王位戦&棋聖戦 展望対談 深浦康市九段×鈴木大介八段「スター誕生の条件―見えない壁を破るとき」|将棋情報局

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王位戦&棋聖戦 展望対談 深浦康市九段×鈴木大介八段「スター誕生の条件―見えない壁を破るとき」

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王位戦は木村一基八段が2年ぶり3度目の挑戦を決めた。そして棋聖戦では、永瀬拓矢六段がタイトル戦に初登場。二人は王者、羽生善治の壁を突き破ることができるのか。
王位3期の実績を持つ深浦康市九段と、永瀬のことを棋士で最もよく知る鈴木大介八段がそれぞれの番勝負を鋭く分析。勝敗の鍵になるのは何か、そしてずばり結果予想について本音を語った。

 【構成】鈴木健二
【写真】本誌
(本記事は将棋世界2016年8月号に掲載した同記事に、一部の未収録部分を加えたものです)


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――本誌(将棋世界8月号)の発売が王位戦第1局(7月5、6日)の直前になりますので、王位戦から話を伺います。挑戦者は木村一基八段になりました。
深浦 木村さんは前期、勝ち越しながらもリーグを陥落して、今期は予選からの参加でした。王位戦は若手がリーグ入りをしやすい棋戦なのですが、さすがの貫録を示して即復帰を決めています。リーグ戦でも森内俊之九段や山崎隆之八段などを相手に5戦全勝。素晴らしいことで、非常に充実していると思います。
鈴木 全勝という結果だけでなく、内容もよかったですよね。受けても攻めても圧倒することが多く、とても木村さんらしい勝ちっぷりでした。


挑戦者決定戦の感想戦。木村一基八段は若手精鋭の豊島将之七段を下した

――挑戦者決定戦の相手は若手の豊島将之七段でした。
深浦 横歩取りになり、先手の木村さんのほうが手を作りづらい展開で、とても神経を使う将棋でした。しかし、小刻みな動きでポイントを稼ぎ、鋭い攻めを決めて快勝しました。非常にいい形で七番勝負に進んだと思います。
鈴木 正直にいって最近は若手の調子がいいので、豊島さんが有利だと思って見ていました。木村さんは私より1つ上なので、もうすぐ43歳ですか。挑戦者決定戦という大一番で、あの年代を負かしたことには感動します。どうやったら勝てるのか、秘訣を聞いてみたいです(笑)。将棋の内容は非常に木村さんらしく、私が新人王戦(第33期)の決勝三番勝負で負かされた将棋を思い出しました。じわじわと周りを固めていくような指し回しで、急所でじっと我慢するような手も指しています。有利になってからは確実な手を繰り返し、最後はすごい大差になりました。好調の証ですね。

