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スペシャル対談 渡辺明竜王×佐藤天彦名人「将棋新時代はボクたちが作る」

 皆さんこんにちは。将棋世界の下村です。現在発売中の将棋世界9月号から、特集記事を少しだけ本欄でもご紹介していこうと思います。

 今回の目玉企画は、なんといっても渡辺明竜王&佐藤天彦名人の頂上対談です。これまで竜王と名人の棋界ツートップの対談は、なかなかハードルが高く、実現できませんでしたが、仲のよい2人だからこそ、お願いしてご快諾いただきました。

 まだお読みいただいていない方は、ぜひ手にとってご購読をお願いします。2人の出会いの頃から、若手棋士の頃。タイトル戦を戦ったときの心境や、佐藤名人の趣味の話まで。収録は3時間でしたが、会話は弾み、あっという間に過ぎました。


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●名人交代にソワソワ

――親友同士で竜王・名人の2大タイトルを分け合いました。名人と呼ばれることにはもう慣れましたか?
佐藤 名人が自分のことだというのは分かりますが、実感はなかなかわきません。名人就位式(7月22日)もこれからですので、少しずつ慣れてくると思います。
渡辺 僕は彼のことを外では名人と呼びますが、普段は天彦という感じで、これからは使い分けていくと思います。
――渡辺竜王は佐藤新名人誕生を、どこで知りましたか?
渡辺 (名人戦第5局の日は)家にいて午前中の局面を見たのですが、羽生さん(善治三冠)がうまくまとめて勝ちきれそうな局面だったので、最初は「天彦がダメそうだな」と思ったんですよね。
佐藤 封じ手開封直後ですよね。
渡辺 しばらく見ない時間があって、その次に見た局面が、羽生さんの角が取られているので驚きました。どう見ても羽生さんが悪そうなので「じゃあ天彦が名人になるのか」って、いきなりそこはすっ飛んだ感じでした。
--佐藤新名人誕生の瞬間は、どのような気持ちでしたか。
渡辺 自分のことではないのに、ソワソワしましたね(笑)。いろんな感慨はありますが、1つの時代が変わるということもあるし、羽生さんが後輩に名人を取られることも初めてです。将棋史の大きな1ページに刻まれることは間違いないですからね。近年はそれほど驚くようなタイトル交代劇はなかったのですが、名人戦で羽生さんから奪取となれば、インパクトは凄いです。天彦勝勢の局面から終局までは2~3時間あったのかな。そのあたりは落ち着きませんでした。
佐藤 たしかに角が取れそうになったあたりで、ちょっとよくなったと思いました。このままリードを保てれば名人になれるかもしれないということで動揺しました。残り時間もあったので、気持ちを落ち着かすことができました。
――初タイトルが名人です。周りの反響はいかがでしたか。
佐藤 取材を受ける機会が多くなりましたし、生活面も大きく変わりました。
渡辺 僕も竜王獲得の直後は、なかなか慣れなかったですね。自分の場合はまだ段位も低かったので、慣れるまでは時間が掛かりましたね。
佐藤 20歳のときでしたからね。
渡辺 最初の頃はぎこちなく、形にとらわれすぎて自分がやりたいような動きや発言ができていなかったですね。この5年くらいは自分のキャラも確立できて、ようやく言いたいことが言えるようになりました。自由にやらせてもらって、とても過ごしやすいです。
――辛口で鳴らした酷評三羽烏時代のトーンは、影を潜めていたのですか?
渡辺 竜王を取った後は、しばらくは封印していましたね。
佐藤 渡辺さんは元から忌憚がないですから、自由に発言したほうが面白いと思いますが、20歳でタイトルを取ったので、そのへんのバランスは大変ですよね。僕はこれまでは違和感なくやってきたつもりでしたが、今後は影響の大きさを考えて、気をつけないといけませんね。

●免状署名にはコツがある!?

