんです。いまでも深く思っています。


──では永瀬六段は努力の人ですか?

永瀬 いえ、まだまだです。これからもしなければならないことはたくさんあります。ただ、もしあのときの鈴木先生の言葉がなければ、これほど努力というものに真摯に向き合うことはなかったでしょうし、いま私がこの場所に至っていた可能性はゼロだったでしょう。そう考えると、努力すること、頑張ることは、いつでも何かにつながる可能性はあるのだと思っています。今回、羽生先生と指せる舞台に立てたことは非常に光栄なことですが、自分にとって納得のいく将棋を指すためにも、さらに研鑽を重ねたいと思います。

(4月30日 於・蒲田将棋クラブ 構成・国沢健一)



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