再戦

――羽生善治王位と2年ぶりの七番勝負となります。
深浦 2年前、私は第4局で立会人を務めました。矢倉と角換わりのシリーズで、その一局もぎりぎりの勝負でしたけど、全体を通して、いい内容の将棋が多かったです。結果は4勝2敗1持将棋でしたが、ほとんど差はないように感じました。でも、羽生さんに勝つためには、何かもう一押しが必要なのかもしれません。垢抜けた部分が出ないと、番勝負で勝ちきるのは、なかなか大変だと思います。
鈴木 2年前は、第6局が印象に残っていますね。角換わりから羽生さんの玉は寄らなそうに見えたのに、木村さんは、これしかないという鋭い寄せを決めて勝利しました。そのときは、「これはいよいよ取るのかな」と。木村さんは自分と同世代で、奨励会から指していた間柄なので応援していましたが、いざ本当に取るかもしれない状況になると、複雑な心境でした。結局、奪取とはなりませんでしたが、第7局まで戦った経験は大きいはずです。ほかにもタイトル戦のフルセットを経験していますし、力は十分足りているはずです。
深浦 第6局の寄せは私も記憶に残っていますね。
鈴木 でも深浦さんの言うように、取りきれるかどうかというのはすごく大事ですよね。今回、佐藤天彦さんが名人を取ったじゃないですか。王座戦で羽生さん、棋王戦で渡辺さんに、善戦しながらも退けられて、3回目の挑戦で奪取しています。木村さんは王位戦のほかに、棋聖戦でもフルセットを経験している。これまで取れていないのを不思議な気持ちで見ていましたが、初戴冠を果たす可能性は十分あると見ています。
深浦 私が初タイトルを取ったのは35歳のときでした。この世界は1回チャンスを逃すと、次のチャンスが巡ってくるまでに時間がかかります。木村さんにとっては正念場ですね。
鈴木 次のチャンスまでは10年かかると言われていますよね。私は最初のタイトル戦が竜王戦(第12期)で、次の棋聖戦(第77期)まで7年かかりました。それから10年たつけれど、次は果たして来るのでしょうか(笑)。やっぱりタイトル戦は、取って初めて1勝という感じです。長丁場なので棋戦優勝とは全然違いますね。自分は1勝4敗と3連敗だから偉そうなことは言えないけど、取ったことのある人とない人では、違いがあるのは確かだと思います。
深浦 鈴木さんと藤井さんの竜王戦は、鈴木さんが「振り飛車でいく」と宣言していて、とても印象に残っています。
鈴木 私はだいたい、作戦で失敗しています。先発ピッチャーを予告して、痛い目に遭う(笑)。藤井さんに全局、居飛車でこられて、自分の考えていたのとは全然違う将棋になってしまった。スコア的にも、「まわしに手が届いていない」状態でした。木村さんは、まわしに手が届いてはいるけど、勝ち名乗りを受けていない。この差が何なのかは、深浦先生に聞いてみたいです。

攻める覚悟

深浦 私が初タイトルを獲得したのは羽生さんに挑戦した第48期王位戦です。そのときは、かなり覚悟を決めていきました。それまでは受けに重心を置いていたのですが、「勝ち取る」、「前に出る」という意識で、攻める覚悟を持って挑みました。中終盤のねじり合いでも、羽生さんと渡り合えるように準備をしたつもりです。その積極的な姿勢が開幕2連勝につながったのだと思います。その後、フルセットにもつれ込みましたが、それはこちらも望むところ。最終局については、運の要素もあると思うので、チャンスをものにできてよかったです。
鈴木 奪取する人は、攻めていく人が多い気がします。受け将棋の人であっても、そのときだけは棋風が変わっているような感じがしますね。(佐藤)天彦さんの将棋も、もともとは「1手余して勝つ」作りだったと思いますが、ギリギリのところで斬り合わないと勝てないと見て、戦いながら終盤の考え方を少しずつ変えていったのではないでしょうか。タイトル戦を戦っていくうちに、成長していくのを感じました。取る人は自分の将棋を貫くだけではなく、きっと「1つギアを上げる」ことのできる人なのでしょうね。
深浦 なるほど、そうかもしれません。天彦さんの将棋は、すごくスマートというか、洗練されてきたのを感じます。
鈴木 自分が挑戦したときのタイトル戦は、「2人で死に物狂いになって1つのものを奪い合う、人間同士の戦い」でした。それが天彦さんのインタビューを聞くと、「いい内容の将棋を指して、それに結果がついてくれば」というような感じです。永瀬君にしても「内容を重視」みたいなコメントで、そのあたりの感覚も、かなり変わってきましたね。
――深浦九段は木村八段と王位戦七番勝負を戦っています。
深浦 あのときは木村さんの受けを意識しすぎて、初戦からバランスが崩れていました。指し切るのを恐れてしまい、羽生さんと戦ったときの積極性が失われていました。将棋にならない恥ずかしい内容で3連敗。4局目が地元の佐世保対局だったのですが、後援会やファンの方が集まってくれた前夜祭で気まずい思いをしたのを覚えています。そこでようやく開き直ることができて勝ったのですが、打ち上げの席はまだお通夜のようなしんみりムードで、「どうせ取られてしまうのだろうけど、ここで取られなかったのはせめてもの救い」という雰囲気でした(笑)。とはいえ、やっぱり1勝できると大きいですね。気持ちを切り替えることができました。
鈴木 でも、3連敗からの4連勝はすごいですよね。一局一局の積み重ねなのでしょうが、集中力がよく続くなと思います。挑戦者ならまだしも、防衛戦だと、失うものが大きいじゃないですか。
深浦 木村さんとは個人的にも仲がいいのですが、あのあと1年半くらいは会話がなかったですね。仕事で顔を合わせる機会がなかったせいもありますが、お互いに受けたダメージが大きかったです。