――竜王、名人になると、免状に署名する公務があります。
渡辺 僕は署名する日を月に1回決めて、2時間くらいでまとめて書きますね。
佐藤 何枚くらい書きますか?
渡辺 100枚は書きたいかな。でも疲れてきたり、途中で気分が乗らなくなったら60~70枚で切り上げます。手が疲れてきたり、お腹が減ったり、飽きたりとかいろいろあります(笑)。
佐藤 2時間もかかりますか。
渡辺 けっこう小休止しています。30分書いたら携帯電話やiPadを見たり、将棋連盟内をフラフラして関係者と話したり。
佐藤 集中して書き続けるのは厳しいですね。私は名人を取った次の日に書きました。これまで2~3回に分けて全部で30枚ほど書いたと思いますが、まだ1日で大量に書いてはいません。
――免状を書くコツはあるのですか。 
渡辺 和紙はボコボコしているので、色紙を書くのとは違います。
佐藤 筆もなかなかついてこないですし、かすれてしまいがちなんです。
渡辺 筆に墨をつけるタイミングを早くものにしないとね。天彦だったら例えば「佐」を書いたあとに墨をつけるのかどうか。字の途中でつけるのは、ちょっと難しいですよね。リズムとして何文字か書いたところでつける。昔、米長先生(邦雄永世棋聖=前日本将棋連盟会長)がすごく速く署名していましたけどね。まさに流れるように書いていた。でも米長先生が大きく名前を書くと、あとで合わせるのが大変なんですよ(笑)。
――通常は会長の名前が先に入っているものですか。
渡辺 たぶん来た順番に書くはずです。ただ基本は右から書いたほうが合わせやすいと思います。
佐藤 僕の場合は谷川会長(浩司九段)の名前の左隣に書くのですが、すでに署名がありました。書きやすいだろうという配慮だと思います。まっさらな状態で書いたことはまだないです。

●出会いはネット将棋

――お二人の出会いの頃について聞かせてください。最初はネット将棋だったそうですね。
佐藤 僕が中学2年生くらいで、渡辺さんが高校2年生くらいでした。ネット将棋で対局したのですが、渡辺さんのことは当時は知りませんでした。
渡辺 僕は中田コーヤンさん(中田功七段)に聞いていたので知っていました。15年くらい前のインターネット将棋がはやる前ですが、中田さんにはネット将棋を指したり、会ってご飯をご馳走していただけたりお世話になっていました。その縁で天彦のことを聞き、福岡に弟子がいるけど、周りに指す人が少ないので教えてやってほしいと頼まれたのです。
佐藤 最初は、渡辺さんのことは知らずに指していましたが、まあ強さ的にもプロだろうなと思っていましたね(笑)。それだけ点数高かったり、強かったりすると目立ちますからね。当時の僕から見ると手厚い将棋なので、20代以上のもっと大人の人かと想像していましたが、それが渡辺さんだったということも、あとで師匠から聞きました。
――指す前に連絡を取り合ったのですか。
渡辺 連絡は取っていないですね。天彦は中学は帰宅部でしょ?僕もほぼ家にいたんですよ。だからだいたいネット将棋を覗けばいましたよね(笑)。
佐藤 僕の師匠もけっこう出没していたと思います。
渡辺 でも天彦とはトータルで100局も指していないかな。どうなんだろう。
佐藤 ものすごい局数は指してないですね。お互いいつまでも指すようなタイプではないので、指しても1日数局でした。
渡辺 高校生のときはもう四段になっていましたが、対局以外は将棋連盟に行かないし、研究会も1つも入ってない。だから練習は天彦とネット将棋で指すだけなんですよ(笑)。公式戦以外は、そういう感じの生活でしたね。だから天彦とか、ほかには糸谷君(哲郎八段)とはよく指しましたよ。
佐藤 糸谷さんもたくさん指すのでよくネット将棋で会いましたね。
渡辺 僕は糸谷君から点数を奪ってたんだ。点数が少なくなってくると、糸谷狩りと称して(笑)。
佐藤 その話は2人でしましたね。
――当時はそれほど実力差があったのでしょうか。
渡辺 糸谷君は天彦よりも少し弱かったんだよね?でも、すぐに追いついてきました。
佐藤 僕が中学2年生のときに糸谷さんは1年生で、たしかまだ奨励会の級位者でしたね。
渡辺 ところが、糸谷君があるとき急に強くなったんです。それまでは9-1くらいで圧倒していたのですが、7-3、6-4とどんどん追い込まれて、全然狩れてない。むしろ強敵になってきて(笑)。「あー、ついに中の人が変わったのかな」と思ったんですね。そうではなくて、本人が強くなったというのを聞いて、この子は才能があるなと思いました。
――昨年は糸谷八段と竜王戦七番勝負を戦いましたね。
渡辺 糸谷君と面と向かってそういう話をしたことがないので、あのときのネット将棋の相手が本人だったのかどうかも、確認しないと分かりません。(編集部注・糸谷八段に本人と確認済み)
佐藤 でもそれは確実だと思いますよ。

(続きは本誌でお楽しみください。)

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