王位戦の展望

――それでは、今回の七番勝負の展望をお願いします。
深浦 戦型については相居飛車中心になるとは思いますが、木村さんは戦法の幅が広がっているので、予想しづらいですね。羽生さんも相変わらず、いろいろな戦法を指しています。ただし名人戦の結果は大きくて、羽生さんは横歩取りで苦労していた印象があるので、木村さんも随所に取り入れてくるかもしれません。戦法の選択から駆け引きが始まっているので、そこは一つの見どころですね。
鈴木 最近の羽生さんは、横歩取りと矢倉で前例を離れたとき、互角か差をつけられるパターンがほとんどです。後者のほうが多く、中盤以降の競り合いになる前に斬られている。もちろん修正してくるかもしれませんが、これは気がかりですね。角換わりは差のつきにくい戦型で、「先後、どちらを持ってもいい」という局面が多すぎます。どこまでいっても難解な局面が続いていく感じで、正確な形勢判断は誰もわかっていない。詰む、詰まないの終盤勝負になりやすく、羽生さんの力が発揮されやすいでしょう。横歩取りは序盤の研究が進み、「この局面は、こちらを持ちたい」という共通認識ができつつある。矢倉もそういうところがあるけれど、木村さんとしては、特に横歩取りは先後にかかわらず、狙い目の戦法でしょう。羽生さんとしては前半戦の第1~3局で、序盤から離されないようにすることが大事だと思います。局数が進んでくれば、木村さんの投げる球がだんだんと少なくなるでしょうから、戦いやすくなると思います。
――では、ずばり勝敗予想を。
深浦 非常に難しく、スコアは全くわかりませんが、羽生さんの防衛を予想します。羽生さんは王将戦、名人戦と、珍しくタイトル戦で連敗しました。棋聖戦の勝敗しだいでは、タイトル戦3連敗という可能性もあります。でも、王位戦は2日制ですし、対局間隔も十分に開いている。作戦面でも体調面でも、準備がしやすいペースで進んでいきます。そろそろご自分のペースを取り戻して、立て直してきそうな気がしますね。木村さんは非常に好調ですし、戦法も多彩なので苦しむとは思いますが、ここは羽生さんが勝つのではないでしょうか。
鈴木 私はおじさん仲間の木村さんを応援していますので(笑)、木村勝ちと予想します。序盤作戦がうまくいけば、前半戦でリードを奪えるでしょう。勝つとしたら、先行してそのまま逃げきりという展開な気がします。やっぱりポイントは羽生さんがどこで調子を上げてくるかですね。追いつかれて競り合いになると、厳しいかもしれません。奪取することを前提にした大胆予想で、「4勝1敗で木村勝ち」としておきます。


村山慈明七段との挑戦者決定戦を制し、タイトル戦初出場を決めた永瀬拓矢六段
(写真・日本将棋連盟電子メディア部)

初登場の永瀬六段

――それでは棋聖戦に話を移します。挑戦者は永瀬拓矢六段です。まず鈴木八段にお伺いしたいのですが、永瀬六段は前号のインタビューで、「私の棋士人生は鈴木先生に頂いた」と語っています。
鈴木 それ、読みました。完全にネタでしょう(笑)。以前にも似たようなことがあって、「もう私のことはいいから」と話したのですが、喜んでいると勘違いされたのかな? それ以降、似たようなことを言うことが増えているみたいです。彼は持ちネタが少ないのかなあ。
深浦 でも、すごく面白いですよ。
鈴木 そのインタビューに載っている、アマチュアに負けたときに説教した話だって、蒲田の居酒屋でホッピーを片手にですよ(笑)。あれを真面目に受け取っていたとは驚きました。


――永瀬六段に特別に目をかけたということはあるのでしょうか。
鈴木 私は基本的に、「将棋好きおじさん」です。なので、才能のある若手の将棋を見るのが好きですし、「この子は伸びるな」と感じたら、まず外しません。佐藤天彦さんにしてもそうですし、永瀬君もその中の一人でした。やっぱり若い頃の将棋を見るのって、楽しいじゃないですか。いまだったら、青嶋君(未来五段)だとか、少し前だったら永瀬君や戸辺君(誠七段)とか。六段、七段と上がってくると、将棋がまとまってきてしまうけれど、「そのときにしかない輝き」を持っている。いまの永瀬君の将棋は好きじゃなくて、昔の振り飛車が才能に溢れていて好きでした。技術は何もなくて、ペッタン、ペッタンと受けている。相手の飛車が詰むと見たら、全力で飛車を追いかけ回していくようなところに魅力を感じていました(笑)。
深浦 振り飛車党の頃は、あんまりパターンがなかったですよね。石田流に組んで、あとはひたすら受けている印象でした。鈴木さんが永瀬君と深く付き合うようになったのは、いつ頃からですか。
鈴木 彼が四段になってからですね。誰かから、「鈴木先生なら教えてくれる」と聞いたみたいで、最初は電話で「将棋を教えてください」と連絡がありました。でも私は永瀬君のことを、「勝ちと見たら相手の駒を全部取りにくる生意気な棋士」としか聞いていなかった(笑)。最初は自分にとっては得るものがないと思って、「悪いけどまたの機会に」と断りました。でもあきらめることなく、そのあとにも何回か連絡があったので1回研究会をやったのですが、とにかく熱心なのですよ。その情熱には心を打つものがあり、段々と距離が近くなっていきました。例えば私がAさんと対局する予定があったとすると、そのAさんの棋譜を100局くらい調べ上げてくるのですよ。それを分析して、「ああやってくるはず、こうやってくるはず」と予想する。それが40手あたりまで、気持ち悪いくらいにビタビタと当たる。永瀬君に「どうして自分の対戦相手でなく、私の対戦相手のことを調べるの?」と聞いたら、「自分はまだ四段なので、強い先生と当たれません。鈴木先生になったつもりで研究することによって、強い先生との対戦を疑似体験できるからです」との返事だった。
深浦 それはすごい話ですね。まさしく軍師じゃないですか。
鈴木 私にもはっきり得るものがあったので、VS(1対1で行う研究会)を行うようになりました。でも、そうなってからはひどいものですよ。「来月は、いつ教えてくれますか」と予定を聞いてくるから、「4日と6日と12日が空いている。どの日がいい?」と答えたら、「3日ともお願いします」とくる(笑)。週に3日もVSを行ったときがありましたね。我が家では、研究会は遊びという位置づけで、対局や仕事はもちろん、家族サービスがある日はそちらを優先しなくてはいけないというルールでした。だから、「ルールを守っていない」と、家族から反発を受けました。かみさんからは「なんで、永瀬君とばっかり……、まだ四段でしょ?」と責められたし、子どもからも「パパは私と遊んでくれない」と言われました(苦笑)。いまは落ち着いて、VSが1ヵ月に1回ぐらい、他の研究会が1、2回ぐらいのペースですね。
深浦 私も永瀬君とは、断続的に研究会を行っています。彼はやっぱり日程を詰め込むタイプですね。毎日のように将棋を指したいという気持ちを感じます。
鈴木 「イメージと読みの将棋観」でも「持ち時間6時間ならば2日連続、3時間なら20連投、研究会なら毎日できる」(7月号)みたいなことを言っていて、気持ち悪いなあと思いました(笑)。
深浦 若手にもいろいろなタイプがいて、佐藤天彦さんや佐々木勇気君なんかは、楽しみながら強くなっている。詰め込み型の永瀬君とは全然、違う気がします。
鈴木 どちらかというと渡辺さん(明竜王)タイプなのですかね。将棋の研究を「勉強」と捉え、1日10時間といった感じでストイックにやっている気がします。

クレバー

深浦 以前、私が研究会をしていた場所で、偶然、天彦さんと永瀬君がVSをやっていたことがあります。自分の1局目が終わって、昼食をすまして戻ってきたら、二人はまだ盤を挟んで、ずっと無言で向かい合っている。てっきり2局目を始めたのかなと思ったら、それがまだ1局目の感想戦だった。研究会だから、普通はいつも以上に意見を言い合うじゃないですか。時間の制限もありますし、30分くらい感想を述べ合って、キリのいいところで次の対局にいきましょうとなる。それが、二人ともじっと盤上から視線をそらさず、ひたすら読みに没頭しているのですよ。あれは印象に残っていますね。
鈴木 それはお互いに、相手のことを認めているからですね。私と永瀬君のVSは、どんどん番数が増えていきますよ。午前10時開始で20分30秒のルールだと、だいたい3局終わった時点で4時頃になります。午後4時を超えたら次にはいかないというのが決まりだから、3局目が3時50分くらいに終わったら、「しまった、もう少し長引かすべきだった」と後悔しますね。案の定、永瀬君から、「もう1局、お願いします」と言われて次を指すはめに(笑)。4局目はフラフラで、もう手が読めません。だいたい、駒をタダで取られて負けています(笑)。そこらへんは、やっぱり相手によって変えていると思いますね。同年代とやるときは、最新形の序盤を追究しようとする意識があるのでしょう。佐々木勇気君とは2時間とか3時間とかで1局指しているみたいです。事前に先後も決めていて、用意した作戦をぶつけていく。お互いに負けたくない相手であり、いいライバル関係ですね。私とやっているときは、1局でも多く指して、中盤以降の手の作り方だとかの技術を吸収してやろうという感じです。勝ち負けにもこだわっている風には見えません。クレバーに、人によってスタンスを変えているのでしょう。
深浦 永瀬さんは、いつも、すごく謙虚ですよね。
鈴木 あれだけ強くなっても、相手が先輩だったら「教わる気持ちで」をいつも連発しています。よっぽどボキャブラリーが少ないのかな(笑)。

クリーンな勝負

――お二人のタイトル初挑戦のときの話を教えてください。
深浦 自分はタイトル戦ではありませんが、全日本プロトーナメント(第11回)で米長先生(邦雄永世棋聖)と五番勝負を戦ったことが思い出されます。米長先生が中原先生(誠十六世名人)から名人を奪った年で、米長先生としては「あまりに相手が弱いので調子が出なかった」という感じだったと思います。名人を奪取したあと、米長先生がNHKのBS放送で「全日本プロをやり直せ」と言ったのを覚えています(笑)。
鈴木 私はひどかったですね。竜王戦第1局の前夜祭で勧められるままにお酒を飲んでしまい、十分な睡眠をとることもしなかった。これではいい将棋が指せるはずもなく、2日目の早い時間に投了。手数は66手、竜王戦の最短手数記録のぼろ負けでした。そういえば深浦先生は、最初の王位戦(第37期)で、「『5五の龍』中飛車」をやりませんでしたっけ?
深浦 そうでしたね。第1局です。
鈴木 あれはやっぱり浮き足立っていたのではないですか? はたから見てもびっくりでした。いまならやります?
深浦 やらないです(笑)。でも羽生さんが七冠だった頃の話なので、やっぱり何か踏み込んだことをやらないとだめという意識が働きました。普段の自分の力だけじゃ勝てないだろうと。考えに考えを重ねたうえでの結論だったけど、まあ、それはやっぱり間違いですよね。
鈴木 一般的に見ると、浮き足立っているということになるのでしょうね。
深浦 それに比べたら、天彦さんにしろ、永瀬君にしろ、落ち着いていますよね。気負いみたいなものは感じず、堂々と自分のペースで戦っていると思います。
鈴木 自分のペースで戦えているのは、昔のように、先輩が盤外戦術を使わなくなっていることも大きいと思います。競馬にしろサッカーにしろ、どの世界もとてもクリーンになってきて、駆け引きをしなくなってきていますよね。いまは競馬で先輩が後輩に「どけ!」と叫ぶことはありませんし、馬体をぶつけることもしなくなった。まるでトラック競技のように、速い馬が勝っていく。昔は、ばれないように、他の馬にムチを入れることなんて、日常茶飯事でした。将棋を例にすると、私がいま話題の13歳、藤井聡太三段と指すとしたら、ネット将棋なら普通に負けてしまうかもしれない。でも、実際に盤を挟むとしたら、勝つ方法なんて千通りはありますよ。胸を張ってみたり、指をポキポキ鳴らしてみたり(笑)。私が若手の時代には、まだ普通にそういうことがありました。盤外戦術をしなくなったのは、羽生世代からでしょう。そういった意味でも、天彦さんや永瀬君は力を発揮しやすいのかもしれません。
深浦 そういえば、私も大阪で行われた全日本プロの第2局で、米長先生にやられましたね。前日の検分の前に顔を合わせたとき、「深浦君、よく来たね」と真顔で言われて、一瞬、ドキッとしました。あれはシビれましたね(笑)。
鈴木 純粋に技術を争う勝負になれば、若手が最新の序盤を武器に台頭してきても、おかしくはないですね。羽生―永瀬戦を見ていると、やっぱり序盤の武器が違いますね。棋聖戦の2局を見ても、はっきり永瀬さんが押しているなと思いました。ただし、いくら永瀬さんが強いといっても、地力に関していえば大差で羽生さんが上ですよ。永瀬君とは研究会でたくさん指していて、確かに強いとは思うけど、勝負すればノーチャンスだとは思いません。羽生さんとは、中盤が長引くと技術的な面で明らかな差が出てきますね。もちろん私だって、羽生さんに公式戦で勝ったことはありますよ。しかしそれは、序盤でリードを奪って、そのまま紛れさせずに100手ぐらいでゴールするパターンがほとんど。中盤以降のねじり合いや終盤の寄せ合い勝負になったら、なかなか勝ちきれない印象があります。ほかのみなさんも、そういう意識を持っているんじゃないかな。例えば、「Aの変化に踏み込めば、勝ちか負けかがはっきりする。一見はチャンスに見えるけど、負けかもしれない。一方、Bの変化を選べば形勢は互角。勝負はまだ先で、長い将棋になる」といった状況があるとしますよね。いまの若手が羽生さんに挑むとしたら、Aの短期決戦を選択するでしょう。Bを選んで力勝負にしよう、なんて思う人は、まずいませんね。みんな、クレバーだから。戦い方のイメージとしては、まず羽生さんに向かってポコ、ポコ、ポコと石を投げてみる。うまく当たって転んだら、近づいていってパカ、パカ、パカと殴りにいく。怖いから、絶対に立ち上がらせないようにして勝ちにいくでしょう(笑)。そう考えると、森下先生(卓九段)はすごいですよ。将棋がプロレス的で、相手がドロップキックを放ったら、ちゃんと当たる方向に体を持っていく(笑)。それで倒されても、ちゃんと起き上がって自分もチョップで反撃する。かっこいいです。相手の技はすべて受けるので、森下先生の駒台には、どんどん歩がたまっていく。ああいう「すべてを吸収する将棋」を指せるのはすごいことですよ。いまの若手は、「相手のいいところを出させないように」と考えている。森下先生のようなタイプはいませんね。
深浦 森下さんの話が出たので思い出したのですが(森下九段は深浦九段の兄弟子)、第48期の王位戦で羽生さんへの挑戦が決まったとき、森下さんと会って話をする機会がありました。そのときアドバイスとして、「羽生さんはオーラをいう名の鎧を着ているから、それをたたき斬るつもりで頑張りなさい」とおっしゃいました。もちろん本人は励ますつもりなのですが、あのときは「ビビらせてどうするんだ」と思いましたね(笑)。でも、それは森下さんの実体験から来る正直な感想だったと思います。あの頃の羽生さんは、みんなからそういう目で見られていましたね。


 

開幕戦は永瀬の勝利

――さて、棋聖戦五番勝負は6月3日に開幕して、永瀬六段が千日手指し直しの末に勝利。対戦成績も羽生棋聖を相手に、負けなしの4連勝になりました(この対談が行われたのは6月7日)。
鈴木 彼はすごい準備をして挑んでいると思いますよ。さっきも言ったけど、永瀬君の戦型予想はすごくて、今回の2局はどちらも、かなりのところまで想定していたはずです。あれがすべて実力だったとすれば、永瀬君は強すぎます(笑)。
羽生さんからしたら、得体の知れない存在かもしれませんね。「さあ、ここから勝負」という局面で、相手はその20手先の局面を研究している。「何でこんなにいい手を短時間で指してくるのだろう」と、不思議に思っているかもしれません。1局目を千日手に持ち込んだのもすごかった。羽生さんはできれば打開したいというタイプです。その相手に中盤以降で千日手に持ち込むのは、容易なことではありません。私も千日手は嫌いではないですが、大抵は序盤で馬と飛車の追いかけっこをするような順です。あそこまで局面が動いたところで持ち込めるのは、ある種の芸ですね。
深浦 比較的、羽生─永瀬戦は定跡形が多いですよね。羽生さんは相手の得意を避けない印象がありますし、二人の矢倉戦が、そのまま定跡になったこともありました。それと、永瀬さんは番勝負に向いていると思いますね。先後が決まっているから、事前に作戦を研究しやすい。第1局の千日手は永瀬さんのほうに打開する権利がありましたが、指し直しを選択するだろうなと思いましたね。形勢はよくわかりませんが、持ち時間も少ないですし、永瀬さんらしい選択です。指し直し局も「先手番だったらこう」という感じで、自然と矢倉を指して勝たれました。千日手が好きなのは、相手に何度も教わることができるからという話を聞きましたが、その言葉通りに自然な流れで指せているなと感じました。第2局はまた先手なので、大きなアドバンテージですね。これまで永瀬さんはまだ羽生さんに負けていません。これだけ連勝できているのは、教わる気持ちを持ちつつ、モチベーションをうまく研究につなげているからだと思います。
鈴木 指し直し局は『将棋世界』の永瀬君の講座通りに進めていましたが、奥の手を出しましたよね。私は当日、解説をしていたので、参考にしようとして講座を確認しました。そうしたら、手は載ってはいたけど、「詳しくは次号で」みたいに書いてあった。それで次号を見たら「名人戦で出た変化をご覧いただく」と、スルーされていた(笑)。このあと、第2局と第4局の先手番が永瀬君になるので、彼はまた矢倉の早囲いで来る可能性は高いです。羽生さんがしっかり対策を立てて、永瀬君の先手番をブレイクできるかどうかに注目です。
――羽生さんが永瀬さんの研究を外そうとすることはないのでしょうか。
鈴木 それをすれば、楽勝だと思いますよ。でも、羽生さんはそれをやったことがないから、言っても意味がないですね。相手の得意型を避けなかったから、いまの地位と信用を築いてきた。横綱ですから立ち合いで変化はしませんよ。例えば、羽生さんが振り飛車を多投するようになったら、本人が世代交代を意識しているのではないかと私は思います。正直に言って、永瀬君ごときを相手に、スタイルを変えることはないでしょう(笑)。

勝敗予想

――それでは最後に、棋聖戦の結果予想をお願いします。
深浦 永瀬君が奪取する可能性が高いと思います。現時点で1勝のアドバンテージがあるのは大きいですし、羽生さんが永瀬さんのことをつかみきれていないように思えるからです。私は棋聖戦で羽生さんにストレート負けを喫しているのですが、そのときは充実している感覚をつかめないまま、バタバタと終わってしまいました。今回の永瀬さんはすでに1勝を挙げていますし、2局指したのも、タイトル戦の雰囲気に慣れるという意味でプラスに働いたと思います。
鈴木 私はこれまで永瀬君と呼んでいたのを、「永瀬さん」に変えることには抵抗があるので、羽生さんに勝ってほしいです。ずばり、3勝1敗で羽生さんが防衛すると予想しておきましょう。これは、私の予想というよりは願望かもしれませんが、佐々木勇気君をはじめとする永瀬君のライバルたちは、皆がそう思っているのではないでしょうか(笑)。
――本日はありがとうございました。
(6月7日、マイナビ出版にて)



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